俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第七章  阿羅国という国

ラハームにて  玲陽視点

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 雪がやみ、冴えた美しい青空が顔をのぞかせた。
祖国のラハーム王国に足を踏み入れた私は、一瞬悩んだ。

ここまで来たのならば、父上に会うべきか?

だが……どうしても心が拒否してしまう。


「玲陽様、ラハーム城より使者が参りました」
「ああ、そうか」

私は宿にしていた瀟洒な建物の1階に下りた。
この建物はとても歴史があり、城へと続く森の中にある。
亜麻色の外壁は手入れが行き届き、森の緑に輝いていてとても500年も昔に建てられたものとは思えない。

その昔、時の王の愛人が住まうために建てられたというが、もしその伝説が本当ならば、その人は深く愛されていただろうと思う。

玄関口に部下を連れて待っていたのは、すらりと長身の白髪の若い男だった。

「これはこれは、樹家の玲陽様、私は聖月家の乃居と申します」
「……聖月家の……しかし、私は今、樹家としてではなく、阿羅国の使者としてここにいるので、ご配慮願いたい」
「それは、申し訳ございません」

静かに笑みを浮かべた事務官は、俺を嬉しそうに眺めた。
聖月と言えば、この国に古くから仕える筋金入りの貴族で、私の生家とも縁が深い。

「陛下はあなた様に直接お会いしたいと、そう仰せです、準備がよろしければこのままお連れいたしましょう」

聖月は優雅な所作で馬車に我々を促した。

「ああ、部下には交易品を持たせるので、その馬車には乗り切らぬだろう。我々が手配している車にのせて後から付いてこさせる」
「そうですか、交易品の目録は、すでに役人の検分が済んでおられるようですし」

そういって、部下らが用意している荷物を載せた馬車をちらりと見た。

「では、そうしていただきましょう。では、こちらには私とともに」

乃居の誘いを受け、私は城の馬車に乗った。
やがて後から乗り込んできた乃居が座ると、ゆっくりと発進した。
軋みのない静かな馬車は、一流の証だ、さすがだと言わざるを得ない。

「玲陽様、私はあなたにお会いしたことがあるのですよ」
「……そうでしたかな?」
「ええ、聖殿で行われる『月夜の舞』で、舞の奉納をするあなたを見ました」

そう言われて少し驚いて目を見開いた。

「私とあなたは年の差が一つです、次の年には私があの舞台で舞うのだと、心が沸き立ったものです。実際、あなたは素晴らしかった。他の誰よりも美しい舞姿でしたよ」

そういって、少し頬を色づかせた乃居を見て唖然とした。

「では……あの時に声をかけて来た少年は、あなたでしたか」
「はい、覚えておいでとは、光栄ですね」

年に一度、15歳の成人を迎えた男子が舞う、『月夜の舞』それは普段立ち入ることのできない聖殿の張り出したバルコニーで行われる。
聖殿は、ラハームの女神が祀られているのだが、女神は大変気難しく女人禁制となっている。
そのため、その年に踊る新成人たちのお世話係として、翌年に成人を迎える少年らがあたるのだ。

「私は友人に無理を言って、あなたの担当になったのですよ」

乃居はおかしそうに声をたてて笑った。

「あなたほどの方がアオアイに行かず、我が国の高等科に行かれたことも、その後、謎の失踪をされたことも、私は案じておりました」
「ラハームの高等科は、誇るべきものです。アオアイに比べて遜色ないと思うのですが。……まあ、実際貴族の子息が留学しないのは稀なことではありましょう」
「ええ、特に我々の世代ではね」

そこで言葉を区切り、乃居は真面目な顔付きになった。

「玲陽様、あなたは……阿羅国に誘拐されたのではないのでしょうか?」
「なるほど、ここでもその噂なわけですね」

私は少々焦った。
ようやく国として出発しようとするこの大切な時に、絡みつくようにその噂がどこからも聞こえてくる。

「本当に違いますか?今、あなたは特殊な洗脳状態にあって、阿羅国に働かされているのでは?」

乃居の瞳には真剣さが宿っている。
茶化して言ってるわけではない、本心からの心配だろう。

「阿羅国には、年齢は様々ですが……12人のラハーム出身者がおります、しかしその誰もが、自分の意志で阿羅彦様の元に行くことを臨んだのです。誘拐されたのでも、まして、洗脳されたわけでもありません」

乃居は私の話を聞いて、少しの間探るように私の目をじっと見つめた。

「そうですか……」
「あなたもこの国の貴族ならばご存じでは、私がどのように見られていたか。それがゆえにどのように育ってきたか。なぜ、貴族の子息でありながら留学さえもさせてもらえなかったのか」

乃居は悲し気に目を伏せた。

「私は、阿羅国にいて、ようやく自分のことを認めてもらえ、そして愛されて。幸せなのですよ。自分の居場所を見つけたのです」




 私の脳裏に、亡き母の面影が浮かんだ。
大した記憶はもうない。
それほどまでに、私はまだ幼かった。
愛を注いでくれるはずの母を座敷牢に入れられ、そのことを知る由もなく、私はただ毎日泣いていた。

母上、どうか見ていてください。
私は、あなたを守れなかったけれど…… 


今度は……何が何でも、阿羅彦様を……阿羅国を守ります。

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