俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第七章  阿羅国という国

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 いつしか、やむことなく降り続く雪で、見渡す限り白銀の世界となった。
砦のように我らを見下ろす山のすぐ上に、ぼんやりと青い月が霞んでいる。

 俺は日記を前に一人で考え込んでいた。

いつだったか、クレイダが渡してきた物だ。
これまで、気が向くと少しずつ書いてきてはいたが、忙しい時には放置し、さらには放置している間に忘れてしまい、今では放り出してしまっている。

「阿羅彦様」

扉の向こうから呼びかけがあり、俺は返事をした。
入室してきたのは、夢を通して瀬国から連れ帰った男、サン・ダラムだ。
獅子族の丸い耳がかわいらしい青年だ。
瀬国は獅子の国だ、同じ出身のタルピの世話もサンが抜かりなくしてくれている。

「これなのだが」
「それなのですね」

大半が白いままの紙の束を指さした俺に、サンは静かにそれを受け取り、微笑んだ。

「私がその大切なお役目を頂いてもよろしいのでしょうか?」

サンは、濃い茶色の瞳に少し不安を滲ませた。

「あぁ、今までこれは俺の個人的な日記として書いてきたのだが、趣旨を変えようと思うのだ、だからお前に書記として働いてもらうわけだよ」
「趣旨を?」
「あぁ、これは、阿羅国の建国記として、この国を作った歴史を綴るべきだと思うのだ」
「はい、そうでございますね、阿羅彦様の生きざまそのものが、この国の歴史でございますから」
「しかし、俺は、起こったことをそのまま後世に伝える気はないのだよ」
「……と、申しますと?」

サンは、椅子には座らず立ったまま、俺の顔をじっと見つめた。

「つまり、いくばくかの脚色を加えたいのだ」
「それは、何故でしょうか?」
「そうだな……一つは、俺の出自についてだ、いつの日かこの記を他国の者が手にするかもしれない、そんな日が来るかも来ないかも……それは天のみぞ知ることだが……俺のすべてを他国のものに知らせるつもりはないということだ。国の歴史がわかればいいのならば、俺の詳細は省いても筋は通るはず、違うか?」

サンは少し小首を傾げ、戸惑いの表情を浮かべた。

「阿羅彦様は、具体的に、何を記述するべきでないとお考えでしょう?」
「俺が異世界からこの地に来た時、出会った者の事、そしてその者が俺に施した治療ともいえる行為、そしてそのあと、夢を通して連れて来た者達とのことだ」
サンは驚愕に目を見開き、口をあんぐりと開けた。

「え……え?異世界ですか??」
「それだよ、その反応だ」

俺は心底うんざりして窓を見た。
なおも降り続く雪で外はもはや見えない、真っ白な世界の中、閉塞感のあまり息がしずらく感じる。

「お前もそれを知らなかっただろうが、知った今、どう思った?俺を異質な者として恐怖さえ感じたのではないか?」
「いえ、恐怖は感じておりません、しかし、納得のゆくこともあります。これほどの広大な地がかつて、地面がひび割れた単なる荒地であって、そこを耕し川さえ引いて、そしてここまでの街にされたという事実。それはもう、この世ならざる力とそう言わざるを得ませんから」
「なるほど、この世ならざるか……」

俺は思わず軽く微笑んだ。

「俺はそう、この世ならざる、まさにそんな存在なのだろな」

そう呟きながら、目の前の青年を見た。
しかし、俺の心は、会うべきだったかつての紗国王を思い描いていた。

かねてから、そうではないかと思っていた事、自分が紗国のお嫁様なのではないか?という事実、それがついにそうであったと答え合わせができたわけだ。

現紗国王の玖羅紗や、日本から来た少年・紅葉。
あの二人が並び立つ光景が目に焼き付いて離れない。



 俺にもいたのだ。
 俺を待っていた、魂の片割れが。



会うことが叶わなかった、もう何百年も前に身罷った昔の王、その人の面影を現紗国王の玖羅紗に求めた。 



美しく発光するかのように輝く銀色の髪、優しい光を称えた切れ長の銀色の目、色白の肌は触れれば吸いつくように滑らかだろう。



「阿羅彦様、私はここに記されたものを読みます。そしてクレイダ様にも伺い、この国のあけぼのをどう記すべきか、それを熟考したく思います。どうか、私にお任せを」

静かに頭を下げた青年に、俺は軽くうなずいた。

「ああ、サン、頼むよ」

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