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第七章 阿羅国という国
父の思い2 玲陽視点
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椿の花が咲き乱れる庭か見えてきた。
この庭をもう一度見ることになるとは……何とも言えない気持ちになった。
母が好きだったというこの花は、赤い花びらに花芯は黄色、鮮やかで人目を惹く。
花のさまは妖艶というよりは、どこか幼げで、可憐な少女を思い起こさせる。
それに私は、亡き母をいつも重ねていた。
母が亡くなったのは、ほんの……18歳だったのだから。
緩やかに止まった車から降り、真っ直ぐに母屋を見て、そしてそこに縫い付けられたように動けなくなった。
「玲陽様、おかえりなさいませ」
女中頭が若い女中を従え、私に礼をした。
「ああ、出迎え……ご苦労」
私はようやくその言葉を絞り出した。
この者たちは幼い私を虐げた者たちだ、だからと言って、今更どうこうするという気持ちはない。
無いが……顔を見てうれしいはずもない。
何をしても認めてもらえず、他の兄弟の良いところばかりを聞かされた。
『あなた様も樹家の坊なのに、どうしてこうも差があるのか。やはり母が……』と、侮辱もされた。
もちろん世話は必要最低限だった。
食事はその場に置いて行かれるだけ、そばに誰もついてはくれない。
いつかこっそり見たのは、兄たちが3時に集まって菓子を食べる姿。
おいしそうにまんじゅうを食べていた。
そこで知ったのだ、おやつというものがあることを。
つまり、私はほとんど放っておかれたのだ。
それは父がそうさせたのではないだろう、父はそんな細かいことは気にしない。
あの扱いは、この者らが勝手にやったことなのだ。
それでも、孤児として市井で暮らさねばならない子よりは、恵まれていたと、そう思うしかない。
実際、勉学に励み、今となっては阿羅彦様に仕えるのに必要なあれこれを身につけられている。
それもこれも、結局は樹家という私の出自ゆえだ。
私は静かに微笑んで、そして歩みを進めた。
「父上はどちらに」
「母屋の応接室におられます」
女中頭は顔を上げ、高らかに歌うように答えた。
そして、ちらりと私の顔を見て、どこか馬鹿にしたように少しだけ目を細めた。
「では、自分で行くよ」
「ですが、お連れするよう言われておりまして」
「すまないが……」
俺のその言葉に女中らは反応し一瞬動きを止めた。
「私は今、樹家の玲陽としているのではない。阿羅国の使者としてラハーム王国の樹家を訪問しているのだ」
「はあ」
ぽかんとして要領を得ない女中頭を私は上から下まで眺めた。
年を取った。
そう感じた。
幼き頃から見知った使用人、しかし、私の味方ではない。
「わからないのか?私にそのような不躾な態度を取ることは、国際問題となりうることを、君たちは知るべきだ。私を侮ることは阿羅国をそうすることと同義だ。……ああ、まあ理解できまいか……」
そしてフッと笑った私を、真っ赤な顔で見つめる女中頭を置いて、私は勝手知ったるかつての我が家をどんどん歩いて行った。
「玲陽」
長い廊下の先にある縁側が開け放たれた大きな応接間、火鉢が置かれ、雪見酒の用意もあった。
父の声が響いた時、思わず私の胸が跳ねた。
今度こそ、褒められるだろうか?という淡い期待。
自分のそんな子供じみた心をあざ笑いたくなる気持ち。
いろんな思いがない交ぜになって、そして、どんな顔をして父を見てよいのかわからなかった。
「はい、真伊侯爵」
父の目は少し見開き、私をじっと見つめた。
「まあ、お座りになられよ、阿羅国の使者殿」
真伊は樹家の領の地名。父は樹家当主であり、真伊侯爵なのだ。
「私を、真伊と呼ぶか」
「はい、私は今、阿羅国の使者ですので」
父は少しため息をついた。
鉄瓶の湯が沸く音を二人して静かに聞いた。
この庭をもう一度見ることになるとは……何とも言えない気持ちになった。
母が好きだったというこの花は、赤い花びらに花芯は黄色、鮮やかで人目を惹く。
花のさまは妖艶というよりは、どこか幼げで、可憐な少女を思い起こさせる。
それに私は、亡き母をいつも重ねていた。
母が亡くなったのは、ほんの……18歳だったのだから。
緩やかに止まった車から降り、真っ直ぐに母屋を見て、そしてそこに縫い付けられたように動けなくなった。
「玲陽様、おかえりなさいませ」
女中頭が若い女中を従え、私に礼をした。
「ああ、出迎え……ご苦労」
私はようやくその言葉を絞り出した。
この者たちは幼い私を虐げた者たちだ、だからと言って、今更どうこうするという気持ちはない。
無いが……顔を見てうれしいはずもない。
何をしても認めてもらえず、他の兄弟の良いところばかりを聞かされた。
『あなた様も樹家の坊なのに、どうしてこうも差があるのか。やはり母が……』と、侮辱もされた。
もちろん世話は必要最低限だった。
食事はその場に置いて行かれるだけ、そばに誰もついてはくれない。
いつかこっそり見たのは、兄たちが3時に集まって菓子を食べる姿。
おいしそうにまんじゅうを食べていた。
そこで知ったのだ、おやつというものがあることを。
つまり、私はほとんど放っておかれたのだ。
それは父がそうさせたのではないだろう、父はそんな細かいことは気にしない。
あの扱いは、この者らが勝手にやったことなのだ。
それでも、孤児として市井で暮らさねばならない子よりは、恵まれていたと、そう思うしかない。
実際、勉学に励み、今となっては阿羅彦様に仕えるのに必要なあれこれを身につけられている。
それもこれも、結局は樹家という私の出自ゆえだ。
私は静かに微笑んで、そして歩みを進めた。
「父上はどちらに」
「母屋の応接室におられます」
女中頭は顔を上げ、高らかに歌うように答えた。
そして、ちらりと私の顔を見て、どこか馬鹿にしたように少しだけ目を細めた。
「では、自分で行くよ」
「ですが、お連れするよう言われておりまして」
「すまないが……」
俺のその言葉に女中らは反応し一瞬動きを止めた。
「私は今、樹家の玲陽としているのではない。阿羅国の使者としてラハーム王国の樹家を訪問しているのだ」
「はあ」
ぽかんとして要領を得ない女中頭を私は上から下まで眺めた。
年を取った。
そう感じた。
幼き頃から見知った使用人、しかし、私の味方ではない。
「わからないのか?私にそのような不躾な態度を取ることは、国際問題となりうることを、君たちは知るべきだ。私を侮ることは阿羅国をそうすることと同義だ。……ああ、まあ理解できまいか……」
そしてフッと笑った私を、真っ赤な顔で見つめる女中頭を置いて、私は勝手知ったるかつての我が家をどんどん歩いて行った。
「玲陽」
長い廊下の先にある縁側が開け放たれた大きな応接間、火鉢が置かれ、雪見酒の用意もあった。
父の声が響いた時、思わず私の胸が跳ねた。
今度こそ、褒められるだろうか?という淡い期待。
自分のそんな子供じみた心をあざ笑いたくなる気持ち。
いろんな思いがない交ぜになって、そして、どんな顔をして父を見てよいのかわからなかった。
「はい、真伊侯爵」
父の目は少し見開き、私をじっと見つめた。
「まあ、お座りになられよ、阿羅国の使者殿」
真伊は樹家の領の地名。父は樹家当主であり、真伊侯爵なのだ。
「私を、真伊と呼ぶか」
「はい、私は今、阿羅国の使者ですので」
父は少しため息をついた。
鉄瓶の湯が沸く音を二人して静かに聞いた。
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