俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第八章  紗国の悪夢

それぞれの思いを抱えて

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「俺は行かない方がいいんだろうけど」

アレクシスはそう言って口をつぐんだ。

「エルフは目立つ、だが、エルフがいることにより、よい印象を与えることも考えられはしないか?」

サリヴィスの言葉に俺もうなずく。

「だが、アレクシスは残る方がいいだろう。国内のあれこれを、アレクシス、ユーチェン、おまえ達に任せたい。ユーチェン、体調はいいのか?」
「私は、大丈夫ですよ」

 最近体調を崩すことが多くなったユーチェン、しばらく紗国の実家でゆっくりさせるつもりが、百合彦が心配だからと共に帰国した。
今回のことを考えると、それでよかったと思う、万が一王妃の立場のユーチェンが城石家に残っていたら、エクトルと同じように人質になっていた可能性が高い。

「阿羅彦様、どうぞ遠慮なく父の力を頼ってください」
「……そなたの父は紗国の大貴族だ、迷惑をかけることになるぞ」
「しかし、あの人は筋を通す人です。こんなおかしなこと、許すはずありません。きっと阿羅彦様の力になってくれるはずです」
「そうかもしれぬが」

俺がためらっていると、梢紗が静かに話し出した。

「兄の即位式はまだなのです、つまり兄はまだ正式な王ではない、あくまで前王の名代なのですよ。王太子ですらないのです。王族だからと周りが遠慮しているだけで、実際には何の権力もない。今なら、城石家、そのほかの貴族が力を合わせれば、兄を下ろすことができるはずです、そしてこの好機は今を逃せばなくなります」
「おまえの兄が正式に王となる前に……ということだな?」

サリヴィスはそう言うと、太い指を顎に置き、ふむ、と言った。

「我らイラフェ族も、ぜひ連れて行ってくださいますな?我が君」
「そのつもりだが、阿羅国のことをないがしろにはできない、連れて行くにしても、精鋭10人といったところだ」
「了解した、厳選しよう」
「俺は……」

アレクシスは暗い表情で俺を見る。

「エルフの里に、助けを求めることはできませんか?」

ユーチェンの言葉にアレクシスは首を横に振る。

「エルフは基本、他国の争いに首は突っ込まない、それが里を守る掟なので」
「ならば、阿羅彦様のおっしゃるように、あなたはここに残るべきですよ、アレクシス。どこからどう見てもエルフのあなたが、今の紗国に押しかけてはいけないわ」

ユーチェンはアレクシスの横に立ち、背をなでた。

「悔しい思いは同じです。ですが、留守を預かるのもまた戦うことと同じです。本拠地を守ることこそ大切なのです」
「特に阿羅国はできて間もない国。歴史の長い国からすれば赤子同然、つぶすのはわけない」

俺の言葉にアレクシスは反論した。

「だが、不可侵の森と高嶺に囲まれた阿羅国をどうやって攻めてくるというのだ」
「自然の要塞と化している阿羅国の立地、それは安心材料ではあるが、完璧ではない。実際、我々は何度もそれを越えているわけだ」
「それは、阿羅国の皆の能力が高いからですよ、普通は無理です」
「しかし、相手は大国、その能力の高いものが数多くいるかもしれんぞ?」

サリヴィスのその一言でアレクシスはようやく納得してうなずいた。

「では、イラフェ族と俺、そして、残る者らで、必ずこの国は守る。約束するよ」

アレクシスの力強い言葉に皆もうなずく。







 はるか前方、紗国の最北の町が見えてきた。
陶器作りが盛んなその町には、気の優しい民が住み、普段から俺たちにもよくしてくれる。
まだ、首都からの情報が届いていないらしく、民らは俺たちを変わりなく迎えてくれた。

「阿羅彦様、王とお嫁様の葬送の儀にもいらしたのに、これはお早いお戻りで」

長は俺に笑顔をくれた。

「ああ、用事ができてしまった」
「一泊されますか?」
「いや、このまま移動する、あまり時間がないのだ」
「それはまたお忙しいことですな」

そう言いながらも、この村に置いてある阿羅国の馬車を倉庫から出すよう、村の若者に命じてくれた。

「では、道中にこれを」

長の娘が差し出す弁当をもらい、礼を言った。

「いつも、気を遣ってくれて感謝している」
「いえいえ、うちらのような辺境に住む者らはね、遠く首都などよりも、よほど阿羅国のほうが親近感がありますよ、中央から見れば私たちなど取るに足らぬどうでもよい存在なのです」

長は静かに続けた、ほかには聞こえないように、そっと。

「阿羅彦様、首都のはずれに私の家があります。そこをどうぞお使いくだされ」
「……長」
「なにか、あったのでしょう。この時期にまた紗国の地に来られたということは……」

俺は長の顔をじっと見つめた。
その質問に答えれば、巻き込むこととなる。

「おっしゃらなくて結構ですぞ。我々は主君が決まれば従うしかない、だが、考える頭はあります。……『あれ』はよくない。私の立場で大きな声では言えませぬがな。『あれ』はよくない」

長が『あれ』と称した、次代の王になる者、その悪評はここまで聞こえていたらしい。

「今の時期、あなたがそんな顔でこちらに来たということは、『あれ』が何かしたのでしょう。紗国の民として、謝罪せねばならないでしょう」
「そなたは少しも悪くない」

長は、悲しげに微笑んだ。

「ともかく、首都の私の家をお使いに。ご一行と一緒にうちの若いのをお連れになってくださいませ。きっと役に立ちます」
「……すまないな。迷惑をかけるかもしれぬぞ」
「いえ、私の命など、もうどうせ長くありません。私の一存でやったこととすれば、国は町人は責めない。大丈夫です」

俺は長と固い握手をした。

「ありがとう」
「ご武運を」

長の後ろに並んでいた町人も、皆一斉に頭を下げた。


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