俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第七章  阿羅国という国

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 かさりと枯葉を踏む音を響かせて、アレクシスを連れて渡り廊下を歩く。
宴が行われているホールは城の2階にある。
二人で話したいという言葉を聞いて、外の風に当たりに来たわけだ。

 当然ながら夜も更け、あたりは真っ暗だ。
冬間近なので風が強く、壁のないここには色々なものが吹き込んでくる。

「あなたは不思議な人だ」

振り向くと、冴えた青色に光る満月を背にアレクシスはそう呟いた。

「そうだろうか?」
「ええ、とても」

そう言って、少し自嘲するように笑ったアレクシスを、俺は足を止めて見つめた。

「アレクシス、エルフというものは基本、里を出たりしないと俺は聞いていたが、何を思ってこの国に来た?」
「……これはまた……単刀直入だな……」

アレクシスは、遠い目をしてそびえる山を見上げた。

「あの山を越えて来るのは、俺にも骨の折れることだった」
「ああ、そうだろうな、一人だと余計だろう」
「風が強すぎて、飛翔も安定しないし」
「今は特にな、冬の山おろしは厳しいからな」
「だけど、あなたに会わなければ、そう思ったんだ」
「なぜかな?」

アレクシスは、俺の問いにすぐには答えず、じっと俺を見つめた。

真っすぐな美しい長い髪が揺れる、その淡い紫色の髪は、青い月の光に照らされて、炎のように揺らめいた。
だが、優し気な青い瞳は俺をただただ見つめて、視線を外さない。

「忘れられなくて」
「俺がか?」
「悔しいが……そうだ」

本当に心から悔し気にそう言い放ったので、俺は思わず声を出して笑ってしまった。

「お前というやつは、本当に面白いやつだ、エルフというものはもう少しとっつきにくいかと思っていたんだがな」
「他の者にもそう言われたが、エルフは元々そこまで頑固者ではないさ、ただ、他と群れるのが嫌いなだけなんだ。エルフの流儀は独特で、他と相容れないからな」

アレクシスは、渡り廊下から中庭に踏み出し、植えられた楓の木を見上げた。
赤く色づいた葉はほとんど落ちているが、姿の美しいその木は、この城ができたときにイバンが植えたもの。

『アラト、私がいなくなってもこの木のようにずっと見守っているから、忘れないほしい』と、優しい笑顔で微笑みながら。

「お前はどうしたいのだ?この国に根を下ろすと簡単に言うが、今口にしたようなことを嫌というほどせなばならんぞ、国民皆と助け合わなければやっていけない、まだまだうちは少数だから」
「ああ、わかってる、俺は昔から、他種族との交流を好んでいたから、そういうことに抵抗はない」
「そうか」
「それに、俺がいることで、お前たちに利があるだろうし……」
「そういうことは、どうでもいいんだよ、利があるないではない。俺と共にありたい、俺の国にいたいと、そう思ってくれる者と、俺は歩んでいきたいのだ」
「そうか、そうだよな。なんとなくわかる、その気持ち」

アレクシスはようやく安堵したのか、心からの笑みを浮かべた。
その笑顔はいつもより幼く見え、彼の若々しさがまぶしく思えた。

「俺の気持ちは……」

そう言って、近くまで歩み寄ってきたアレクシスは、俺の手を取った。
恭しく、その手を掲げ、手の甲に口づけた。

「俺は騎士とは違う。エルフの弓の使い手として少しは役には立つだろうが、誰よりも強いとか、特別に能力に秀でているわけでもない。だが……あなたのそばで、あなたを見ていたい。私の心はあなたのものだ」
「……そうか」

俺は真剣なまなざしのアレクシスを見つめ返し、頬に手をやった。

「こんなことを突然言い出すなんておかしいだろう?……一度しか会ってもいない……しかもろくな会話すら交わしていないのに」
「いや、少しもおかしくはないよ」

俺はアレクシスを抱き寄せた。

「俺を受け止められるのか?」
「ああ、俺はエルフだ、おそらくここにいる誰よりも長寿だからな」

何も言っていないが、エルフである彼は感じているのだろう、俺が、通常の寿命以上に生きていて、この先もまだ命が続いていくことを。

俺はアレクシスの美しい髪に口づけた。

「行こうか」

頷く彼と共に、俺は自室へと歩き出した。
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