俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第七章  阿羅国という国

エルフと淫魔

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 阿羅国に厳しい冬が本格的に訪れた。
初雪はやむことなく、どんどんと降り積もる。

その様を窓から見下ろした。

「阿羅彦様、玲陽様からの交易品の注文ですが、この雪が本格的に降り積もる前に輸送を開始したいのですが」
「ああ、エクトルか」

俺は忠実なる臣下、エクトルのたくましい姿を見て少しほっとした。
姉のクレイダを頼ってこの地に降りた時、彼はまだ少年の域をやっと出た程度の若さだった。

だが今や、このように身も心も成長し、俺の右腕として役立とうと懸命だ。

「しかし、この様子では吹雪になるだろう、視界が悪すぎやしないか?」
「ええ、人にはそうかもしれませんが、私たち魔物で班を組めば大丈夫です、寒さにも強く強風にも負けませんし、なにより目も効きますから」

俺は思わず微笑んだ。

「そうだな、君らには我ら人は到底かなわないだろう」
「そんな……そういうつもりでは」

少しからかってみると、エクトルは浅黒い顔を真っ赤にして慌てた。

「ははは! 冗談だよ、エクトル、お前たちのことは本当に信用もしているし、そしてとても頼もしく思っている。任せるよ何もかも」
「はい!」

エクトルは弾けるように返答すると、さっそく隊を組むために足早に執務室を後にした。

「アラトの臣下は、アラトに心酔してるよね」

アレクシスは長く細い足を優雅に組み、頬杖をついたままニヤリと笑った。

「そうだな、そうかもしれん」
「否定しないんだ」
「ああ、自覚はあるさ」
「ふん、からかい甲斐がない!」

アレクシスはそう言いながら、書類のページをめくり、羽ペンでチェックを入れていく。

「エルフの里からは、いくつか役立ちそうなものを届けてもらえそうだよ」
「スレイスルウのあれもか?」

彼は満足気に頷くと、書類から何枚か抜き出して、俺に差し出した。

「長は、アラト、あなたに会いたいとおっしゃっている。エルフの里へは基本、他種は入れない、しかし、俺が案内して連れてこいとのことだ、こんなの前代未聞だよ」
「何か、お土産を期待されているかな?」

俺は渡された書類に目を通す。

アレクシスの美しい文字を見て、思わず指でそれを撫でた。

「美しい字を書くのだな」
「……というか、なぜアラトは読めるんだろうね、それエルフだけが使う文字なんだけどな」

あきれたように眉を下げたアレクシスは、苦笑した。

「なぜかわからないが……この世界に来てしゃべる言葉や文字に苦労はしたことがないな」

俺は目線を書類に落としたままそう答えた。

「ほんと……能力が高すぎるよ」

アレクシスがこの地に訪れてから、俺の寝所では必ず彼が添い寝をすることとなった。
護衛も兼ねるという名目上はあるが、そういう意味を期待してではない。
彼は俺の『お気に入り』として、皆に周知されたということだ。

そして、俺は淫魔の力を持っている。
はじめてクレイダに会った時のように駄々漏れではないが、俺が寝入っている間は隣に寝ている者に影響を及ぼしてしまうのだ。

その影響とは、俺が見る夢を共有してしまうというものだ。

つまり、俺がこの世界に生まれたのではないことや、違う世界から渡ってきて、どう生きて来たかも、俺の夢を通して彼には筒抜けということになる。

「特に、何か外から入れたいというものは無いようだな」

俺は書類を読み終わってそれをヒラリとアレクシスに戻した。

「ああ、そうだな、エルフは独自の文化を守ることが使命だ。むやみに外から新しいものを入れたりはしないよ」
「では、なにを手土産に持っていくべきだろうな」
「ん……そうだな、織物なんてどうだろう、この阿羅国の織物はとても良い品質だ」

アレクシスは、ユーチェンが誂えた美しい光沢の冬支度の着物をそっと撫でた。
濃い臙脂色の着物は、アレクシスにとても似合っていた。

「ああ、そうか、織物ならばいいかもしれんな」

俺はさっそくユーチェンが率いる織物工場へ指令を出すために書類を作成しようとした。

「ねえ、アラト」

その時、アレクシスが真剣な顔で俺を呼んだ。

「ん?」

顔を上げると、アレクシスは形の良い唇を引き結び、真っすぐに俺を見つめてきた。

「……もしかして、淫魔の力を持っているの?」

俺は持っていた筆を置いた。
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