俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第七章  阿羅国という国

エルフの長3

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 エルフの里から、阿羅国を見下ろす高嶺が遠くに見える、ちょうど山の反対側というわけだ。
見えるほどの近いのではなく、山が高すぎるがゆえに距離が離れていても見えるのだろう。

「あの山は美しいですよね」

エルフの青年は遠くに目線を置いたまま、そう呟いた。

長と二人だけで会話したのち、俺たちは今、会議を行るホールに来ている。
美しい彫刻の入った重みのある大きなテーブルに、揃いの椅子、皆がそれに着席する。

「ああ、こうしてみていると、美しさが際立つな」
「あの山の向こうに、あなたの国があると言うではありませんか、いつか、行ってみたいと、そう思えます」

エルフの青年はそういうと、美しい顔で微笑んだ。
色素の薄い髪に白い肌、まるで彫刻のようだった。
この青年の名は、マクス、エルフの中でたった一人、外交官のような役割を担う者と聞いた。
青年に見えるが、実はいくつなのかわからないなと、経歴を聞いて思ったものだ。

「このような場を持っていただき、うれしく思います。まずは、私どもの手土産を、どうぞお納めください」

俺のその言葉を合図に、玲陽が美しい所作で織物を広げる。
そして、エクトルは、茶筒と酒樽を置いた。

「アレクシスが一人で戻った時、持ち帰った織物を手にし、我々は感嘆したのだ。あの精巧な折り柄、そして緻密な意匠、見栄えのする発色、そして手触り、どれをとっても一級品といえる、さらには今回のこれもまた、美しい出来栄え、ぜひ、今後も取引を願いたい」

長の誉め言葉に俺たちは安堵した。
それを見て、長、そしてマクスもにこやかに頷いた。

「マクス、阿羅彦殿にあれを」
「承知いたしました」

長の一声で、マクスは部下に一抱えほどの木箱を運ばせた。
部下は恭しくその箱をテーブルに置き、一礼すると部屋の隅に待機した。

「これは……」

俺は興味深くその箱を見る。

「おそらくお望みであろうと、それは『森のしずく』が入っておりますぞ」

長はそう言って、優雅に紅茶を手にし、微笑んだ。
「取引には、こちらからはこれを、そう思いましてな」

マクスは静かに木箱の蓋を開けた。
虹色に光る液体が満たされた、なんとも優雅なガラス瓶が並んでいる、全部で18個あった。

「これは、マクスが大使となり様々な国に納品しているのと同じですぞ。品質も数もな」

そういって、長は微笑んだ。
アレクシスが息をのむのが分かった、俺はそれにちらっと目線をやる。

「阿羅彦様、そもそも付き合いのなかった国に、これだけの量を一度に出すことは本来ないことです。スレイスルウの花は無限にあるわけではないので、森のしずくの生産量も高くはありませんから」
「なるほど」

アレクシスの解説で、特別な計らいであることがわかった。
俺は長をまっすぐに見つめた。

「長の血縁者が、私の横にいることが理由でしょうか?」

アレクシスは体をピクッと動かした。
長は、笑みを深めた。

「それだけでこのような便宜は図りませんな、なんと申せばよいのか……私にはあなたの苦しみがわかるのでな」
「苦しみ……ですか?」
「ええ、先ほど話した内容、そして、長としてあらねばならない重圧ですな、まあ、これは世に言われているほどの万能薬ではない。しかし、多くの者の助けになることは事実、体の不調や疲れ、それがこれにより癒されるのならば、あなたの負担も減ることになる」
「ええ、私は以前これのお世話になったことがありますから、身をもって知っております」
「おや、もうお使いになられておったのか」
「はい、昔……ですがね」

そういって俺は軽く微笑んだ。

「昔……か」

長は遠い目になって外を眺めた。

「あの高嶺の向こうに開かれた国、よもやそのような国ができるとは思いもしなかった。だがこれからは、共に手を携えて行ければと、そう思っておりますぞ」

俺は長の言葉に、親愛の情を感じた。

「ありがたく頂戴いたします」

「して、阿羅彦殿、我の娘に会ってくれぬかの?」
「お嬢様ですか?」

横のアレクシスがピクリと体を動かした。

「と、すると、このアレクシスのいとこになりますね」
「ああ、そうなのじゃが……あれは生まれた時からずっとな、眠っておるのだ。……しかし我にはな、時折意識の浮上を感じることがある。体は動かずとも、起きておるのかもしれんなと、思うのだ」

優し気に微笑んだ長は、少し年老いて見えた。

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