俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第八章  紗国の悪夢

地下牢2

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 扉は分厚い鉄製で、真ん中に鍵穴があった。
玲陽はそこに鍵を差し入れて回す、カチリと音が響いた、扉を押し開ける。
重たい鉄の扉だが、サリヴィスは玲陽の横から片手で押した。

「暗すぎないか?」

思わず出た言葉、クレイダのその声は暗闇に吸い込まれていく。

「でも、ここで合ってるね、アタシにはわかるよ、弟の匂いがする」
「そうか」
「あと、血のにおいもね」

クレイダの瞳が暗闇で怪しげに光っていた。
もはや、魔物であることを押さえる必要も無い。
彼女は今、力を解放している。

「この先だ」

夜目が利く俺とクレイダ、玲陽は進もうとするが、さすがに小さな明かりだけでは無理と思ったのか、第3騎士団が携帯用の明かりを灯そうとしている。
しかし、俺たちはかまわず先に進んだ、いや、追いかけていると言う方が当たっている、進んでいるのはクレイダ、弟の匂いをたどっているのだ。

しばらく歩いて、急に走り出すクレイダ、俺と玲陽も後を追った。

ガシャンと音がした。
クレイダが鉄格子を握り込んでいる、そしてそれを左右に押し広げようと力を込めて曲げようとしていた。
俺と玲陽も魔力を込め、それに加勢する。
そして気づいた、血のにおい……それも濃い。
焦るクレイダは腕力だけで鉄を曲げ、牢の中に滑り込んだ。

「エクトル!」

その時ちょうど追いついた第3騎士団とサリヴィスたちは、それぞれランプを掲げ息をのんだ。

 エクトルは確かにそこにいた……だが…… 
天井からぶら下がる荒縄に両手を縛られ、つま先しかついていない足からは大量に出血、床には黒く光る水たまり……あれは血だ。
もはやエクトルは死亡しているのではと皆そう思った。

「阿羅彦様……」

エクトルの弱々しい声がひっそりと聞こえた。
呆然としていたクレイダが慌てて駆け寄る。

「こんな……こんな!」
クレイダは泣きながら吠えるように弟の名を呼び、炎を出して荒縄を焼き切り、サリヴィスや第3騎士団の助けを借りてエクトルの体をどうにか床に横たえた。

「すまなかった、エクトル……お前を置いて国に戻るんじゃなかった」

玲陽の絞り出すような懺悔の声に、エクトルは首を振った。

「そんなことは……玲陽様」

クレイダは弟を抱きしめて泣き続けている。

「姉上、いつからそんなに弱くなって……」

クレイダは咳き込んで言葉にならなかった、エクトルはそんな姉を優しげに見つめた。

「阿羅彦様……これは罠です、どうか早くこの城から出て……」
「いや、私は白玖紗を許すつもりはない」
「しかし……」
「なぜお前は、俺を呼ばなかった、お前が望めば俺は助けに来られたというのに」
「……」

エクトルは静かに微笑んだ。

「私は、単なる臣下です、あなた様の……お手を煩わせるような、そんな貴重な存在では……」
「何を言う……お前のことをどれほど心配したか」

俺はエクトルの手をぎゅっと握った。
弱々しい力でエクトルも握り返す、手はパンパンに腫れていて、色はどす黒く変色していた。

「さいごにお会いできて……うれしかったです……」
「エクトル」

クレイダの嗚咽は続いた。

「私の……」

最後の言葉は誰にも聞き取れなかった。

握る手から力が抜け、重たくなって、生気が失われた顔をじっと見つめた。
最初は姉を頼り阿羅国に来たエクトル、今までの感謝を俺はどう示せばよいか?
いつも静かに、俺の後ろにいてくれた優しい魔物。
お前のことを俺は一生忘れないよ。



カツリ……


入り口から音が響いた。

鼻に皺を寄せ唸るクレイダは、その音の方角に跳躍した。
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