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第七章 阿羅国という国
懸念2
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一瞬の間があった、俺はとっさに言葉が出ず、考えあぐねた。
「ご迷惑なことは、もとより承知しております……しかし、私の中のこの気持ちはもう、抑えられないのです……阿羅彦様」
苦し気なかすれた声で、頭を下げたままそう伝える梢紗は、よく見ると少し震えていた。
「寒いか?」
「……いえ」
「震えているぞ」
「……寒いからでは、ありません」
言い放ち、ようやく顔をあげた梢紗の瞳は銀に輝き、怪し気に揺れていた。
「二番目の兄に、私は忠誠を誓えない。あの人にだけは、仕えたくないのです」
「どういうことだ」
その時、梢紗はようやく周りを気にして、左右を見た。
この時間、誰もいないはずではあるが、人目も、そして耳も気になるのだろう。
「入れ」
「……」
聞こえないほどの小さな返事をして入室すると、するりと襖を閉めた。
「こんな時間に、とんだご迷惑を」
「今さらその言葉か?」
俺は少し微笑んで梢紗の顔を見た、青ざめているのは、青い月の光に照らされているからではない、実際血の気が引いている。
俺の布団は大きい、王族を泊めるのだ、この家の一番良い部屋の一番良い寝具が出ている。
このままでは遠いと判断し、真綿の詰まった布団から出ると、俺は梢紗の横にあぐらをかいた。
「梢紗殿、あなたの2番目の兄は、白玖紗殿であったな?」
「はい、葬送の儀で、お会いになられましたよね?」
「ああ」
玖羅紗とも梢紗とも同じ色、共に銀色の美しい男ではあった。
だが、目つきが違った、アオアイでも紗国の港町でも、あれほどの悪意のある視線は受けたことがなかった。
阿羅国代表として王自ら言葉を発しているのにもかかわらず、あきらかに俺たちを下に見て、そして半ば無視をした。
俺が唯一、死にゆく玖羅紗の枕元に呼ばれた外国の要人であるにもかかわらず、だ。
あの様子から見るに、これまでのようには紗国との付き合いは無理だろう。
そばにいた斉井もその様子を見ている。
大貴族の城石家の親戚でもある我らへのあの仕打ちを、城石家当主の斉井はどう見たか。
「斉井は、梢紗殿にこそ王になってほしいと、そう、言っていたぞ」
「……それは……もったいないお言葉でございます」
「実際、今城に集まっている者らは、少なからずそう思っているのではないか?」
「……そうであったとしても、どうにもなりません。私は長兄が王位を継ぐとほぼ同時に臣下に下り、いまや身分は王族ではありません」
「それは、そうだろうが……」
「あなたの国のことを……私はよく伺いました」
「紅葉にか?」
「ええ、私は、紅葉さまに紗国のあれこれを指南する役割を担っておりました」
紅葉のまだ少年っぽい顔を思い浮かべる。
日本人同士、見つめあうだけで特別な会話などなくとも、なつかしさに溢れて……そう、大切な友だった。
人としての成長はまだまだこれからだったのだ、あんなにも若く、そしてやわらかな心を持った紅葉。
惜しい……
心から思う。
「どんな話しを聞いたのだ?」
「はい、阿羅国では、様々な人種、そして国の出身者が、あなたを頼って集まっていると。あなたの魅力、才能、すべてがうらやましいと、そう……」
「うらやましい?」
「ええ、紅葉さまはそうおっしゃられて……」
うらやましいなど……
障子から漏れてくる月のやわらかな光をじっと見つめた。
これほど、死した者にもう一度会いたいと、そう願う気持ちが、俺にもあったのか。
あまりにも若くして死すと、周りの気持ちが追い付かない、こんなふうに苦しむのだな。
「俺の国には、魔物もいる」
梢紗は一瞬ぽかんとして、それからゴクリと生唾を飲み込んだ。
「それは……」
「嘘ではないぞ?」
「はい」
「脅しているわけでもない」
「はい」
「魔物と一言でいうが、それらは様々だ、ほぼ獣であるもの、それらは話も通じない。しかし、文化を持ちわれらと変わらぬ暮らしを、森の中でしている、そういう種がたくさんあるのだ、俺は、そういう者らを分け隔てなく受け入れている。彼らもまた、よく仕え俺のために懸命に働いてくれる」
梢紗の拳は握られ、動揺のあまり視線を下に向けた。
おのれの膝を見つめ、じっとしている。
俺は梢紗のきつく握られた拳の上に手を重ねた、彼の体はぴくりと跳ねた。
「梢紗殿も知っている者もいるぞ、クレイダ、エクトル、あの二人は姉弟だが、魔物のクサリクだ。足は獣の形をしていて本来は額に角もある。彼らはそれを毎朝削るのだ。……獣の足には大きな覆いの靴を履き、なんとか人に見えるように努力してな」
「……しかし……魔物ならば、あふれ出る邪悪な魔力があるはずでは……」
絞り出すような梢紗の声、体が震えていた。
「彼らを見て、一度でも邪悪だと感じたか?」
俺の言葉にハッとして顔を上げた梢紗、目を見開いてそしてつぶやいた。
「いいえ、いいえ! 彼らを邪悪などと……とてもよく仕える素晴らしい臣下をお持ちだと、そう思っておりました」
俺は深くうなずいた。
「白玖紗兄さまのほうがよほど……よほど……」
俺は梢紗の手を引き、胸に抱いた。
「あの人のほうがよほど、邪悪です……やはり、私を阿羅国へ、連れ帰ってください、阿羅彦様……」
俺はすがりついてくる梢紗をきつく抱きしめた。
「ご迷惑なことは、もとより承知しております……しかし、私の中のこの気持ちはもう、抑えられないのです……阿羅彦様」
苦し気なかすれた声で、頭を下げたままそう伝える梢紗は、よく見ると少し震えていた。
「寒いか?」
「……いえ」
「震えているぞ」
「……寒いからでは、ありません」
言い放ち、ようやく顔をあげた梢紗の瞳は銀に輝き、怪し気に揺れていた。
「二番目の兄に、私は忠誠を誓えない。あの人にだけは、仕えたくないのです」
「どういうことだ」
その時、梢紗はようやく周りを気にして、左右を見た。
この時間、誰もいないはずではあるが、人目も、そして耳も気になるのだろう。
「入れ」
「……」
聞こえないほどの小さな返事をして入室すると、するりと襖を閉めた。
「こんな時間に、とんだご迷惑を」
「今さらその言葉か?」
俺は少し微笑んで梢紗の顔を見た、青ざめているのは、青い月の光に照らされているからではない、実際血の気が引いている。
俺の布団は大きい、王族を泊めるのだ、この家の一番良い部屋の一番良い寝具が出ている。
このままでは遠いと判断し、真綿の詰まった布団から出ると、俺は梢紗の横にあぐらをかいた。
「梢紗殿、あなたの2番目の兄は、白玖紗殿であったな?」
「はい、葬送の儀で、お会いになられましたよね?」
「ああ」
玖羅紗とも梢紗とも同じ色、共に銀色の美しい男ではあった。
だが、目つきが違った、アオアイでも紗国の港町でも、あれほどの悪意のある視線は受けたことがなかった。
阿羅国代表として王自ら言葉を発しているのにもかかわらず、あきらかに俺たちを下に見て、そして半ば無視をした。
俺が唯一、死にゆく玖羅紗の枕元に呼ばれた外国の要人であるにもかかわらず、だ。
あの様子から見るに、これまでのようには紗国との付き合いは無理だろう。
そばにいた斉井もその様子を見ている。
大貴族の城石家の親戚でもある我らへのあの仕打ちを、城石家当主の斉井はどう見たか。
「斉井は、梢紗殿にこそ王になってほしいと、そう、言っていたぞ」
「……それは……もったいないお言葉でございます」
「実際、今城に集まっている者らは、少なからずそう思っているのではないか?」
「……そうであったとしても、どうにもなりません。私は長兄が王位を継ぐとほぼ同時に臣下に下り、いまや身分は王族ではありません」
「それは、そうだろうが……」
「あなたの国のことを……私はよく伺いました」
「紅葉にか?」
「ええ、私は、紅葉さまに紗国のあれこれを指南する役割を担っておりました」
紅葉のまだ少年っぽい顔を思い浮かべる。
日本人同士、見つめあうだけで特別な会話などなくとも、なつかしさに溢れて……そう、大切な友だった。
人としての成長はまだまだこれからだったのだ、あんなにも若く、そしてやわらかな心を持った紅葉。
惜しい……
心から思う。
「どんな話しを聞いたのだ?」
「はい、阿羅国では、様々な人種、そして国の出身者が、あなたを頼って集まっていると。あなたの魅力、才能、すべてがうらやましいと、そう……」
「うらやましい?」
「ええ、紅葉さまはそうおっしゃられて……」
うらやましいなど……
障子から漏れてくる月のやわらかな光をじっと見つめた。
これほど、死した者にもう一度会いたいと、そう願う気持ちが、俺にもあったのか。
あまりにも若くして死すと、周りの気持ちが追い付かない、こんなふうに苦しむのだな。
「俺の国には、魔物もいる」
梢紗は一瞬ぽかんとして、それからゴクリと生唾を飲み込んだ。
「それは……」
「嘘ではないぞ?」
「はい」
「脅しているわけでもない」
「はい」
「魔物と一言でいうが、それらは様々だ、ほぼ獣であるもの、それらは話も通じない。しかし、文化を持ちわれらと変わらぬ暮らしを、森の中でしている、そういう種がたくさんあるのだ、俺は、そういう者らを分け隔てなく受け入れている。彼らもまた、よく仕え俺のために懸命に働いてくれる」
梢紗の拳は握られ、動揺のあまり視線を下に向けた。
おのれの膝を見つめ、じっとしている。
俺は梢紗のきつく握られた拳の上に手を重ねた、彼の体はぴくりと跳ねた。
「梢紗殿も知っている者もいるぞ、クレイダ、エクトル、あの二人は姉弟だが、魔物のクサリクだ。足は獣の形をしていて本来は額に角もある。彼らはそれを毎朝削るのだ。……獣の足には大きな覆いの靴を履き、なんとか人に見えるように努力してな」
「……しかし……魔物ならば、あふれ出る邪悪な魔力があるはずでは……」
絞り出すような梢紗の声、体が震えていた。
「彼らを見て、一度でも邪悪だと感じたか?」
俺の言葉にハッとして顔を上げた梢紗、目を見開いてそしてつぶやいた。
「いいえ、いいえ! 彼らを邪悪などと……とてもよく仕える素晴らしい臣下をお持ちだと、そう思っておりました」
俺は深くうなずいた。
「白玖紗兄さまのほうがよほど……よほど……」
俺は梢紗の手を引き、胸に抱いた。
「あの人のほうがよほど、邪悪です……やはり、私を阿羅国へ、連れ帰ってください、阿羅彦様……」
俺はすがりついてくる梢紗をきつく抱きしめた。
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