俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

文字の大きさ
上 下
146 / 196
第八章  紗国の悪夢

戴冠式

しおりを挟む
 森の民は物言わず静かに歩き、我々を一番後ろの席に案内した。
梢紗は抗議しようとしたが、それを俺は制した。

「こんな仕打ちは……この日を無事に迎えられたのは阿羅彦様がいてくださったからなのに……」

梢紗は美しい表をゆがめ、拳を握りしめていた。
並び立つ玲陽は彼の背を撫で、悲しげに顔を伏せた。

「ともかく、今この場で騒ぎ立てたとて、どうしようもないではないか。席順は国の序列であろう、それならば新興国の我らが末席なのは仕方あるまい」

俺の言葉にサリヴィスはうなずいた。

「そうです、その通りですぞ梢紗殿、我らが礼儀正しくあることが世界への評価となるのではないだろうか? どうか怒りをお鎮めくだされ」
「私と梢紗様は紗国の出、口惜しい気持ちは痛いほどわかりますよ、我が祖国の分からず屋加減は本当に筋金入りですね」

ユーチェンは少し微笑みながら梢紗にそう話しかけて、少し空気を軽くしてくれた。

「ともあれ、座るとしよう」

憮然とした表情の梢紗も俺の言葉に従い、阿羅国の面々は静かに座した。

 そして前方の一群を見る、かわいらしい顔がこちらをじっと見ていることに気づき、俺は笑みを返した、マドアだ。
アオアイ王国は最前列だった、この世界の規律そのものといって過言では無いアオアイなら、そうであっておかしくない。

 色々と気忙しい日々が続き、しばらくマドアとも会っていなかったと、思い至る。
その時、マドアの横にいた美しい緑髪の少女がこちらを振り返った。
見事な細工の髪飾りを飾り、複雑に編み込まれたつやのある緑髪が目立っていた。
少女は不安そうな顔で俺をじっと見つめ、そして目が合ったとたん、ぷいとそらし、前を向いた。

 マドアの横にいるということは、彼女がマドアの妃なのだろう、かつてマドアは言った。

『妃にはこの寝室に入らせない』と、本当にそうしているのかどうかはわからない。
だが、先ほどの妃の視線からすると、事実そうであるのだろうと想像できた。

……仮にも夫婦、うまくいくよう優しくしてやれと、俺が言うのもおかしいか……

そう考えてふと笑みがこぼれた。

「阿羅彦様、他の国々も続々と入場ですよ」

瀬国、ラハーム王国、そして、荒くれ国家と名高いルカリスト王国と続き、その後は少数民族が続いた。
最後に紗国の王族が堂々と入場し、その後に紗国の貴族が続いた。

城石家当主、斉井はちらと俺を見て、微笑んだ。
その顔はやつれていた、たたみかけるように起こった紗国の受難で、王族よりも貴族らの消耗が激しいようだった。

「ずいぶんと顔色が悪い」
「ええ、お父様、大丈夫かしら」

ユーチェンも心配げに父の後ろ姿を見入った。

 その時雅楽の演奏が始まった。
聞き覚えのあるその音色に、かつて暮らした日本を思い出さずにはいられない。

 巫女の行列が入場し、最後に盲の神殿長が静かに続いた。
この国の神殿長は王族の女性が代々務める、その多くは盲、代わりに神の声を聞けるという。
幼い頃から神殿に入り、森の民らと身を清め、精進するのだ。

 俺はその神殿長をじっと見つめた。

 背が低く、幼い顔立ち、伸ばした銀髪は地に着くほどの長さ、後ろで一つに結わえていた。
ふと、彼女が足を止め、俺をじっと見つめた。

 梢紗が驚いて身を震わせた。

「……」

神殿長は小さな口を動かし、何か言った……しかし、声は届いてはこなかった。

「姉上?」

梢紗は俺と神殿長をせわしなく見比べ、そして焦っていた。

「どうした梢紗」
「……姉は目が全く見えないはずなのに……どうしてまっすぐに阿羅彦様を……」
「確かに、目がしっかりと合っている」

それに気づいた森の民が静かに神殿長を促し、彼女はやっと俺から視線を外し前へと進み出した。

 やがて祭壇に立った神殿長は美しい声で祝詞をあげた。
榊を振るい、静寂に包まれた神殿の空気が張り詰める。

そして、一度閉められていた扉がもう一度開き、銀髪の第二王子・江利紗が王の装束で入場となった。

彼は静かに歩み進め、祭壇の前にスクっと立つ神殿長の前にひざまずいた。

「新たなる紗国の王よ、これを授けよう」

神殿長の手にあるのは紗国王の証である素晴らしい細工の王冠。
下げられている江利紗の頭に、小さな体の神殿長はそっとその冠を置いた。

「江利紗よ、紗国の新たなる王としてこの国を任せます、良き世となるよう精進せよと、ご先祖からの伝言じゃ」
「かしこまりました」

新王・江利紗はゆっくりと頭を上げて、そして立ち上がった。

神殿長と並び祭壇に祈りを捧げると、見守る我らにその顔を見せた。

「ご出席感謝いたします。……我は本来、王になるような器ではなかった」

その言葉に場がシンとなる。

「長兄の玖羅紗は良き王であり、紗国の理想そのもので……我など、何年生きたとて、あのようにはなれぬかもしれない」

そして周りを見渡し、微笑んだ。

「しかし、我は紗国に身も心も捧げる。この身が朽ちるまで……皆様方にはどうか我に力を貸していただきたい」

新王の笑顔には曇りがなかった。

「兄上……」

梢紗は薄らと涙を浮かべ、拳を握りしめた、その手に俺も手を重ねた。
視線が合い、どちらからともなく微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

処理中です...