俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第七章  阿羅国という国

草原の民2

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 「阿羅彦様」

サリヴィスと二人きりで飲む夜、冴え渡る冬の空気の中、寒さなどものともしないイラフェの民は防寒などせず、湯上りの姿のまま浴衣一枚で籐の椅子に座っていた。

「お前は……寒くないのか」

俺は少々あきれて聞くが、サリヴィスは何を問われているのかさえわかっていないようで、目を丸くして応えた。

「冬ですからなあ、寒いことは寒いでしょうなあ」
「時候の挨拶ではなくてだ」

俺はついに噴き出してしまい、サリヴィスを慌てさせた。

「お前の話を聞かせてくれ、サリヴィス」
「はい?私の?」

ふむと、考え込んだサリヴィスは、組んだ足の上で肘をつき、太い拳をあごにあてた。

「では、我らのここまでの道のりの話しはいかがか?」
「いいねそれ」

俺は緑茶の葉が練りこまれたクッキーを手に取った。
すっきりとした甘味の少ないこれを俺は好んでいる。
サリヴィスは小魚を干して、木の実と一緒に甘く味付けたものが気に入ったようだ。

「アオアイから戻りまして、民の元に戻り、私は主の話を皆に伝えました。私の話に皆涙を流し、これで何十世代にも渡った主探しの旅は終わると、皆で喜んだわけです」

俺はうなずいて、先を促した。

「私たちはまず、天幕の改造にあたりました、今までは草原を主に宿地にしていたのですが、これからはそうはいきません、なんせ阿羅国にたどり着くには森を抜けるのですからね」
「ああ、そうだな、大きすぎたということか」

サリヴィスは大きくうなずいた。

「女たちは総出で天幕をほどき、森の中でも使える大きさのものに作り替え、そしてそれすらも出せない場所用に、各自が寝袋を使えるよう、それもあつらえました」

俺はすっかり楽しくなってサリヴィスの話に聞き入った、彼の大きな手の中にあるおちょこに酒が無いことに気づき、つぎ足すと、嬉しそうに微笑んだ。

「次に、魔馬です。あれらは獰猛です、私たちは調教し、命令通りに動くようにしているものの、あれらの闘争本能に触れるものが近くにあれば、どうなるかわからない」
「そうか……つまり、森の中の他の獣や、魔物に反応しないかが心配だったわけだな」
「ええ、その通りです、一匹が感情を乱せばそれは伝播するわけですから」
「森の中でそうなると、命の危機だな」
「はい、そうなりましょう」
「で、どうしたのだ?」

サリヴィスはニヤリとした。

「魔馬に話したのですよ」
「は?」

俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
サリヴィスは豪快な笑いを響かせた。

「森の中では静かに存在を消しながら進もうと、そう伝えたのですよ、あれらは話す言葉を理解します。意思疎通とまではいきませんが、こちらの思惑は通じるのです。身の危険を回避するため、他に喧嘩を吹っ掛けてはいけない、なるべく存在を消し、余計な争いを避けつつ前に進みたいのだと、そう、切々と言い続けましてね」
「で、通じたのか?」
「ええ、ある朝、魔馬は誰にも指示されていないのに、ピシっと並んで我々を待っていました。これから起こることを理解し、目的地まで付き従うと、そういうことです」

俺はにわかに信じられず、だが、その愉快な場面を見てみたかったと、心が躍った。

「あの魔馬たちは、それほどまでに優秀か」
「ええ、寿命もあってないようなもの、病気かケガさえなければ、我々の数倍軽く生きます」
「……なるほどな、もしかして、人よりも賢いのかもしれんな」
「ええ、そう感じることもありますな」

俺たちはもう一度おちょこをカチっと合わせて乾杯し、酒を飲んだ。

「阿羅国の酒は強いですな」
「そうか」
「ええ、気に入りました」

俺はサリヴィスをじっと眺めた、鍛えあげられた大きな体で豪快さばかりが目に付くが、よくよく見ると、鼻筋は通り美しい横顔だ。
水色がかった白髪は青い月の光を浴びてさらに青く、浅黒い肌をより精悍に見せていた。
ふと、鮮やかな緑の目が俺をとらえる。

「阿羅彦様は、玲陽様と一緒に寝所をお使いか?」
「毎夜、違うよ」

俺はサリヴィスの手を取り、言った。

「お前はどうしていた」
「私は妻を娶ったことはないのです」
「これからもか?」
「これからは……我が身はすべて、阿羅彦様のもの」

俺たちは見つめあい、静かに微笑みあった。
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