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第八章 紗国の悪夢
拷問
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水をかけられ、ハッと目が覚める。
木の棒で殴られた体のあちこちが鈍く痛む。
腕の両手とも荒縄で繋がれ天井にくくりつけられて、足は地面すれすれだ、つま先立ちしているほかない。
「おい魔族」
私を憎々しげにそう呼ぶ人を見た。
この人たちは本当に、あの麗しく優しかった紗国人だろうか?
王が替わる、たったそれだけで、人はここまで変わるものなのだろうか?
「早く吐くのだ。何が目的で紗国へ来たのか」
「……ですから……交易品を持ち……」
そこでまた背中を棒で力一杯殴られ、一瞬息ができなくなる。
「そうではないだろう、お前達のような魔の者らはいつでも悪いことを考えているに違いないのだ」
「そんなことは……うっ」
今度は腹を思いっきり棒で殴られた。
「そこまで」
突然、まばゆい光が牢の中を照らし、思わず目をつむった。
「お前達、皆下がれ。我が直接話そう」
「しかし……白玖紗様……」
「二度言わせるつもりか」
「いえ、滅相もございません」
薄めを開けると牢の番人と拷問をしていた役人が逃げるように去る後ろ姿が見えた。
そして、明るい光に照らされている男を見つめる。
『白玖紗』
そう呼ばれた男は、次代の王となる人だ。
「とうとう、尻尾をだしたということですね、阿羅国は」
「……」
二の句を継げないでいると、白玖紗はにやりと笑った。
背筋がぞっとした。
王族がするような笑みではない。
「阿羅国なんて新興国家、どうして仲良くする必要があるのかと、私は何度も兄に言ったのですよ」
コツコツと、靴の鳴らす音が牢の中にひびき、それが余計に恐怖を駆り立てる。
「だってそうじゃないですか、あんな森の奥深くに、国を作っただって?そんなものろくな国じゃないことぐらい、子供にだってわかります、魔物が巣くう恐ろしい森です、きっと魔の寄せ集め集団ですよって、私は何度もね、兄に言ったのです」
ひたひたと私に近寄る白玖紗は、顔を近くまで寄せ、表情のない顔でじっと見つめてきた。
「つくづく恐ろしい男ですね、阿羅彦というのは。こんな魔物を手の内にするとは……つまり、自分はそれ以上に恐ろしい力を持っていると、自己紹介しているようなものでしょうよ」
「なにを……」
「だって、そうじゃないですか、弱肉強食のあなた方の世界、上に立とうとすれば誰よりも強くないといけない、そうではないのですか?」
「そんなこと……」
「だから、つまり、阿羅彦があなたより強いと、そうなります」
私は否定できなかった。
手を合わせたことはないが、戦えば私は阿羅彦様に勝てないだろう、それは真実だ。
だが、それとこれでは違う。
「そういうことでは……」
「あなたに意見を聞いているのではないのです、もうわかったのですから、これが答えです」
キンっと音が響いた。
白玖紗がいつの間にか手にしていたのは鍛えられた長刀、明るく照らす明かりにその刃は反射し、空気さえも切り裂きそうな鋭さだ。
白玖紗は再びにやりとした。
「あなたをここから出すわけにはいきません。証拠として、おいておかねば」
シュンと刀が空を切る、その瞬間、両足首に熱い痛みが走り、思わず目を閉じる。
両足の腱を切られたのだ。
青い血がほとばしり、なおもどくどくと流れていく。
一瞬目の前が白んだ。
「叫び声も上げないとは、やはり魔のものは人とは違う。痛みさえも感じないのでしょうね……おお……やはり血の色は赤ではない」
「……」
「ああ、もう一つあなたに直接聞いておきたかったんですよ」
「……」
答える気力がなく、目をそらす私に白玖紗はお構いなしに続けた。
「阿羅彦には異能があるでしょう? どうです? 人の姿をした魔なのです、なんだろうか? とずっと考えていたんですよ。でね、一つ思いつきました。……阿羅彦は淫魔じゃないでしょうか?」
私は思わず白玖紗を見た。
彼は頬を紅潮させ、目をらんらんと輝かせた。
「ほう……ほう! やはりですか! 彼は淫魔ですか! なるほどそれならば……それならば、すべてに理由がつくではないですか? 兄がほだされたのも、梢紗があれの元について行ったことも、ねえ!」
高らかに歌うようにそう言った男の顔は、王などとはほど遠い……いや、人ですらないような、あきらかに異常な存在に思えた。
「ふむふむ……これは……よい」
そうして納得したのか……「汚らわしい」と言って血塗られた刀を床に放り投げ、歌いながら牢を出て行った。
もう幾日も水も飲まされていない。
回らない頭で懸命に考える、どうすれば、阿羅彦様のためになるのか。
どうすれば、阿羅彦様の邪魔にならずにすむのか……
私が阿羅国の代表者などにならなければこんなことにはならなかったはず。
阿羅国に災いをもたらしてしまったという事実がつらく、胸を締め付ける。
結われた手に動かない足、私は窓一つ無い地下牢の一室で、無言で耐えるしかなかった。
木の棒で殴られた体のあちこちが鈍く痛む。
腕の両手とも荒縄で繋がれ天井にくくりつけられて、足は地面すれすれだ、つま先立ちしているほかない。
「おい魔族」
私を憎々しげにそう呼ぶ人を見た。
この人たちは本当に、あの麗しく優しかった紗国人だろうか?
王が替わる、たったそれだけで、人はここまで変わるものなのだろうか?
「早く吐くのだ。何が目的で紗国へ来たのか」
「……ですから……交易品を持ち……」
そこでまた背中を棒で力一杯殴られ、一瞬息ができなくなる。
「そうではないだろう、お前達のような魔の者らはいつでも悪いことを考えているに違いないのだ」
「そんなことは……うっ」
今度は腹を思いっきり棒で殴られた。
「そこまで」
突然、まばゆい光が牢の中を照らし、思わず目をつむった。
「お前達、皆下がれ。我が直接話そう」
「しかし……白玖紗様……」
「二度言わせるつもりか」
「いえ、滅相もございません」
薄めを開けると牢の番人と拷問をしていた役人が逃げるように去る後ろ姿が見えた。
そして、明るい光に照らされている男を見つめる。
『白玖紗』
そう呼ばれた男は、次代の王となる人だ。
「とうとう、尻尾をだしたということですね、阿羅国は」
「……」
二の句を継げないでいると、白玖紗はにやりと笑った。
背筋がぞっとした。
王族がするような笑みではない。
「阿羅国なんて新興国家、どうして仲良くする必要があるのかと、私は何度も兄に言ったのですよ」
コツコツと、靴の鳴らす音が牢の中にひびき、それが余計に恐怖を駆り立てる。
「だってそうじゃないですか、あんな森の奥深くに、国を作っただって?そんなものろくな国じゃないことぐらい、子供にだってわかります、魔物が巣くう恐ろしい森です、きっと魔の寄せ集め集団ですよって、私は何度もね、兄に言ったのです」
ひたひたと私に近寄る白玖紗は、顔を近くまで寄せ、表情のない顔でじっと見つめてきた。
「つくづく恐ろしい男ですね、阿羅彦というのは。こんな魔物を手の内にするとは……つまり、自分はそれ以上に恐ろしい力を持っていると、自己紹介しているようなものでしょうよ」
「なにを……」
「だって、そうじゃないですか、弱肉強食のあなた方の世界、上に立とうとすれば誰よりも強くないといけない、そうではないのですか?」
「そんなこと……」
「だから、つまり、阿羅彦があなたより強いと、そうなります」
私は否定できなかった。
手を合わせたことはないが、戦えば私は阿羅彦様に勝てないだろう、それは真実だ。
だが、それとこれでは違う。
「そういうことでは……」
「あなたに意見を聞いているのではないのです、もうわかったのですから、これが答えです」
キンっと音が響いた。
白玖紗がいつの間にか手にしていたのは鍛えられた長刀、明るく照らす明かりにその刃は反射し、空気さえも切り裂きそうな鋭さだ。
白玖紗は再びにやりとした。
「あなたをここから出すわけにはいきません。証拠として、おいておかねば」
シュンと刀が空を切る、その瞬間、両足首に熱い痛みが走り、思わず目を閉じる。
両足の腱を切られたのだ。
青い血がほとばしり、なおもどくどくと流れていく。
一瞬目の前が白んだ。
「叫び声も上げないとは、やはり魔のものは人とは違う。痛みさえも感じないのでしょうね……おお……やはり血の色は赤ではない」
「……」
「ああ、もう一つあなたに直接聞いておきたかったんですよ」
「……」
答える気力がなく、目をそらす私に白玖紗はお構いなしに続けた。
「阿羅彦には異能があるでしょう? どうです? 人の姿をした魔なのです、なんだろうか? とずっと考えていたんですよ。でね、一つ思いつきました。……阿羅彦は淫魔じゃないでしょうか?」
私は思わず白玖紗を見た。
彼は頬を紅潮させ、目をらんらんと輝かせた。
「ほう……ほう! やはりですか! 彼は淫魔ですか! なるほどそれならば……それならば、すべてに理由がつくではないですか? 兄がほだされたのも、梢紗があれの元について行ったことも、ねえ!」
高らかに歌うようにそう言った男の顔は、王などとはほど遠い……いや、人ですらないような、あきらかに異常な存在に思えた。
「ふむふむ……これは……よい」
そうして納得したのか……「汚らわしい」と言って血塗られた刀を床に放り投げ、歌いながら牢を出て行った。
もう幾日も水も飲まされていない。
回らない頭で懸命に考える、どうすれば、阿羅彦様のためになるのか。
どうすれば、阿羅彦様の邪魔にならずにすむのか……
私が阿羅国の代表者などにならなければこんなことにはならなかったはず。
阿羅国に災いをもたらしてしまったという事実がつらく、胸を締め付ける。
結われた手に動かない足、私は窓一つ無い地下牢の一室で、無言で耐えるしかなかった。
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