俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第七章  阿羅国という国

エルフの長4

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 白い小さな花が咲き乱れ、その後ろには水色の少し大きな花が見守るように並んでいる。
そんな少女の夢のような花壇が見えた。

「妻が好きだった花なのだ。気に病んで、早くに亡くなってしまった。娘のことを気にしながら」
「奥方は御病気でしたか」
「悔しいが、そうだ。阿羅彦殿、森のしずくを過信しないことですぞ」
「寿命はには勝てないということですね」
「その通りだ」

再び歩き出した長の横に立ち、さらに神殿の奥へと歩く。
他に付いてくるものは二人の巫女姿の女性。
彼女らは眠っている巫女を世話する役目なのだという。

「娘には、森のしずくを与えておるのだ、日に3度、人であればテーブルについて食事をとる時間にあわせてな」
「森のしずくのみですか?」
「ああ、咀嚼できぬからな。だが、水分ならば喉を動かして飲むことができるできる、おそらく反射なのだろうな」

長は、足をぴたりと止めた。
正面には、美しく輝く白亜の別館があった。

「ここだ」

長の短い説明に、俺は頷いた。
後ろにいた巫女たちが前に来て、呪文を唱え結界を解く、俺たち二人は歩みを進め扉を開いた。
美しく整えられた室内、どこからか香る花の匂い。

長は慣れた様子ですたすたとさらに奥の扉を開いて、中に入っていった。

「阿羅彦殿、どうぞ入られよ」

俺は遠慮なく扉をくぐり、ベッドに近づいた。
そこには幼子が眠っていて、長は優し気なまなざしでゆっくりと頭をなでていた。

「こうして、ずっと眠っておるのだ、生まれた時から一度も目を覚まさずにな。しかし、徐々にだが体は成長しておって、300年をかけてここまで大きくなった。美しく愛らしく成長してくれた」

長は満面の笑みを俺に向けた。
俺はベッドの少女が微笑んでいるように見えた、この子が300年も眠っているとは、どうしても信じられない。

「今日は顔色も良いな」
「はい、表情も出しておられます」
「うむ」
世話役の巫女の言葉に満足そうにそう答えた長は、ベッドに腰を下ろし、なおも娘の頭や頬、そして手を撫で続けた。

「父上がこうやって、会いに来てくれることが嬉しいのでしょうね」
「ほう……阿羅彦殿にはわかるか?」

長は嬉しそうに瞳を輝かせた。

「娘が父親に会えて嬉しいのは当然でしょう」

俺も微笑みを返した、同情するのではなく本心から出た言葉だ、こんなにも慈しまれて、この子はきっと幸せだろうと、そう感じた。

「阿羅彦殿、話してやってはくれないか?」
「何をです?」
「異世界の話だ、それに、阿羅国の開拓の様子をだ、ああ、我が邪魔ならよそへ行くが」
「いえ、あなたにはここにいてくださって構いません」
「そうか、では、そなたらは下がれ」

巫女たちは美しい所作で礼をして下がって行った。

「さて、どこから話せばいいのでしょうね」

眠り続ける少女の姿は10歳ぐらいに見える。
そう考えれば、さぞかし好奇心の強い時期だろうなと、つい笑顔になった。

「そうですね、なんとお呼びしましょうか、名はなんとおっしゃる?」
「ニィシェというのだ」
「そうですか、ニィシェ、初めまして。私は阿羅彦と言いますよ。生まれはこの世界ではありません、日本というこことは違う世界の国で生まれ、そして18歳まで育ちました。日本にいたころの話を、まず話しましょうね、友の話もしましょう」

柔らかな日差しが差し込む美しい室内、ニィシェはまるで起きて聞き入っているかのようにも見えた。

俺は、長に請われるまま、話を続けた。

その時間は、俺がこの世界に来て初めて心休まる瞬間だったのかもしれないと、そう感じた、
ジルにはあまり日本の話はしなかった。
クレイダに話しても信じてもらえなかったし、イバンに話すこともあきらめていた。

心に押し込めるだけだった思い出の数々。
すでにその記憶の大半は薄れ、すべてを思い出すことは困難だ。
父や母の顔でさえ、おぼろになってしまった。

時の長さに圧倒され、その儚さに胸のつぶれる思いをしていた。

しかし、こうして時をゆっくり過ごす人々に会えた。
その事実は俺の心を、少しだけ溶かしてくれた。
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