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第六章 紗国
予感
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紗国、銀狐が治める歴史ある美しい国だ。
ユーチェンの故郷でもあるし、厳密にいうとほかにも何人か紗国出身の者が阿羅国にもいる。
はじめ、『お嫁様伝説』を御伽噺の類だと気にも留めていなかったのだが、つい先日そのお嫁様がついに現れたというではないか。
船の中ではその話でもちきりで、ユーチェンなどは興奮状態で他国の乗船客とおしゃべりに興じている。
俺は冷静にその話をまとめ、そして払拭できない疑いを胸に抱いた。
そのお嫁様が現れたというその日その時、俺はマドア王太子と共に彼の私室でうたた寝をしていたはずだ。
そして、確かに見た。
極彩色の鳥が飛んでいる夢を。
夢の中で時折見るその鳥が何を意味しているのか、俺はずっと気がかりだった。
鳥が飛ぶ夢、もしくは空間の何かの歪みのような気配、とはいってもそれは微かではあったし、気のせいかもしれないと思ってはいた。
だが今、それら二つが俺の中でようやく重なって、そして一つの結論に達している。
『お嫁様伝説』のお嫁様とやらは、異世界より来るという。
長年に渡るこの違和感は、もしやその来訪を感じ取っているのはないのか?……と。
これはまだ結論ではない。
前もってその予兆がわかり、その現場に俺が立ち合いでもしなければ、それは単に推測にすぎない。
「阿羅彦様!どうか紗国に着いたら、お宿の一つを都にしてはいただけませんか?」
「……都か」
「ええ、行きとは違うのです、我らはもうアオアイで認められた立派な国です、誰に気兼ねすることもありませんもの」
ユーチェンは、いつも冷静で物静かな様子とは違う、少女のような顔で楽し気に俺にねだった。
「ユーチェンの願いぐらい、聞いてやればいいんじゃないか」
クレイダまでもが、どこかウキウキした様子を見せて俺に問う。
「そもそも宿を取るのは俺ではないのだ、お前らの望むようにしてよい。俺は休めるのならどこでもよいからな」
「まあ!ありがとうございます!」
そういって両手を口にやり、頬を赤らめたユーチェンは嬉し気に飛翔隊の一人に駆けていった。
さっそく宿の相談をするのだろう。
「アラト」
横にいるクレイダを見ると、いつもの彼女らしさを少し潜めてじっと静かに俺を見つめてきた。
窓から差し込む夕焼けの赤い光がクレイダの輪郭を浮き立たせた。
「なんだ、どうかしたのか?」
俺はいつになくクレイダをじっと観察した。
俺の横にいつもいて、一緒に荒地を耕した。何にも代えがたい大切な仲間あり、そして親友だ。
先に逝ったイバンも、かなりの長寿であった。
クレイダも魔族なのだ、人よりも長く生きるのだろう。
しかし、いつか本人が話していたように、その時は案外近いのかもしれない。
「もしかして、何か感じているのか?お嫁様伝説に」
「どうしてわかる?」
クレイダが鼻を鳴らしてカカカカと笑う。
その豪快な笑い方は最初俺に恐怖を与えたものだ。
森の中で初めてであったころを思い出して、懐かしく思った。
「考えていることすべてとは言わないけれど、なんとなく感じるさ。何百年一緒にいると思ってるんだ」
そういってどこか寂しそうに微笑んだ。
「アラト、お前、もしかして自分もそうじゃないかって、そう思ってるんじゃないのか?」
一瞬、あたりのざわめきが止み、二人だけで森の中にいるような錯覚に陥った。
「どうして、俺がそう思ったかもと?」
「アタシだって、アラトがいつも言ってた異世界から来たっていうあの言葉を、考えることもあるよ。はじめは何を馬鹿なと思ってたし、理解できなかった、だけど今は」
「今は?」
「少しはわかるよ。人と共に暮らすようになって、明らかにほかの種と違う。アラトはやっぱり異なる世界から来たのかもなって」
「そうか」
俺はなんとなくごまかすように微笑んだ。
イバンにも、そしてクレイダにも、日本にいたころの話を詳細には話していない。
「残してきたものが気にならないのか?」とイバンに問われ、「気にしてももう戻れやしないから」と答えたときも、クレイダは横にいた。
俺が、嘘や想像で話しているのではないことに、とっくに気づいていただろう。
「もし、そうだとして。……では俺は、いったい誰の花嫁だったんだろうな」
俺はそう呟いて窓の外に目をやった。
美しい夕焼けはどこまでも続く水平線を真っ赤に染め、やがて来る墨色の空に抵抗するように輝いていた。
ユーチェンの故郷でもあるし、厳密にいうとほかにも何人か紗国出身の者が阿羅国にもいる。
はじめ、『お嫁様伝説』を御伽噺の類だと気にも留めていなかったのだが、つい先日そのお嫁様がついに現れたというではないか。
船の中ではその話でもちきりで、ユーチェンなどは興奮状態で他国の乗船客とおしゃべりに興じている。
俺は冷静にその話をまとめ、そして払拭できない疑いを胸に抱いた。
そのお嫁様が現れたというその日その時、俺はマドア王太子と共に彼の私室でうたた寝をしていたはずだ。
そして、確かに見た。
極彩色の鳥が飛んでいる夢を。
夢の中で時折見るその鳥が何を意味しているのか、俺はずっと気がかりだった。
鳥が飛ぶ夢、もしくは空間の何かの歪みのような気配、とはいってもそれは微かではあったし、気のせいかもしれないと思ってはいた。
だが今、それら二つが俺の中でようやく重なって、そして一つの結論に達している。
『お嫁様伝説』のお嫁様とやらは、異世界より来るという。
長年に渡るこの違和感は、もしやその来訪を感じ取っているのはないのか?……と。
これはまだ結論ではない。
前もってその予兆がわかり、その現場に俺が立ち合いでもしなければ、それは単に推測にすぎない。
「阿羅彦様!どうか紗国に着いたら、お宿の一つを都にしてはいただけませんか?」
「……都か」
「ええ、行きとは違うのです、我らはもうアオアイで認められた立派な国です、誰に気兼ねすることもありませんもの」
ユーチェンは、いつも冷静で物静かな様子とは違う、少女のような顔で楽し気に俺にねだった。
「ユーチェンの願いぐらい、聞いてやればいいんじゃないか」
クレイダまでもが、どこかウキウキした様子を見せて俺に問う。
「そもそも宿を取るのは俺ではないのだ、お前らの望むようにしてよい。俺は休めるのならどこでもよいからな」
「まあ!ありがとうございます!」
そういって両手を口にやり、頬を赤らめたユーチェンは嬉し気に飛翔隊の一人に駆けていった。
さっそく宿の相談をするのだろう。
「アラト」
横にいるクレイダを見ると、いつもの彼女らしさを少し潜めてじっと静かに俺を見つめてきた。
窓から差し込む夕焼けの赤い光がクレイダの輪郭を浮き立たせた。
「なんだ、どうかしたのか?」
俺はいつになくクレイダをじっと観察した。
俺の横にいつもいて、一緒に荒地を耕した。何にも代えがたい大切な仲間あり、そして親友だ。
先に逝ったイバンも、かなりの長寿であった。
クレイダも魔族なのだ、人よりも長く生きるのだろう。
しかし、いつか本人が話していたように、その時は案外近いのかもしれない。
「もしかして、何か感じているのか?お嫁様伝説に」
「どうしてわかる?」
クレイダが鼻を鳴らしてカカカカと笑う。
その豪快な笑い方は最初俺に恐怖を与えたものだ。
森の中で初めてであったころを思い出して、懐かしく思った。
「考えていることすべてとは言わないけれど、なんとなく感じるさ。何百年一緒にいると思ってるんだ」
そういってどこか寂しそうに微笑んだ。
「アラト、お前、もしかして自分もそうじゃないかって、そう思ってるんじゃないのか?」
一瞬、あたりのざわめきが止み、二人だけで森の中にいるような錯覚に陥った。
「どうして、俺がそう思ったかもと?」
「アタシだって、アラトがいつも言ってた異世界から来たっていうあの言葉を、考えることもあるよ。はじめは何を馬鹿なと思ってたし、理解できなかった、だけど今は」
「今は?」
「少しはわかるよ。人と共に暮らすようになって、明らかにほかの種と違う。アラトはやっぱり異なる世界から来たのかもなって」
「そうか」
俺はなんとなくごまかすように微笑んだ。
イバンにも、そしてクレイダにも、日本にいたころの話を詳細には話していない。
「残してきたものが気にならないのか?」とイバンに問われ、「気にしてももう戻れやしないから」と答えたときも、クレイダは横にいた。
俺が、嘘や想像で話しているのではないことに、とっくに気づいていただろう。
「もし、そうだとして。……では俺は、いったい誰の花嫁だったんだろうな」
俺はそう呟いて窓の外に目をやった。
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