俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第六章  紗国

心の揺れ

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 紗国王は静かに微笑んで、「誤解だった」という紅葉の言葉を受け入れた。
少し、もの言いたげに俺の顔を見てはいたが……

「何のことです?」

ユーチェンが首を傾げて問うてくるが、「なんでもない」と言うしかなかった。

「それよりも、これを機に我ら紗国も阿羅国との正式な国交をと思っているのだが、どうだろう」
「まあ!」

ユーチェンは紗国王のその申し出に、目を輝かせ両手を顔の前で合わせた。
彼女にとってみれば、色々と思うところがあれど、祖国と阿羅国との繋がりは歓迎すべきことなのだろう。

「我々新参者には、願ってもいないことですよ、紗国と言えば、この世界で一番古い国というではないですか」
「ん-……一番古いかどうかは、実際のところどうだろうか」
「というと?」

紗国王の言葉に俺は持っていたティーカップを皿に戻した。

「あなたが渡ってこられたあの森には、龍族が住んでいましてね、彼らの寿命は千年とも万年ともいわれています、彼らの国はヴァヴェル王国といいます」
「ふむ……しかし、アオアイで見た交易の目録名簿にその『ヴァヴェル王国』は無かったように思いますね……」
「ええ、その王国の名すら、こちらが勝手にそう呼び始め定着しただけで、あちらの事情は何一つわかっていません。彼らは生きる尺度が違いすぎるゆえに、我らとは交流しないのです。しかしお互い敵対もしてはいません」
「なるほど……」

俺は、森でジルと共に暮らしていたころを思い出した。
見上げた木の梢から、悠々と空を飛ぶ大きな龍を何度も見た。
生きるものすべての頂点であることを示すかのような、強大な魔力を放っていた。

彼らが空を通る時、下にいる我らは、彼らの作る影で息をひそめて見上げるしかないのだ。

「それから、森の中にはエルフ族と妖精族も生きています。彼らの国、あるいは集落は我ら人の目に触れない場所にありますが、交易は細々と昔からあるのですよ」
「ええ、いくつかの品は私も手に取りました。アオアイではこの世界のすべてのものが集まっているのでしょうね」

紗国王は使用人を呼ぶと、美しいガラス瓶に入った虹色に光る液体を持ってこさせた。

「これは、エルフから買い求めている万能薬、森のしずくです」

それを見て、ジルの妹を思い出す。
この瓶を俺に差し出し、地に倒れた俺を助けてくれた。

あの時倒れてしまった原因は、紗国王が遠くで身罷ったことを、魂が感じたためだったのだろう……そう今では理解している。

「ええ、森のしずくであれば、一度試したことがありますよ」

紗国王の瞳がわずかに開いた。

「ほう……エルフと懇意にされておられるのかな?」
「いえ、一度、助けられたのですよ、森の中で倒れてしまったときに」
「なるほど……」

嘘は言ってないが、すべては話せない。
実際には俺を助けたのは淫魔だが、この伝え方だとエルフに助けてもらったと、紗国王は思うだろう。

俺は『誰にも話さないで』と、そう言い残したジルの願いを、守ると誓っている。
淫魔のことを話すつもりはないのだ。
俺の魂の半分が、実は淫魔であることも、自分からは言うつもりはない。

「やはり、不可侵の森の奥には色々と、我らの知らない世界があるようですね、ますます興味深い」
「玖羅紗様は、一度阿羅国へ行ってみたいなどとおっしゃるのですよ」

紅葉はおもしろそうに言った。

「まあ……それほどまでにご興味を持ってくださって光栄でございます。玖羅紗様なら不可能はございませんわ、魔力も大きく飛翔も安定されているに違いありませんから」

そうユーチェンが言うと、紅葉も紗国王も嬉しそうに微笑んだ。

「いつか、あなたの国に正式にご招待していただけませんか?僕も興味があるのです」

紅葉は屈託のない笑顔を俺に向けた。

「それはもちろんです、しかし、紗国の王族をお迎えするのに恥ずかしくないよう、国の整備をしなければいけないな」

俺もなるべくにこやかに答えた。
ユーチェンと百合彦も喜んでいる。

俺の心はなぜかあまり弾まなかった。

この世界に来てはじめて日本人に会えたことも、この世界で一番力を持つという、紗国の王族と懇意になれたことも、俺や阿羅国にとってみれば、喜ぶべきことなのに。

どうしても、心の底が晴れなかった。

紅葉の夢に現れた王とは……
名も知らぬ紗国王の無念を今更伝えられても、どう受け取ればよいものなのか、実際戸惑っている。
俺はジルに愛され、その後、仲間と出会い一人で自分の居場所を作ったのだ。
それなのに……

心の奥底では……



……『会いたかった』と



そう、思ってしまう自分が嫌だった。

そう思ってしまえば、ジルを否定してしまうような気がして。




 深い森の中、遠くから迫りくる暗闇のような圧倒的な悲しみ、地に伏し、起き上がれなくなるほどの衝撃の正体。

……魂を分け合った紗国王がいた、俺は……確かに『お嫁様』だったのだ。
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