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第七章 阿羅国という国
少年の君
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小雨が降り続く静かな明け方、森の中にある紗国の神殿にて、紅葉に対面した。
もう、二度と起きることのない、少年の君。
「……」
朱色の美しい紗国の装束に身を包み、その上に純白のやわらかな布が掛けられている。
まるで寝ているかのようなその顔は、美しく化粧がほどこされ、さされた紅も艶やかだ。
「どうして……」
俺よりも先に逝ったのか。
紗国の王はお嫁様が近くいれば、驚異的に長寿になるという、もちろん、お嫁様も同じだ。
「ならば、紅葉、君だって、もっともっと長く生きれたはずじゃないか……」
エルフの長の話しを思い出す。
病気や事故、そしてケガ、それらを含めて寿命なのだと。
だが……まだ20歳にも満たない君が、こんな風にはかなく逝ってしまうなど、あってはいけない。
俺は力なく膝から床に落ちる。
これほど人の死に衝撃を受けるなど……ジル以来かもしれない。
イバンの時だって、静かに受け入れられたのに。
それは、長い間生活を共にし、愛し合った歴史があって、その長い日々の中で、いずれくるその時を迎える準備ができていたからなのだろう。
本来ならば寿命を迎えるはずのない少年が、こんな風に亡くなるなんて。
耐えられない。
「阿羅彦様、お時間でございます」
無機質な声で、神殿の巫女が声をかけてきた。
「紅葉、君に会えて、よかったよ。一時でも、わが故郷を思い出せた、君のことを俺は忘れない。どうか安らかに」
俺は立ち上がり、紅葉のほおにそっと口づけをした。
冷たい、ほおに。
◇
「阿羅彦王、玖羅紗様が」
そこまで言って、言葉に詰まった紗国の侍従に俺はうなずいた。
ここは紗国城の最奥、謁見の間や王の執務室ではない、王のプライベート空間だ。
「よければ会いたい」
「は、仰せのままに」
侍従は俺を従って歩き出した。
いくつも部屋を経由し、さらに紗幕のかかるベッドに玖羅紗は寝かされていた。
側に控えているのは、侍医だろう。
「玖羅紗殿、阿羅彦です」
「……」
声なき応えが聞こえた。
侍従はそっと紗幕を開けた、顔半分がやけただれた玖羅紗が寝ていた。
「……どうして……」
苦し気な息をする玖羅紗に何も言葉をかけられなかった。
「紅葉様は、船室に閉じ込められてしまったのです、王は紅葉様を助けるために、火の出ている船の廊下をそのまま進まれました。そして無事にお助けできたのですが、紅葉様はすでに息絶えておられたのです」
「紅葉は溺死ではないと?」
「はい、刺殺でございます」
「え?」
俺はあまりのことに固まってしまった、そんな俺に玖羅紗はかすかに目を開き、声を発した。
「阿羅彦どの、ダメだった、我は愛する者も守れぬつまらぬ王であった」
「……そんなことは」
「阿羅彦どの、あなたはどうか、愛する者を守れるものになってくれ」
「……」
「紅葉は、よく君のことを話したよ……だけど、……最後まで君のほんとうのことは、我には明かさなかった」
そこで、ぜえぜえと肩で息をして、苦しそうに咳こんだ。
「……君たちの絆は、祖国に関係があるんだろうね、我にも踏み込めない絆だね」
「……いや……あなた方の魂の絆のほうがよほど尊い、われらは単に友人同士だった、それだけですよ」
「そうか……そうだな、魂の連れ合いだった」
「ええ、そうです」
玖羅紗は目を閉じた。
侍医は、静かに俺に伝えた。
「御親戚方と最後のお別れをなさいます。阿羅彦王はこれにて」
俺はうなずいて、そしてやけどをしていない無事なほうの手を取り、最後の声をかけた。
「玖羅紗どの、あなたは立派な王だった。私もあなたのようになれるよう、努力いたしましょう」
玖羅紗の口はすこしだけ開いた。
「ありがとう」
かすかに、そう聞こえた。
もう、二度と起きることのない、少年の君。
「……」
朱色の美しい紗国の装束に身を包み、その上に純白のやわらかな布が掛けられている。
まるで寝ているかのようなその顔は、美しく化粧がほどこされ、さされた紅も艶やかだ。
「どうして……」
俺よりも先に逝ったのか。
紗国の王はお嫁様が近くいれば、驚異的に長寿になるという、もちろん、お嫁様も同じだ。
「ならば、紅葉、君だって、もっともっと長く生きれたはずじゃないか……」
エルフの長の話しを思い出す。
病気や事故、そしてケガ、それらを含めて寿命なのだと。
だが……まだ20歳にも満たない君が、こんな風にはかなく逝ってしまうなど、あってはいけない。
俺は力なく膝から床に落ちる。
これほど人の死に衝撃を受けるなど……ジル以来かもしれない。
イバンの時だって、静かに受け入れられたのに。
それは、長い間生活を共にし、愛し合った歴史があって、その長い日々の中で、いずれくるその時を迎える準備ができていたからなのだろう。
本来ならば寿命を迎えるはずのない少年が、こんな風に亡くなるなんて。
耐えられない。
「阿羅彦様、お時間でございます」
無機質な声で、神殿の巫女が声をかけてきた。
「紅葉、君に会えて、よかったよ。一時でも、わが故郷を思い出せた、君のことを俺は忘れない。どうか安らかに」
俺は立ち上がり、紅葉のほおにそっと口づけをした。
冷たい、ほおに。
◇
「阿羅彦王、玖羅紗様が」
そこまで言って、言葉に詰まった紗国の侍従に俺はうなずいた。
ここは紗国城の最奥、謁見の間や王の執務室ではない、王のプライベート空間だ。
「よければ会いたい」
「は、仰せのままに」
侍従は俺を従って歩き出した。
いくつも部屋を経由し、さらに紗幕のかかるベッドに玖羅紗は寝かされていた。
側に控えているのは、侍医だろう。
「玖羅紗殿、阿羅彦です」
「……」
声なき応えが聞こえた。
侍従はそっと紗幕を開けた、顔半分がやけただれた玖羅紗が寝ていた。
「……どうして……」
苦し気な息をする玖羅紗に何も言葉をかけられなかった。
「紅葉様は、船室に閉じ込められてしまったのです、王は紅葉様を助けるために、火の出ている船の廊下をそのまま進まれました。そして無事にお助けできたのですが、紅葉様はすでに息絶えておられたのです」
「紅葉は溺死ではないと?」
「はい、刺殺でございます」
「え?」
俺はあまりのことに固まってしまった、そんな俺に玖羅紗はかすかに目を開き、声を発した。
「阿羅彦どの、ダメだった、我は愛する者も守れぬつまらぬ王であった」
「……そんなことは」
「阿羅彦どの、あなたはどうか、愛する者を守れるものになってくれ」
「……」
「紅葉は、よく君のことを話したよ……だけど、……最後まで君のほんとうのことは、我には明かさなかった」
そこで、ぜえぜえと肩で息をして、苦しそうに咳こんだ。
「……君たちの絆は、祖国に関係があるんだろうね、我にも踏み込めない絆だね」
「……いや……あなた方の魂の絆のほうがよほど尊い、われらは単に友人同士だった、それだけですよ」
「そうか……そうだな、魂の連れ合いだった」
「ええ、そうです」
玖羅紗は目を閉じた。
侍医は、静かに俺に伝えた。
「御親戚方と最後のお別れをなさいます。阿羅彦王はこれにて」
俺はうなずいて、そしてやけどをしていない無事なほうの手を取り、最後の声をかけた。
「玖羅紗どの、あなたは立派な王だった。私もあなたのようになれるよう、努力いたしましょう」
玖羅紗の口はすこしだけ開いた。
「ありがとう」
かすかに、そう聞こえた。
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