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第五章 アオアイへ
兄 -玲陽視点
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幼いころから苦手な存在……それは家族だ。
使用人たちからも蔑まれていて冷たい態度を取られていたのは確かだが、しょせんそれは他人、だが、血を分けた親兄弟から口もきいてもらえぬというのは苦しいものだ。
だが、年に二度ほど、親に成績のことを報告する機会があった。
私はその時になるべく良い知らせを父に伝え、そして褒めてもらいたいと精一杯の努力をしていた。
「では、玲陽様……」
父の秘書が学校から届いた成績表を広げながら私の名を呼んだ。
「うむ」
父は少しだけその成績表に目をやり、そして興味なさげに溜息をついた。
「まあ……なあ。国内の学問所に行っておるのじゃ。貴族の子がそこで良い成績なのは当たり前だ、そなたの兄らは皆、アオアイで学んでそしてよい成績を修めておるのだ、兄らを見習え」
どうすればよかったのだろうか。
実力が足りずにアオアイに入学できなかったわけではない。
入試を受ける許可が出なかったのだ。
我が父は、出自があやふやな私を外に出すことをためらった、ただそれだけの理由だ。
アオアイ学園とラハーム王国の学び舎にそれほどの差があるというのだろうか。
幼い私は下を向き唇を噛んで、無力さにうなだれた。
◆
「玲陽、なんと久しいことか」
目のまえに立つ男は立派な装束のラハーム王国の役人だ。
顔立ちは兄弟というのに少しも似ていない。
どこか女のような顔立ちの私と違い、男らしい逞しさも持ち合わせている、目の光の強い人だ。
「……兄上、お久しゅうございます」
「まあ、そう肩肘をはらなくとも、楽にして座れ」
兄は朗らかに私をソファーへ座るよう指さした。
「驚いたよ、玲陽……お前がねえ……」
兄はククっと小さな声で笑って、香りづけの酒を優雅なしぐさで紅茶に垂らした。
俺の前にも美しい装飾のカップが置かれ、琥珀色のかぐわしい香りの紅茶が注がれる。
使用人らは菓子を用意し、テーブルを整え終わると礼をして出ていった。
「王城へということでしたのに、まさか、船に呼ばれるとは」
「うん、そなたはラハームの船に乗ったことないだろう?だから、乗せてあげようって思ってね」
私は思わず目線を下げ、そして流れで紅茶のカップを手に取った。
「はい、そうですね。私は国外へは出たことがありませんでしたし」
「そう、学園にも行けなかったわけだしね」
もう一度、兄は喉の奥でククっと笑った。
それほど親しかったわけでもなく、ほとんど他人のような間柄であっても、年が2つしか違わないため、私はこの2番目の兄を比較的知っている方だ。
屋敷ですれ違わない日はなかったのだ。
人をあざけるような笑い方を思わず懐かしく感じて、我知らず微笑んでしまう。
「はい、受験をさせてもらえませんでしたしね」
「では、していたら受かっていたのかな」
「それは、今ここで論じても意味のないことです」
兄は肩をすくめ、つまらなそうに視線を外した。
「でね、驚いたんだよ、お前がまさか、新興国の王の側近だなんてね」
いよいよ話しの本筋かと背を正し、兄を見つめ返した。
「はい、それは驚かれることでしょうね」
「神隠しにでもあったように突然いなくなった弟が……だよ?」
「私は神隠しにあったのでありませんので」
「どうやってその、なんだっけ?名前を失念したが……かの国へ落ち延びたのだ?」
「落ち延びる……ですか」
「お前が神隠しではなかったというのなら、逃げたのに相違ない。つまり、その何とかという蛮族の集まりの地へ、逃げおおせたということだろうから」
私は静かにカップを置き、そして兄を見つめた。
「蛮族などと……やめていただきたい。我が王は偉大なる阿羅彦様と仰せられ、国の名前は阿羅国と申します」
兄は大仰に眉を八の字にして手を広げ、困ったように溜息をついた。
「まったく、困ったものだね我が弟ながら……恥ずかしいよ、兄としてね」
兄は優し気に微笑んだ。
使用人たちからも蔑まれていて冷たい態度を取られていたのは確かだが、しょせんそれは他人、だが、血を分けた親兄弟から口もきいてもらえぬというのは苦しいものだ。
だが、年に二度ほど、親に成績のことを報告する機会があった。
私はその時になるべく良い知らせを父に伝え、そして褒めてもらいたいと精一杯の努力をしていた。
「では、玲陽様……」
父の秘書が学校から届いた成績表を広げながら私の名を呼んだ。
「うむ」
父は少しだけその成績表に目をやり、そして興味なさげに溜息をついた。
「まあ……なあ。国内の学問所に行っておるのじゃ。貴族の子がそこで良い成績なのは当たり前だ、そなたの兄らは皆、アオアイで学んでそしてよい成績を修めておるのだ、兄らを見習え」
どうすればよかったのだろうか。
実力が足りずにアオアイに入学できなかったわけではない。
入試を受ける許可が出なかったのだ。
我が父は、出自があやふやな私を外に出すことをためらった、ただそれだけの理由だ。
アオアイ学園とラハーム王国の学び舎にそれほどの差があるというのだろうか。
幼い私は下を向き唇を噛んで、無力さにうなだれた。
◆
「玲陽、なんと久しいことか」
目のまえに立つ男は立派な装束のラハーム王国の役人だ。
顔立ちは兄弟というのに少しも似ていない。
どこか女のような顔立ちの私と違い、男らしい逞しさも持ち合わせている、目の光の強い人だ。
「……兄上、お久しゅうございます」
「まあ、そう肩肘をはらなくとも、楽にして座れ」
兄は朗らかに私をソファーへ座るよう指さした。
「驚いたよ、玲陽……お前がねえ……」
兄はククっと小さな声で笑って、香りづけの酒を優雅なしぐさで紅茶に垂らした。
俺の前にも美しい装飾のカップが置かれ、琥珀色のかぐわしい香りの紅茶が注がれる。
使用人らは菓子を用意し、テーブルを整え終わると礼をして出ていった。
「王城へということでしたのに、まさか、船に呼ばれるとは」
「うん、そなたはラハームの船に乗ったことないだろう?だから、乗せてあげようって思ってね」
私は思わず目線を下げ、そして流れで紅茶のカップを手に取った。
「はい、そうですね。私は国外へは出たことがありませんでしたし」
「そう、学園にも行けなかったわけだしね」
もう一度、兄は喉の奥でククっと笑った。
それほど親しかったわけでもなく、ほとんど他人のような間柄であっても、年が2つしか違わないため、私はこの2番目の兄を比較的知っている方だ。
屋敷ですれ違わない日はなかったのだ。
人をあざけるような笑い方を思わず懐かしく感じて、我知らず微笑んでしまう。
「はい、受験をさせてもらえませんでしたしね」
「では、していたら受かっていたのかな」
「それは、今ここで論じても意味のないことです」
兄は肩をすくめ、つまらなそうに視線を外した。
「でね、驚いたんだよ、お前がまさか、新興国の王の側近だなんてね」
いよいよ話しの本筋かと背を正し、兄を見つめ返した。
「はい、それは驚かれることでしょうね」
「神隠しにでもあったように突然いなくなった弟が……だよ?」
「私は神隠しにあったのでありませんので」
「どうやってその、なんだっけ?名前を失念したが……かの国へ落ち延びたのだ?」
「落ち延びる……ですか」
「お前が神隠しではなかったというのなら、逃げたのに相違ない。つまり、その何とかという蛮族の集まりの地へ、逃げおおせたということだろうから」
私は静かにカップを置き、そして兄を見つめた。
「蛮族などと……やめていただきたい。我が王は偉大なる阿羅彦様と仰せられ、国の名前は阿羅国と申します」
兄は大仰に眉を八の字にして手を広げ、困ったように溜息をついた。
「まったく、困ったものだね我が弟ながら……恥ずかしいよ、兄としてね」
兄は優し気に微笑んだ。
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