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第八章 紗国の悪夢
戴冠式
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森の民は物言わず静かに歩き、我々を一番後ろの席に案内した。
梢紗は抗議しようとしたが、それを俺は制した。
「こんな仕打ちは……この日を無事に迎えられたのは阿羅彦様がいてくださったからなのに……」
梢紗は美しい表をゆがめ、拳を握りしめていた。
並び立つ玲陽は彼の背を撫で、悲しげに顔を伏せた。
「ともかく、今この場で騒ぎ立てたとて、どうしようもないではないか。席順は国の序列であろう、それならば新興国の我らが末席なのは仕方あるまい」
俺の言葉にサリヴィスはうなずいた。
「そうです、その通りですぞ梢紗殿、我らが礼儀正しくあることが世界への評価となるのではないだろうか? どうか怒りをお鎮めくだされ」
「私と梢紗様は紗国の出、口惜しい気持ちは痛いほどわかりますよ、我が祖国の分からず屋加減は本当に筋金入りですね」
ユーチェンは少し微笑みながら梢紗にそう話しかけて、少し空気を軽くしてくれた。
「ともあれ、座るとしよう」
憮然とした表情の梢紗も俺の言葉に従い、阿羅国の面々は静かに座した。
そして前方の一群を見る、かわいらしい顔がこちらをじっと見ていることに気づき、俺は笑みを返した、マドアだ。
アオアイ王国は最前列だった、この世界の規律そのものといって過言では無いアオアイなら、そうであっておかしくない。
色々と気忙しい日々が続き、しばらくマドアとも会っていなかったと、思い至る。
その時、マドアの横にいた美しい緑髪の少女がこちらを振り返った。
見事な細工の髪飾りを飾り、複雑に編み込まれたつやのある緑髪が目立っていた。
少女は不安そうな顔で俺をじっと見つめ、そして目が合ったとたん、ぷいとそらし、前を向いた。
マドアの横にいるということは、彼女がマドアの妃なのだろう、かつてマドアは言った。
『妃にはこの寝室に入らせない』と、本当にそうしているのかどうかはわからない。
だが、先ほどの妃の視線からすると、事実そうであるのだろうと想像できた。
……仮にも夫婦、うまくいくよう優しくしてやれと、俺が言うのもおかしいか……
そう考えてふと笑みがこぼれた。
「阿羅彦様、他の国々も続々と入場ですよ」
瀬国、ラハーム王国、そして、荒くれ国家と名高いルカリスト王国と続き、その後は少数民族が続いた。
最後に紗国の王族が堂々と入場し、その後に紗国の貴族が続いた。
城石家当主、斉井はちらと俺を見て、微笑んだ。
その顔はやつれていた、たたみかけるように起こった紗国の受難で、王族よりも貴族らの消耗が激しいようだった。
「ずいぶんと顔色が悪い」
「ええ、お父様、大丈夫かしら」
ユーチェンも心配げに父の後ろ姿を見入った。
その時雅楽の演奏が始まった。
聞き覚えのあるその音色に、かつて暮らした日本を思い出さずにはいられない。
巫女の行列が入場し、最後に盲の神殿長が静かに続いた。
この国の神殿長は王族の女性が代々務める、その多くは盲、代わりに神の声を聞けるという。
幼い頃から神殿に入り、森の民らと身を清め、精進するのだ。
俺はその神殿長をじっと見つめた。
背が低く、幼い顔立ち、伸ばした銀髪は地に着くほどの長さ、後ろで一つに結わえていた。
ふと、彼女が足を止め、俺をじっと見つめた。
梢紗が驚いて身を震わせた。
「……」
神殿長は小さな口を動かし、何か言った……しかし、声は届いてはこなかった。
「姉上?」
梢紗は俺と神殿長をせわしなく見比べ、そして焦っていた。
「どうした梢紗」
「……姉は目が全く見えないはずなのに……どうしてまっすぐに阿羅彦様を……」
「確かに、目がしっかりと合っている」
それに気づいた森の民が静かに神殿長を促し、彼女はやっと俺から視線を外し前へと進み出した。
やがて祭壇に立った神殿長は美しい声で祝詞をあげた。
榊を振るい、静寂に包まれた神殿の空気が張り詰める。
そして、一度閉められていた扉がもう一度開き、銀髪の第二王子・江利紗が王の装束で入場となった。
彼は静かに歩み進め、祭壇の前にスクっと立つ神殿長の前にひざまずいた。
「新たなる紗国の王よ、これを授けよう」
神殿長の手にあるのは紗国王の証である素晴らしい細工の王冠。
下げられている江利紗の頭に、小さな体の神殿長はそっとその冠を置いた。
「江利紗よ、紗国の新たなる王としてこの国を任せます、良き世となるよう精進せよと、ご先祖からの伝言じゃ」
「かしこまりました」
新王・江利紗はゆっくりと頭を上げて、そして立ち上がった。
神殿長と並び祭壇に祈りを捧げると、見守る我らにその顔を見せた。
「ご出席感謝いたします。……我は本来、王になるような器ではなかった」
その言葉に場がシンとなる。
「長兄の玖羅紗は良き王であり、紗国の理想そのもので……我など、何年生きたとて、あのようにはなれぬかもしれない」
そして周りを見渡し、微笑んだ。
「しかし、我は紗国に身も心も捧げる。この身が朽ちるまで……皆様方にはどうか我に力を貸していただきたい」
新王の笑顔には曇りがなかった。
「兄上……」
梢紗は薄らと涙を浮かべ、拳を握りしめた、その手に俺も手を重ねた。
視線が合い、どちらからともなく微笑んだ。
梢紗は抗議しようとしたが、それを俺は制した。
「こんな仕打ちは……この日を無事に迎えられたのは阿羅彦様がいてくださったからなのに……」
梢紗は美しい表をゆがめ、拳を握りしめていた。
並び立つ玲陽は彼の背を撫で、悲しげに顔を伏せた。
「ともかく、今この場で騒ぎ立てたとて、どうしようもないではないか。席順は国の序列であろう、それならば新興国の我らが末席なのは仕方あるまい」
俺の言葉にサリヴィスはうなずいた。
「そうです、その通りですぞ梢紗殿、我らが礼儀正しくあることが世界への評価となるのではないだろうか? どうか怒りをお鎮めくだされ」
「私と梢紗様は紗国の出、口惜しい気持ちは痛いほどわかりますよ、我が祖国の分からず屋加減は本当に筋金入りですね」
ユーチェンは少し微笑みながら梢紗にそう話しかけて、少し空気を軽くしてくれた。
「ともあれ、座るとしよう」
憮然とした表情の梢紗も俺の言葉に従い、阿羅国の面々は静かに座した。
そして前方の一群を見る、かわいらしい顔がこちらをじっと見ていることに気づき、俺は笑みを返した、マドアだ。
アオアイ王国は最前列だった、この世界の規律そのものといって過言では無いアオアイなら、そうであっておかしくない。
色々と気忙しい日々が続き、しばらくマドアとも会っていなかったと、思い至る。
その時、マドアの横にいた美しい緑髪の少女がこちらを振り返った。
見事な細工の髪飾りを飾り、複雑に編み込まれたつやのある緑髪が目立っていた。
少女は不安そうな顔で俺をじっと見つめ、そして目が合ったとたん、ぷいとそらし、前を向いた。
マドアの横にいるということは、彼女がマドアの妃なのだろう、かつてマドアは言った。
『妃にはこの寝室に入らせない』と、本当にそうしているのかどうかはわからない。
だが、先ほどの妃の視線からすると、事実そうであるのだろうと想像できた。
……仮にも夫婦、うまくいくよう優しくしてやれと、俺が言うのもおかしいか……
そう考えてふと笑みがこぼれた。
「阿羅彦様、他の国々も続々と入場ですよ」
瀬国、ラハーム王国、そして、荒くれ国家と名高いルカリスト王国と続き、その後は少数民族が続いた。
最後に紗国の王族が堂々と入場し、その後に紗国の貴族が続いた。
城石家当主、斉井はちらと俺を見て、微笑んだ。
その顔はやつれていた、たたみかけるように起こった紗国の受難で、王族よりも貴族らの消耗が激しいようだった。
「ずいぶんと顔色が悪い」
「ええ、お父様、大丈夫かしら」
ユーチェンも心配げに父の後ろ姿を見入った。
その時雅楽の演奏が始まった。
聞き覚えのあるその音色に、かつて暮らした日本を思い出さずにはいられない。
巫女の行列が入場し、最後に盲の神殿長が静かに続いた。
この国の神殿長は王族の女性が代々務める、その多くは盲、代わりに神の声を聞けるという。
幼い頃から神殿に入り、森の民らと身を清め、精進するのだ。
俺はその神殿長をじっと見つめた。
背が低く、幼い顔立ち、伸ばした銀髪は地に着くほどの長さ、後ろで一つに結わえていた。
ふと、彼女が足を止め、俺をじっと見つめた。
梢紗が驚いて身を震わせた。
「……」
神殿長は小さな口を動かし、何か言った……しかし、声は届いてはこなかった。
「姉上?」
梢紗は俺と神殿長をせわしなく見比べ、そして焦っていた。
「どうした梢紗」
「……姉は目が全く見えないはずなのに……どうしてまっすぐに阿羅彦様を……」
「確かに、目がしっかりと合っている」
それに気づいた森の民が静かに神殿長を促し、彼女はやっと俺から視線を外し前へと進み出した。
やがて祭壇に立った神殿長は美しい声で祝詞をあげた。
榊を振るい、静寂に包まれた神殿の空気が張り詰める。
そして、一度閉められていた扉がもう一度開き、銀髪の第二王子・江利紗が王の装束で入場となった。
彼は静かに歩み進め、祭壇の前にスクっと立つ神殿長の前にひざまずいた。
「新たなる紗国の王よ、これを授けよう」
神殿長の手にあるのは紗国王の証である素晴らしい細工の王冠。
下げられている江利紗の頭に、小さな体の神殿長はそっとその冠を置いた。
「江利紗よ、紗国の新たなる王としてこの国を任せます、良き世となるよう精進せよと、ご先祖からの伝言じゃ」
「かしこまりました」
新王・江利紗はゆっくりと頭を上げて、そして立ち上がった。
神殿長と並び祭壇に祈りを捧げると、見守る我らにその顔を見せた。
「ご出席感謝いたします。……我は本来、王になるような器ではなかった」
その言葉に場がシンとなる。
「長兄の玖羅紗は良き王であり、紗国の理想そのもので……我など、何年生きたとて、あのようにはなれぬかもしれない」
そして周りを見渡し、微笑んだ。
「しかし、我は紗国に身も心も捧げる。この身が朽ちるまで……皆様方にはどうか我に力を貸していただきたい」
新王の笑顔には曇りがなかった。
「兄上……」
梢紗は薄らと涙を浮かべ、拳を握りしめた、その手に俺も手を重ねた。
視線が合い、どちらからともなく微笑んだ。
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