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第六章 紗国
紅葉3
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「阿羅彦様」
紅葉の声で、現実に引き戻された、俺はしばらく意識を飛ばしていたらしい。
「あなたは阿羅彦と名乗っておられる……アラトとあなたを呼ぶ人はいないのでしょう?」
「いや、いないわけではないが」
「そうなんですね」
紅葉はどこかほっとして笑顔を見せた。
「はじめは、夢の中で聞いたアラトという名と阿羅彦という名が結びつかずにいたんですよね」
「俺が今阿羅彦と呼ばれていることも、夢の中でおしえてもらったわけか?」
「いえいえ、僕の推測ですよ、夢の中では会話ができないのです、僕はただ、あなたが会うべきだった方の独白を聞いているだけなんです」
「だが、はっきりと言っておくよ、紅葉」
「はい?」
紅葉は俺を見上げ、不思議そうな顔をした。
「俺は、助けなどいらない。まして、紗国の王に『昔のお嫁様』として扱われるのはごめんだ。俺は、ここで一人で生き抜いた男だ、これから先も誰の庇護も必要ない」
紅葉は言葉に詰まったようで、口を固く結んで難しい顔をした。
「ですが……夢の中で繰り返し、かつての王が望むのですよ、僕はどうしたら」
「すまないとは思うが……その夢の中の王、つまり、会ったことのない人の言葉よりも、今俺に付き従ってくれる臣下や国民の方が大切だ。彼らは俺のすべてだからな」
「それは……」
「それから、実際のところ、俺が何代前かの『お嫁様』であったことは今となっては証明のしようがないわけだし、その君の夢だけが理由というには無理があるだろう?」
「ええ、確かにそうですね……」
「そのことは、君の胸にしまっておいてくれないか?」
紅葉は大きな瞳をこちらに向けて一瞬息を止めた。
「え……」
「俺は、『お嫁様』かもしれないと言う理由で出自をあれこれと推測されたくもないし、そして、今現在の王にそんな理由で庇護もされたくもない」
「しかし、すでに玖羅紗様にはお伝えしました……どうしたら」
少年は拳を握りこみ、眉間にしわを寄せた。
まさか、ここで俺が拒否してくるとは夢にも思わなかったのだろう。
「玖羅紗殿には、誤解であったと、そう伝えればいいだけだ、君の夢の中まで誰も覗けない。そうだろう?」
「はい……確かにそうです」
「それに、うまいことに、アラトと阿羅彦……名も違う」
「ええ、違うと言い張れますね……でも、あなたは本当は」
「そうだったとしても、もう、どうにもならないんだよ、紅葉」
紅葉は眦に涙を浮かべ、俺の顔をじっと見つめた。
「はい……遅い……ですよね、今更ですよね」
「その、名も知れぬ俺の紗国王は、もう生きてはいない」
「……」
「そういうことだ、俺はもう前を向いている。紗国王とは一国の王として友好な仲を築きたい。そう思っているよ」
「はい」
紅葉は唇をかみしめて、手の甲で乱暴に涙をぬぐった。
その少年っぽい仕草に、彼がまだ子供であることを思い知る。
かつて、森に飛ばされてきた俺も、ちょうどこれくらいだったのだなと。
紅葉は、深呼吸を何度かして、ぎこちなく笑うと、静かに右手を差し出した。
「僕だけが知るあなたの秘密は、お墓まで持っていきます。あなたは一人で……たった一人でこちらの世界で頑張ってこられた。僕はそれを尊敬しています。そして、これからはどうか、僕のことを友として、何かあれば頼ってください。必ず」
俺は頷くと、華奢な紅葉の手を取ると、軽く握りしめた。
紅葉の声で、現実に引き戻された、俺はしばらく意識を飛ばしていたらしい。
「あなたは阿羅彦と名乗っておられる……アラトとあなたを呼ぶ人はいないのでしょう?」
「いや、いないわけではないが」
「そうなんですね」
紅葉はどこかほっとして笑顔を見せた。
「はじめは、夢の中で聞いたアラトという名と阿羅彦という名が結びつかずにいたんですよね」
「俺が今阿羅彦と呼ばれていることも、夢の中でおしえてもらったわけか?」
「いえいえ、僕の推測ですよ、夢の中では会話ができないのです、僕はただ、あなたが会うべきだった方の独白を聞いているだけなんです」
「だが、はっきりと言っておくよ、紅葉」
「はい?」
紅葉は俺を見上げ、不思議そうな顔をした。
「俺は、助けなどいらない。まして、紗国の王に『昔のお嫁様』として扱われるのはごめんだ。俺は、ここで一人で生き抜いた男だ、これから先も誰の庇護も必要ない」
紅葉は言葉に詰まったようで、口を固く結んで難しい顔をした。
「ですが……夢の中で繰り返し、かつての王が望むのですよ、僕はどうしたら」
「すまないとは思うが……その夢の中の王、つまり、会ったことのない人の言葉よりも、今俺に付き従ってくれる臣下や国民の方が大切だ。彼らは俺のすべてだからな」
「それは……」
「それから、実際のところ、俺が何代前かの『お嫁様』であったことは今となっては証明のしようがないわけだし、その君の夢だけが理由というには無理があるだろう?」
「ええ、確かにそうですね……」
「そのことは、君の胸にしまっておいてくれないか?」
紅葉は大きな瞳をこちらに向けて一瞬息を止めた。
「え……」
「俺は、『お嫁様』かもしれないと言う理由で出自をあれこれと推測されたくもないし、そして、今現在の王にそんな理由で庇護もされたくもない」
「しかし、すでに玖羅紗様にはお伝えしました……どうしたら」
少年は拳を握りこみ、眉間にしわを寄せた。
まさか、ここで俺が拒否してくるとは夢にも思わなかったのだろう。
「玖羅紗殿には、誤解であったと、そう伝えればいいだけだ、君の夢の中まで誰も覗けない。そうだろう?」
「はい……確かにそうです」
「それに、うまいことに、アラトと阿羅彦……名も違う」
「ええ、違うと言い張れますね……でも、あなたは本当は」
「そうだったとしても、もう、どうにもならないんだよ、紅葉」
紅葉は眦に涙を浮かべ、俺の顔をじっと見つめた。
「はい……遅い……ですよね、今更ですよね」
「その、名も知れぬ俺の紗国王は、もう生きてはいない」
「……」
「そういうことだ、俺はもう前を向いている。紗国王とは一国の王として友好な仲を築きたい。そう思っているよ」
「はい」
紅葉は唇をかみしめて、手の甲で乱暴に涙をぬぐった。
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かつて、森に飛ばされてきた俺も、ちょうどこれくらいだったのだなと。
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「僕だけが知るあなたの秘密は、お墓まで持っていきます。あなたは一人で……たった一人でこちらの世界で頑張ってこられた。僕はそれを尊敬しています。そして、これからはどうか、僕のことを友として、何かあれば頼ってください。必ず」
俺は頷くと、華奢な紅葉の手を取ると、軽く握りしめた。
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