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第八章 紗国の悪夢
地下牢
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ひたひたと、何かがまとわりついてくるような、不快な感触……
例えば、濡れた落ち葉が肌にまとわりついて、払っても払っても落とせないような……
この感覚は、不安なのか?
紗国城を仰ぎ見た。
前回ここに訪れた時、玖羅紗王と共に入り、そして紅葉と会った。
二人きりで話したあの時間はもう戻らない、
神の声を聞いたというあの少年は、俺にとって、どこか家族のような存在だった。
そしてエクトル。
この城の中の地下、大罪を犯した者のためにあるその場所に、お前はいる。
なぜ、俺を呼ばない。
夢の中で俺を求めてくれさえしたら、行けるのに。
いつも控えめで、ただ俺の役に立てることを喜んでいる、寡黙で実直な優しい魔物。
……お前は俺のために、死のうとしているのか?
拳を握りしめ、そして目に力を込めビルのような城をサーチする。
中にいる大勢の動く気配……眠っている者の夢の断片。
それらが
走馬灯のように俺の頭に流れた。
こんな人とも思えない技も、いつの頃からか出来るようになった、しかし、愛する者を救えないのならば意味は無い。
知らせを受けてから、何度も俺はエクトルの夢に入ろうとした、だが、彼ははねつけてきた。
俺を、ここに呼ぶまいと、かたくなに心を閉ざし、俺の力が及ばぬよう俺のことを心から追い出しているのだ。
「阿羅彦様、地下牢はここより地下2階部分、そこにエクトル様が、そして、兄は上層60階部分にいると思われます、しかし、私はこの城に生まれ育った者ですが、地下牢に足を踏み入れたことはありません、が、廊下のさきの階段を降りれば良いだけのはず」
耳元でささやく梢紗の声に、軽くうなずく。
梢紗は少しさみしげに微笑んだ。
「白玖紗……あいつは、眠っていないようだな」
俺は城の上層を見上げ、そうつぶやいた。
「兄は元々眠りの浅いほうで、しかも短いのです。常に周囲に警戒をしています」
「警戒をしなければならない理由があるのだろうな」
「ええ、どこから恨みをかっているかわからない、そんな生き方をしている人ですから」
梢紗の声はどこか悲しげだった、思わず梢紗の手を握る。
「よいか梢紗、俺はお前の兄をどうするかわからない。それでも一緒に来るというのか?」
「何度聞かれても、答えは同じですよ阿羅彦様、私はもう、阿羅国の者です。それに、後ろの者らも皆、紗国の今をいとわしくおもっております。今となっては、誰もが阿羅彦様に従うことに疑問を持っていないでしょう」
俺は後ろの者を振り返った。
クレイダ、玲陽、サリヴィス、そして彼らの精鋭揃いの部下たち。
さらには、北部の砦を守っていた紗国の第3期師団、そして、最北の村長の孫である文官、彼に至っては単なる民間人だ、貴族ですらない。
俺は彼らの運命と人生を背負っている。
「わかった。私は今回、手加減はできないだろう。エクトルを救い、そしてユーチェンの父を救い、それから」
もう一度城を見上げる。
同行した者達は皆、静かにうなずいた。
「門兵らは、眠らせました」
静かにそう告げたのは玲陽、彼は俺と目が合うと微笑んだ。
彼は、ラハーム王国に伝わる秘伝の催眠の霧で、周りを眠らせたのだ。
異能ではないが、それを広範囲に霧状にばらまくことができたのは蛇族の力だ。
彼ら蛇族には効かないというその眠りの毒を一度体内に入れ、そして細い息を吐いて空間に漂わせる。
一種の技術だが、たいしたものだ。
毒の効能は睡眠、体に残る後遺症もないものだ。
「この先は、私が案内いたしましょう」
震える足で転げるようにして倒れる門兵の間を抜け、最北の町長の孫は大きな朱色の扉を開けた。
第3騎士団のうち3名を見張りとして置いた。
長老の孫は慣れた様子で扉を開けた、鍵はなく、するりと開く、彼の手招きで我らは飛翔で彼に追いつく。
中に入ると、暖められた空気の中に、少しだけ鉄の匂いが混ざる。
……血のにおい
それがどこから漂ってくるのかはわからない、だが、どうしてもエクトルの身が心配になる。
長老の孫はそのまま振り向かず、どんどんと奥へ歩く。
板張りの廊下を歩き、障子を開ける、それを何度も繰り返したその先に、地下へと繋がる階段が見えた。
地下には明かりがないようで、階段の先は真っ暗だ。
まるで地獄への入り口のように見えるそれを、我々は降りてゆく、皆、夜目は利くが、町長の孫はそうはいかない、必死に壁を伝いながらおそるおそる降りた。
「……」
小さな明かりがこぼれている。
よく見ると、詰め所のようだった。
サリヴィスの部下が音もなく詰め所の者も眠らせる。
トサリと身が沈む音だけが聞こえた。
そしてその場にあったランプを手にしたサリヴィスが廊下を照らした、少し先、廊下の突き当たりに見えたのは丸く黒い鉄の扉。
「あれです。あれが地下牢への入り口です、鍵は、詰め所にあるかと思います」
震える体で長老の孫は俺に伝えた。
「ご苦労だった、そなたはこの先には同行せずとも良い、このまま帰宅せよ」
「……はい、足手まといになるだけでしょうから」
長老の孫はそう言って、笑おうとしたが失敗して、顔をゆがませた。
「サリヴィス、お前の部下を一人つけてやってくれ」
「かしこまりました、我が君」
そして、俺は一歩踏み出す。
玲陽は光る金色の鍵をすでに手に持っていた。
例えば、濡れた落ち葉が肌にまとわりついて、払っても払っても落とせないような……
この感覚は、不安なのか?
紗国城を仰ぎ見た。
前回ここに訪れた時、玖羅紗王と共に入り、そして紅葉と会った。
二人きりで話したあの時間はもう戻らない、
神の声を聞いたというあの少年は、俺にとって、どこか家族のような存在だった。
そしてエクトル。
この城の中の地下、大罪を犯した者のためにあるその場所に、お前はいる。
なぜ、俺を呼ばない。
夢の中で俺を求めてくれさえしたら、行けるのに。
いつも控えめで、ただ俺の役に立てることを喜んでいる、寡黙で実直な優しい魔物。
……お前は俺のために、死のうとしているのか?
拳を握りしめ、そして目に力を込めビルのような城をサーチする。
中にいる大勢の動く気配……眠っている者の夢の断片。
それらが
走馬灯のように俺の頭に流れた。
こんな人とも思えない技も、いつの頃からか出来るようになった、しかし、愛する者を救えないのならば意味は無い。
知らせを受けてから、何度も俺はエクトルの夢に入ろうとした、だが、彼ははねつけてきた。
俺を、ここに呼ぶまいと、かたくなに心を閉ざし、俺の力が及ばぬよう俺のことを心から追い出しているのだ。
「阿羅彦様、地下牢はここより地下2階部分、そこにエクトル様が、そして、兄は上層60階部分にいると思われます、しかし、私はこの城に生まれ育った者ですが、地下牢に足を踏み入れたことはありません、が、廊下のさきの階段を降りれば良いだけのはず」
耳元でささやく梢紗の声に、軽くうなずく。
梢紗は少しさみしげに微笑んだ。
「白玖紗……あいつは、眠っていないようだな」
俺は城の上層を見上げ、そうつぶやいた。
「兄は元々眠りの浅いほうで、しかも短いのです。常に周囲に警戒をしています」
「警戒をしなければならない理由があるのだろうな」
「ええ、どこから恨みをかっているかわからない、そんな生き方をしている人ですから」
梢紗の声はどこか悲しげだった、思わず梢紗の手を握る。
「よいか梢紗、俺はお前の兄をどうするかわからない。それでも一緒に来るというのか?」
「何度聞かれても、答えは同じですよ阿羅彦様、私はもう、阿羅国の者です。それに、後ろの者らも皆、紗国の今をいとわしくおもっております。今となっては、誰もが阿羅彦様に従うことに疑問を持っていないでしょう」
俺は後ろの者を振り返った。
クレイダ、玲陽、サリヴィス、そして彼らの精鋭揃いの部下たち。
さらには、北部の砦を守っていた紗国の第3期師団、そして、最北の村長の孫である文官、彼に至っては単なる民間人だ、貴族ですらない。
俺は彼らの運命と人生を背負っている。
「わかった。私は今回、手加減はできないだろう。エクトルを救い、そしてユーチェンの父を救い、それから」
もう一度城を見上げる。
同行した者達は皆、静かにうなずいた。
「門兵らは、眠らせました」
静かにそう告げたのは玲陽、彼は俺と目が合うと微笑んだ。
彼は、ラハーム王国に伝わる秘伝の催眠の霧で、周りを眠らせたのだ。
異能ではないが、それを広範囲に霧状にばらまくことができたのは蛇族の力だ。
彼ら蛇族には効かないというその眠りの毒を一度体内に入れ、そして細い息を吐いて空間に漂わせる。
一種の技術だが、たいしたものだ。
毒の効能は睡眠、体に残る後遺症もないものだ。
「この先は、私が案内いたしましょう」
震える足で転げるようにして倒れる門兵の間を抜け、最北の町長の孫は大きな朱色の扉を開けた。
第3騎士団のうち3名を見張りとして置いた。
長老の孫は慣れた様子で扉を開けた、鍵はなく、するりと開く、彼の手招きで我らは飛翔で彼に追いつく。
中に入ると、暖められた空気の中に、少しだけ鉄の匂いが混ざる。
……血のにおい
それがどこから漂ってくるのかはわからない、だが、どうしてもエクトルの身が心配になる。
長老の孫はそのまま振り向かず、どんどんと奥へ歩く。
板張りの廊下を歩き、障子を開ける、それを何度も繰り返したその先に、地下へと繋がる階段が見えた。
地下には明かりがないようで、階段の先は真っ暗だ。
まるで地獄への入り口のように見えるそれを、我々は降りてゆく、皆、夜目は利くが、町長の孫はそうはいかない、必死に壁を伝いながらおそるおそる降りた。
「……」
小さな明かりがこぼれている。
よく見ると、詰め所のようだった。
サリヴィスの部下が音もなく詰め所の者も眠らせる。
トサリと身が沈む音だけが聞こえた。
そしてその場にあったランプを手にしたサリヴィスが廊下を照らした、少し先、廊下の突き当たりに見えたのは丸く黒い鉄の扉。
「あれです。あれが地下牢への入り口です、鍵は、詰め所にあるかと思います」
震える体で長老の孫は俺に伝えた。
「ご苦労だった、そなたはこの先には同行せずとも良い、このまま帰宅せよ」
「……はい、足手まといになるだけでしょうから」
長老の孫はそう言って、笑おうとしたが失敗して、顔をゆがませた。
「サリヴィス、お前の部下を一人つけてやってくれ」
「かしこまりました、我が君」
そして、俺は一歩踏み出す。
玲陽は光る金色の鍵をすでに手に持っていた。
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