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第八章 紗国の悪夢
森の神殿
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紗国の即位式は三日三晩行われるのだという。
都では、提灯を持った正装の民衆が押しかけ、道にずらりと並び、馬車で通る各国の王族を一目見ようとひしめき合っていた。
彼らは、第二王子・江利紗が王になったということを、何の説明もないまま、静かに受け入れていた。
良き王であった先代・玖羅紗と、お嫁様として界を渡ってきた紅葉、その二人の死の悲しみはまだ消えていない。
しかし、皆前を向こうとしているのがわかる。
俺たちも馬車に乗り、その道を城へと急ぐ。
俺たちのことを知っているわけでもないだろうに、阿羅国の馬車にも提灯を振る者もいた。
「阿羅彦様」
梢紗は阿羅国の正装をして、俺の臣下として城にあがる。
紗国では、梢紗が正式に阿羅国民となったことを、未だに知らない者が多い。
どうしてそのようなことをしたのかと、責められるかもしれない。
しかし、梢紗はそれでも俺と共に3番目の兄の即位式に出るために、紗国に来た。
改めて見ると、急ごしらえで梢紗の体に合わせた阿羅国の正装がよく似合っていた。
「紗国では、頭の固い貴族らが、あなた様に何か失礼なことを言うかもしれません。私はただただ、それが心配なのです」
「しかし、城石の親戚だということで少しは遠慮してくれる勢力もあるのでは?」
そう言ったのは玲陽だった、阿羅国の正装がよく似合っている。
二人とも、今日は白い着物に黒い袴、その上に冴えた青い羽織を着ている。
美しい縫い取りのある青の羽織は臣下の正装となっていて、彼ら以外にも皆がこれを着用している。
俺は、白い着物に白い袴、そして金色の豪華な刺繍がはいった紫の羽織を着て、金細工の大きな首飾りと、王冠を付けている。
王冠はユーチェンのデザインをドワーフの女性が丹精込めて作り上げてくれた。
「城石家は確かに大貴族ではありますが……紗国は歴史が長く、城石よりも勢力のある貴族もあります」
「まあ、気にしていても仕方ない……それに今回は慶事だ、誰も事を荒立てたりせんだろう。それに、正式に俺を呼んだのは、紗国のほうだ、勝手に押しかけているわけではないしな」
そう言って安心させようと微笑んだ。
梢紗は心配げな様子で眉を下げた。
「まあ、古い国というのは頭の固いものです、しかし今回は、あちらにも負い目がありますでしょうしね」
ユーチェンはそう言って静かに微笑んだ。
「私の家が実際どれほど力があるか、私は自覚することがありませんでした、しかし、多少なりとも名の通った家です、必ずその名がお役に立てるでしょう」
梢紗とユーチェンは視線を合わせ、うなずき合った。
「さあ、つきましたよ、私から降りますね」
玲陽は美しい身のこなしで馬車から降り、次に梢紗が降りた、そしてユーチェンの手を引いて俺が降りると、その場にいた紗国の役人が頭を下げた。
「阿羅国の皆様、ようこそおいでくださいました。式典は森の神殿にて執り行いますので、ご案内いたします」
役人は一瞬梢紗を見て目を見張ったが、そのまま丁寧な仕草で道案内を始めた。
俺の横にユーチェン、その後ろに玲陽と梢紗、さらにその後ろにサリヴィスとアレクシス、そしてサリヴィスの選んだ選りすぐりのイラフェ族の者5名が続いた。
各国が集まるので人数は厳しく制限されている。
森の神殿に向かう道は静かな砂利道だった。
白い砂利が美しい道で、その汚れなさにピリリと緊張感が漂う。
今回、クレイダは阿羅国に置いてきた。
本人も自覚しているように、徐々に老いてきた彼女の体力を心配するというのもあるが、弟を亡くしたその悲しみから立ち直れていないのだ。
俺たちでさえ、目の前で事切れた彼の姿が目に焼き付いている。
体力も力も魔力もふんだんにある彼を、太い血管を切ることによって出血多量で死に至らしめた、あの男の顔と共に。
俺のことを思い、あえて逆らわなかったエクトル……俺は彼の思いをどう受け取ればいいのだろうか。
阿羅国の評判などどうでも良い、魔物の真の力を発揮し、逃げおおせてくれた方がうれしかった。
そう思えてならない。
「では、こちらからお入りくださいませ」
白一色の装束で頭を下げる巫女らが並び、俺たちを迎えた。
彼女たちは一斉に榊を振り、けがれを払うと、中へと誘う仕草をした。
森の神殿につかえる者達は『森の民』といい、彼らは紗国の王族としか会話をしないのだという。
その徹底ぶりに、少々驚く。
「行きましょう」
梢紗は静かに言った。
都では、提灯を持った正装の民衆が押しかけ、道にずらりと並び、馬車で通る各国の王族を一目見ようとひしめき合っていた。
彼らは、第二王子・江利紗が王になったということを、何の説明もないまま、静かに受け入れていた。
良き王であった先代・玖羅紗と、お嫁様として界を渡ってきた紅葉、その二人の死の悲しみはまだ消えていない。
しかし、皆前を向こうとしているのがわかる。
俺たちも馬車に乗り、その道を城へと急ぐ。
俺たちのことを知っているわけでもないだろうに、阿羅国の馬車にも提灯を振る者もいた。
「阿羅彦様」
梢紗は阿羅国の正装をして、俺の臣下として城にあがる。
紗国では、梢紗が正式に阿羅国民となったことを、未だに知らない者が多い。
どうしてそのようなことをしたのかと、責められるかもしれない。
しかし、梢紗はそれでも俺と共に3番目の兄の即位式に出るために、紗国に来た。
改めて見ると、急ごしらえで梢紗の体に合わせた阿羅国の正装がよく似合っていた。
「紗国では、頭の固い貴族らが、あなた様に何か失礼なことを言うかもしれません。私はただただ、それが心配なのです」
「しかし、城石の親戚だということで少しは遠慮してくれる勢力もあるのでは?」
そう言ったのは玲陽だった、阿羅国の正装がよく似合っている。
二人とも、今日は白い着物に黒い袴、その上に冴えた青い羽織を着ている。
美しい縫い取りのある青の羽織は臣下の正装となっていて、彼ら以外にも皆がこれを着用している。
俺は、白い着物に白い袴、そして金色の豪華な刺繍がはいった紫の羽織を着て、金細工の大きな首飾りと、王冠を付けている。
王冠はユーチェンのデザインをドワーフの女性が丹精込めて作り上げてくれた。
「城石家は確かに大貴族ではありますが……紗国は歴史が長く、城石よりも勢力のある貴族もあります」
「まあ、気にしていても仕方ない……それに今回は慶事だ、誰も事を荒立てたりせんだろう。それに、正式に俺を呼んだのは、紗国のほうだ、勝手に押しかけているわけではないしな」
そう言って安心させようと微笑んだ。
梢紗は心配げな様子で眉を下げた。
「まあ、古い国というのは頭の固いものです、しかし今回は、あちらにも負い目がありますでしょうしね」
ユーチェンはそう言って静かに微笑んだ。
「私の家が実際どれほど力があるか、私は自覚することがありませんでした、しかし、多少なりとも名の通った家です、必ずその名がお役に立てるでしょう」
梢紗とユーチェンは視線を合わせ、うなずき合った。
「さあ、つきましたよ、私から降りますね」
玲陽は美しい身のこなしで馬車から降り、次に梢紗が降りた、そしてユーチェンの手を引いて俺が降りると、その場にいた紗国の役人が頭を下げた。
「阿羅国の皆様、ようこそおいでくださいました。式典は森の神殿にて執り行いますので、ご案内いたします」
役人は一瞬梢紗を見て目を見張ったが、そのまま丁寧な仕草で道案内を始めた。
俺の横にユーチェン、その後ろに玲陽と梢紗、さらにその後ろにサリヴィスとアレクシス、そしてサリヴィスの選んだ選りすぐりのイラフェ族の者5名が続いた。
各国が集まるので人数は厳しく制限されている。
森の神殿に向かう道は静かな砂利道だった。
白い砂利が美しい道で、その汚れなさにピリリと緊張感が漂う。
今回、クレイダは阿羅国に置いてきた。
本人も自覚しているように、徐々に老いてきた彼女の体力を心配するというのもあるが、弟を亡くしたその悲しみから立ち直れていないのだ。
俺たちでさえ、目の前で事切れた彼の姿が目に焼き付いている。
体力も力も魔力もふんだんにある彼を、太い血管を切ることによって出血多量で死に至らしめた、あの男の顔と共に。
俺のことを思い、あえて逆らわなかったエクトル……俺は彼の思いをどう受け取ればいいのだろうか。
阿羅国の評判などどうでも良い、魔物の真の力を発揮し、逃げおおせてくれた方がうれしかった。
そう思えてならない。
「では、こちらからお入りくださいませ」
白一色の装束で頭を下げる巫女らが並び、俺たちを迎えた。
彼女たちは一斉に榊を振り、けがれを払うと、中へと誘う仕草をした。
森の神殿につかえる者達は『森の民』といい、彼らは紗国の王族としか会話をしないのだという。
その徹底ぶりに、少々驚く。
「行きましょう」
梢紗は静かに言った。
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