俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第七章  阿羅国という国

エクトル

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 執務室に入ると、阿羅国の主要人物はすでに集まっていた。


「アラト」

クレイダが険しい顔で俺を見た、こんな顔は初めて見る。
彼女もやはり魔物で、そしてその中でも強いとされる種なのだと、この時俺は初めてわかったような気がした。
俺は彼女の肩に手を置き、さらにはソファーに座るよう促した。

「どういう経緯か、説明できるものは?」

俺の問いに、顔がススで黒くなり、体も泥で汚れたままの飛翔隊の一人が進み出た。

「行動を共にしておりました、飛翔隊のイーアでございます」
「エクトルと一緒にいたということは……交易品を運んだ全員が捕縛されたわけではないということか」
「はい……その……魔物と見抜かれたのです。エクトル様のみ地下牢に……」
「そうか……今回はエクトルだけがクサリク族だったわけか」
「はい、軽い細工物が多かったため、私たちの出番でした」

 飛翔隊は現在、所属数が50人を越える。

 大きな物や重い物をやり取りする場合は魔力に加え、腕力の強い者、つまりエクトルら『クサリク族』の出番が多い、しかし、彼らはリーダーのエクトルのように魔物の気配を消す能力に長けている者ばかりではない、多くは、微かに人を怯えさせる魔の気配を出してしまうのだ。

 それゆえ、あまり表には出ない作業をしてくれている。
彼らは皆、静かで従順、しかも優しいのだ。
魔物だからと恐れ、穢れだとする奴らの気が知れない、俺は普段からそう思っている。

そして、自分は魔物だからと、表に出るのを遠慮する彼らには感謝しかない。


 俺は改めて、イーアを見る。
いまだ全身汚れたまま、それは飛翔しただけでは付かない汚れだ。

「お前のその汚れは」

イーアは拳を握りしめ、頭を下げた。

「も、申し訳ありません、着替えもせずにお目汚しを」
「そういうことを言っているのではない、時間が惜しい、聞かれたことに簡潔に答えよ」
「はい! 実は……我らの交易品は検品をおこなう役所で捨てられました」
「なんだって」
「何の不備があったのか、教えてくれと頼んでも、阿羅国など野蛮な国、そのような国の品を通すわけにはいかないと」
悔しさで顔をゆがめたイーアは話をつづけた。
床ばかりを見ていて俺を見ない。

「それで、皆が一生懸命に作った品をなんとすると……エクトル様は抗議されました。しかしそこで……」

イーアの目から涙が溢れ、ぽつぽつと床を濡らしていく。

「そこで……エクトル様の覆いが、役人によって奪い取られ、額の角の剃り跡が衆目にさらされたのです」

玲陽は両目をきつく閉じた、クレイダは両手で顔を覆い下を向いた。
俺は嗚咽するイーアに先をうながした。

「役人は……その場でエクトル様を捕縛しようとして……しかし、我ら全員エクトル様を守ろうと必死でした、もみ合いになりましたが、国境騎士団がそこに控えており、武力の差は歴然。我らはあっという間に皆で綱で繋がれ、6日かけて歩かされ城まで連れていかれました」
「歩いて……だと」
「はい、後ろ手に縛られたまま、歩かされ、その間……飲み水すら与えられず……」
「エクトルも同じように繋がれて?」
「最初に覆いを外された時から、エクトル様は一切抵抗なさらず、されるがままで。我らにも何もするな従えと……そして、我々の先頭を何も言わずに歩いておられました」

部屋の者はシンとし、雪の降る音が聞こえてくる。

「……城に着き、身体検査と称し、エクトル様は全ての着物を取り払われ、全裸にされました」
「……人というのものは、ここまで残酷か」

クレイダの苦し気な声に、誰も返事ができなかった。

「では、弟は、尾も獣足も、全てを皆に見られてしまって、魔物として地下牢に押し込められたのだな?」
「はい、クレイダ様」
「お前たちはそこで開放されたのか?」
「私たちは尋問の後、警備隊の小屋のようなところに押し込められましたが、私は隙を見て一人逃げたのです。その隙は、隊の皆が作ってくれたのです、私だけでも逃げ延び、そしてなんとしても阿羅彦様にこのことを伝えよと」
「申し訳なく思います」

梢紗が深々と頭を下げた。

「お前はもう、紗国の人間ではないよ、梢紗」
「しかし、我が祖国のしたことです」
「それならば、私にも非がありますか」

ユーチェンの視線を梢紗は弱弱しく受けた。

「何か、できたかもしれぬのに、こうやって、全てを投げ出して阿羅国に来た、紗国では臣下に下ったとはいえ、王族につながるものとして、何かできたかもしれません。やはり残って、あちらで阿羅国のために立ち回ったほうが良かった」
「いや、梢紗、そんなことをすれば、そなた兄に消されたかもしれんぞ」

俺の言葉に、驚いた様子もなく力無げにふっと微笑んだ。

「兄なら、やりかねません」
「そんな兄だからお前は見切りをつけ、ここにいるのだろう?」

それには答えず、下を向いた。

「それでいいのだ梢紗、身を守る権利は誰にでもある」
「……」
「だが、協力はしてもらうぞ、梢紗」
「なんなりと」


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