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第六章 紗国
小高い丘
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港に降り立ってすぐ、丁寧な対応で港町の役人に出迎えられた。
玲陽がアオアイにいる間に、俺のふとした思い付きを実現すべく、紗国に残していた部下と連絡を取り合っていたようだ。
アオアイに向かう前に立ち寄った鍋屋で、確かに俺は「土地を購入したい」と呟いた。
ふとした思い付きだったが、玲陽は俺のちょっとした言葉も聞き逃さず、こうやって道筋をつけてくれる。
美しい彫刻のような玲陽の白い顔を思い出して思わず微笑んだ。
役人の挨拶から推測するに、俺は彼らからするとユーチェンの実家と縁続きの『外国の貴族』ということになっているようだ。
「丁寧な対応、嬉しく思う」
「はっ、城石家の繋がりだと伺っては即座に動かねばと」
そういって実直そうな狐族の男は少し微笑んだ。
表情をあまり出すタイプではなさそうだが、なかなか誠実そうな若者だ。
「私はまだ若輩者ですが、代々この地を司る豪久家の長男でございます、どうぞお見知りおきを」
そして案内されるまま、大きな乗り心地の良い馬車に乗り込んだ。
「阿羅彦様のことはなんとお呼びすればよろしいでしょう?」
悪気のない、素直な疑問を率直に問うてきた若者に、ユーチェンは軽く微笑んでから凄みのある声で俺を紹介した。
「お役人、ここにおられる方は阿羅国の国王陛下ですよ。貴族とは違います、家名で呼び合うのはおかしいかと」
「え」
役人は肩を大きく波打たせ、かわいそうなほど顔面を蒼白にさせた。
「え……え?」
「ああ、君が知らなくても仕方ないよ。それに、私の臣下は私のことを王族とは紹介しなかったのだろうし」
小さな声で肯定の返事をした役人はひざの上に置いていたこぶしをきつく握った。
「まあ、そう緊張せずとも。私はたかが新興国の王だ。昔から受け継がれる大貴族のそなたのほうが考えようによっては尊いともいえるのではないか?」
俺の言葉に若者は目を白黒し、額に汗しながら「滅相もない」と首を振った。
「では……この度アオアイから戻られたということは」
「ああ、そうだ。アオアイで我らは国家と認められたばかりだ。これから世界に触れが回るのだろうが、君らが知らなかったからといって今の時点で誰も咎めやしないよ」
そういって安心させるように微笑むと、若い役人は頬を赤らめた。
その様子を見て、ユーチェンが軽く眉をあげた。
「……あ、あの。今からでも父を呼んで参りましょう。やはり今の私には王族のお相手など務まりません」
「いや、時間も限られている。我らの国は遠いのでな。早く戻らねばならないから、そうゆっくりもしていられないのだ」
「はあ……そうでございますか」
頭の上に盛大に?を出しながら若い役人は頷いた。
「で、今から案内してくれるというのは、どういう土地かな?」
「あ、はい!高台にございまして、見えるのは四方に広がる森と、そして海でございます。夜は港町の明かりも綺麗に見えます」
「なるほど、良い場所だな、今まで住んでいたものがいたのでは?」
「いえ、森を伐採し、開けた土地なのです。我々豪久の家の生業は家具作りなのですが、そのために生育している森の木々に少々問題が出まして」
「問題?」
「はい、特定の木だけに発生する厄介な病気なのです、魔術で抑えてもまともに生育はせず、家具つくりにはとても使えないものになるため、発見次第その周りも含め伐採してしまうのです」
「なるほど、病気の流行りを食い止めたわけだな」
「はい、その場所がちょうど今お伝えした高台にあたります、5年前に伐採して、つい先月ようやく綺麗に整備できたところでして」
「なるほど……そうだな。木を切っただけでは土地は開かない。その木の根を掘り返し、そして平らにせねばな」
「ああ、よくご存じでいらっしゃいます。さすが国王陛下」
阿羅国を開墾したのはたった3人だった、若かったイバンとクレイダの顔を思い出した。
目の前の若い役人は嬉しそうに両手を合わせ瞳を輝かせた。
「で、その土地を我らが購入してよいものなのか?」
「はい、開いてみて気づいたのですが、先ほど申しました通り本当に見晴らしがよいので、貴族の申し出があったらお譲りしてもよいかもしれないと、父は5年前より考えていたのです」
「そうか、ではちょうどよい機会に巡り合えたわけだな」
「はい!」
まだきちんと整備がされていない道を馬車は進み、ようやく高台についた。
馬車を降りると、小高い丘が見えた。
「いいところだ」
「はい!今の道もこの後きちんと整備していくつもりですので、ここに館を建てる際、資材などの持ち込みも問題ございません」
「そうか」
ふと振り向くと、少し海が見えて、その横に大きな船が停泊する港も見えた。
夜景も美しいだろう。
「気に入ったよ」
なぜか、俺の胸に浮かんだのは、黒い髪、黒い瞳のかつての同級生。
俺の初恋の人・薫。
この土地に来て彼を思い出したのは、もしかして何かの予兆だったのかもしれないなと、遥か未来に己が思うことになるとは、まだ知らなかった。
玲陽がアオアイにいる間に、俺のふとした思い付きを実現すべく、紗国に残していた部下と連絡を取り合っていたようだ。
アオアイに向かう前に立ち寄った鍋屋で、確かに俺は「土地を購入したい」と呟いた。
ふとした思い付きだったが、玲陽は俺のちょっとした言葉も聞き逃さず、こうやって道筋をつけてくれる。
美しい彫刻のような玲陽の白い顔を思い出して思わず微笑んだ。
役人の挨拶から推測するに、俺は彼らからするとユーチェンの実家と縁続きの『外国の貴族』ということになっているようだ。
「丁寧な対応、嬉しく思う」
「はっ、城石家の繋がりだと伺っては即座に動かねばと」
そういって実直そうな狐族の男は少し微笑んだ。
表情をあまり出すタイプではなさそうだが、なかなか誠実そうな若者だ。
「私はまだ若輩者ですが、代々この地を司る豪久家の長男でございます、どうぞお見知りおきを」
そして案内されるまま、大きな乗り心地の良い馬車に乗り込んだ。
「阿羅彦様のことはなんとお呼びすればよろしいでしょう?」
悪気のない、素直な疑問を率直に問うてきた若者に、ユーチェンは軽く微笑んでから凄みのある声で俺を紹介した。
「お役人、ここにおられる方は阿羅国の国王陛下ですよ。貴族とは違います、家名で呼び合うのはおかしいかと」
「え」
役人は肩を大きく波打たせ、かわいそうなほど顔面を蒼白にさせた。
「え……え?」
「ああ、君が知らなくても仕方ないよ。それに、私の臣下は私のことを王族とは紹介しなかったのだろうし」
小さな声で肯定の返事をした役人はひざの上に置いていたこぶしをきつく握った。
「まあ、そう緊張せずとも。私はたかが新興国の王だ。昔から受け継がれる大貴族のそなたのほうが考えようによっては尊いともいえるのではないか?」
俺の言葉に若者は目を白黒し、額に汗しながら「滅相もない」と首を振った。
「では……この度アオアイから戻られたということは」
「ああ、そうだ。アオアイで我らは国家と認められたばかりだ。これから世界に触れが回るのだろうが、君らが知らなかったからといって今の時点で誰も咎めやしないよ」
そういって安心させるように微笑むと、若い役人は頬を赤らめた。
その様子を見て、ユーチェンが軽く眉をあげた。
「……あ、あの。今からでも父を呼んで参りましょう。やはり今の私には王族のお相手など務まりません」
「いや、時間も限られている。我らの国は遠いのでな。早く戻らねばならないから、そうゆっくりもしていられないのだ」
「はあ……そうでございますか」
頭の上に盛大に?を出しながら若い役人は頷いた。
「で、今から案内してくれるというのは、どういう土地かな?」
「あ、はい!高台にございまして、見えるのは四方に広がる森と、そして海でございます。夜は港町の明かりも綺麗に見えます」
「なるほど、良い場所だな、今まで住んでいたものがいたのでは?」
「いえ、森を伐採し、開けた土地なのです。我々豪久の家の生業は家具作りなのですが、そのために生育している森の木々に少々問題が出まして」
「問題?」
「はい、特定の木だけに発生する厄介な病気なのです、魔術で抑えてもまともに生育はせず、家具つくりにはとても使えないものになるため、発見次第その周りも含め伐採してしまうのです」
「なるほど、病気の流行りを食い止めたわけだな」
「はい、その場所がちょうど今お伝えした高台にあたります、5年前に伐採して、つい先月ようやく綺麗に整備できたところでして」
「なるほど……そうだな。木を切っただけでは土地は開かない。その木の根を掘り返し、そして平らにせねばな」
「ああ、よくご存じでいらっしゃいます。さすが国王陛下」
阿羅国を開墾したのはたった3人だった、若かったイバンとクレイダの顔を思い出した。
目の前の若い役人は嬉しそうに両手を合わせ瞳を輝かせた。
「で、その土地を我らが購入してよいものなのか?」
「はい、開いてみて気づいたのですが、先ほど申しました通り本当に見晴らしがよいので、貴族の申し出があったらお譲りしてもよいかもしれないと、父は5年前より考えていたのです」
「そうか、ではちょうどよい機会に巡り合えたわけだな」
「はい!」
まだきちんと整備がされていない道を馬車は進み、ようやく高台についた。
馬車を降りると、小高い丘が見えた。
「いいところだ」
「はい!今の道もこの後きちんと整備していくつもりですので、ここに館を建てる際、資材などの持ち込みも問題ございません」
「そうか」
ふと振り向くと、少し海が見えて、その横に大きな船が停泊する港も見えた。
夜景も美しいだろう。
「気に入ったよ」
なぜか、俺の胸に浮かんだのは、黒い髪、黒い瞳のかつての同級生。
俺の初恋の人・薫。
この土地に来て彼を思い出したのは、もしかして何かの予兆だったのかもしれないなと、遥か未来に己が思うことになるとは、まだ知らなかった。
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