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第五章 アオアイへ
王太子マドア4
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潮風に吹かれた王太子の髪がさらりと靡き、細い指でその髪を整える彼の姿に釘付けになる。
「そんな顔、しないでくださいな」
「そんな顔?」
俺は席を立ち、そうすることが決められていたかのように王太子の近くまで、ゆっくりと歩み寄った。
「私の心を見透かしたような……そんな顔です」
頬を染めた王太子は上目遣いで俺を見つめながら席を立つ。
160センチにも満たないだろう小柄な鹿族の彼の頭は、ちょうど俺の胸あたりにある。
そっと抱き寄せると、何の抵抗もなく俺に体重を預け、そしておずおずと手を背に回してきた。
「信じられない」
「なにがです?」
「あなたに心が通じるなんて、会って間もないというのに」
「人の関係には、時間は関係ないのでしょうね、長年共に暮らしても心が一緒にならないことのほうが、むしろ多いのでは?」
胸の中でくすりと笑った王太子は、うっとりとした満足げな顔を上げ、俺を見つめた。
「あなたを一目見たときから、心を奪われておりました……お互い国を率いる者同士、どうにもならないのはわかっています、しかし……心は止まらない」
俺は王太子の頬を優しく触って、微笑んだ。
「それにあなたは、王妃も、側妃もいらして、お子も何人もいらっしゃる。そしておそらくは……」
少し傷ついたような顔をして下を向いた鹿族の青年はほとんど消え入るように話し続けた。
「あのラハーム出身の……あなたの忠臣は……あなたの情夫でもあるのでしょう?」
「玲陽のことでしょうか」
「ええ、樹家の彼のことです」
「あなたは、気になるのですか? 私の情報が正しければ、あなたもすでに婚約が整っているとか。近々、姫をめとられると聞き及んでおります」
「……」
返事はなく、ただ俺の胸に顔をうずめ、背に回した腕の力が強くなった。
「あなたはどちらも愛せるのでしょうか?」
その問いに俺は首を振った。
「私は、妻らと床を共にしてはいないのですよ、彼女らは私の魔力で子を宿したのです。おかしな話であるし、大きな声で誰にも言えることでもない。逆にこうやって他国の方に伝えるのは、我が国には不利益かもしれないが」
丸い目をして俺を見つめる王太子を見て、思わず噴き出した俺に、今度は咎めるような表情になった彼は、俺の手を引っ張ってソファーまで歩いた。
「マドア殿、あなたは本当に、表情が豊かでいらっしゃる。そして」
「そして?」
隣り合ってソファーに座り、お互いの顔を見つめあった。
「とてもかわいらしい」
俺はそう言って、もう一度頬に手を添えた。
その手の上に王太子の細い手が重ねられ、しばし見つめあった。
「……一生のうち、あなたに会えるのは何回なのでしょうか」
今にも泣きそうな、傷ついたような顔で王太子は呟いた。
「何度でも、会いに来れますよ」
「そんなまさか、ありえないことを言って私を喜ばせないでください」
「ありえないかどうかは、まだわからないのでは?」
俺は片眉を上げて挑戦的に笑むと、そのまま王太子のぷっくりとした唇に軽いキスを落とした。
「あ……」
期待していたくせに、ありえないことが起こったかのように狼狽える王太子がかわいらしい。
「わ、私の……その」
「慌てずお話ください、今ここには私しかおりませんよ」
優しく耳元で囁くと、一瞬ぴくりと体を跳ねさせてぎゅっと抱きついてきた王太子は、震える声でようやく伝えてきた。
「昼までは、あなたのために時間をあけてあるのです……この部屋には呼ばない限り誰も近寄りません……その……あなたがもし……」
彼の話が言い終わる前に、王太子の華奢な体を包み込むように抱きしめると、彼は目を閉じた。
少年の匂いを残した体つきは、ジルに似ていた。
「そんな顔、しないでくださいな」
「そんな顔?」
俺は席を立ち、そうすることが決められていたかのように王太子の近くまで、ゆっくりと歩み寄った。
「私の心を見透かしたような……そんな顔です」
頬を染めた王太子は上目遣いで俺を見つめながら席を立つ。
160センチにも満たないだろう小柄な鹿族の彼の頭は、ちょうど俺の胸あたりにある。
そっと抱き寄せると、何の抵抗もなく俺に体重を預け、そしておずおずと手を背に回してきた。
「信じられない」
「なにがです?」
「あなたに心が通じるなんて、会って間もないというのに」
「人の関係には、時間は関係ないのでしょうね、長年共に暮らしても心が一緒にならないことのほうが、むしろ多いのでは?」
胸の中でくすりと笑った王太子は、うっとりとした満足げな顔を上げ、俺を見つめた。
「あなたを一目見たときから、心を奪われておりました……お互い国を率いる者同士、どうにもならないのはわかっています、しかし……心は止まらない」
俺は王太子の頬を優しく触って、微笑んだ。
「それにあなたは、王妃も、側妃もいらして、お子も何人もいらっしゃる。そしておそらくは……」
少し傷ついたような顔をして下を向いた鹿族の青年はほとんど消え入るように話し続けた。
「あのラハーム出身の……あなたの忠臣は……あなたの情夫でもあるのでしょう?」
「玲陽のことでしょうか」
「ええ、樹家の彼のことです」
「あなたは、気になるのですか? 私の情報が正しければ、あなたもすでに婚約が整っているとか。近々、姫をめとられると聞き及んでおります」
「……」
返事はなく、ただ俺の胸に顔をうずめ、背に回した腕の力が強くなった。
「あなたはどちらも愛せるのでしょうか?」
その問いに俺は首を振った。
「私は、妻らと床を共にしてはいないのですよ、彼女らは私の魔力で子を宿したのです。おかしな話であるし、大きな声で誰にも言えることでもない。逆にこうやって他国の方に伝えるのは、我が国には不利益かもしれないが」
丸い目をして俺を見つめる王太子を見て、思わず噴き出した俺に、今度は咎めるような表情になった彼は、俺の手を引っ張ってソファーまで歩いた。
「マドア殿、あなたは本当に、表情が豊かでいらっしゃる。そして」
「そして?」
隣り合ってソファーに座り、お互いの顔を見つめあった。
「とてもかわいらしい」
俺はそう言って、もう一度頬に手を添えた。
その手の上に王太子の細い手が重ねられ、しばし見つめあった。
「……一生のうち、あなたに会えるのは何回なのでしょうか」
今にも泣きそうな、傷ついたような顔で王太子は呟いた。
「何度でも、会いに来れますよ」
「そんなまさか、ありえないことを言って私を喜ばせないでください」
「ありえないかどうかは、まだわからないのでは?」
俺は片眉を上げて挑戦的に笑むと、そのまま王太子のぷっくりとした唇に軽いキスを落とした。
「あ……」
期待していたくせに、ありえないことが起こったかのように狼狽える王太子がかわいらしい。
「わ、私の……その」
「慌てずお話ください、今ここには私しかおりませんよ」
優しく耳元で囁くと、一瞬ぴくりと体を跳ねさせてぎゅっと抱きついてきた王太子は、震える声でようやく伝えてきた。
「昼までは、あなたのために時間をあけてあるのです……この部屋には呼ばない限り誰も近寄りません……その……あなたがもし……」
彼の話が言い終わる前に、王太子の華奢な体を包み込むように抱きしめると、彼は目を閉じた。
少年の匂いを残した体つきは、ジルに似ていた。
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