俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第五章  アオアイへ

瀬国からの知らせ

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 折り重なるように連なる美しい宮殿は、山に沿って立ち並んでいる。その様は圧巻だった。
俺の想像する何倍もこの国は潤っているのが見て取れた。

やがて、爽やかな葉を茂らせた林を抜け、山を登っていくと、我々の宿舎となる迎賓館に到着した。
阿羅国の真四角な宮殿をふと思い出し、デザインの美しさも威厳に繋がるのだなと思わずにはいられなかった。

「阿羅彦様、お食事になさいますか?」

聞いて来たのは、身の回りの世話をするためにアオアイが用意してくれた使用人だ。
小さな体に大きな尾を持っていて、何の動物かはわからないが愛嬌のある笑顔で心がなごむ。

「そうだな、何か軽いものを用意してもらおうか」
「アオアイ風のお食事でよろしいでしょうか?」
「それがどのようなものかはわからないが、一度試してみたいな」
「かしこまりました」

スカートをつまんでお辞儀し、ちょこちょこと部屋を出ていく使用人を見送ると、代わりに玲陽が入ってきた。
少し顔色が冴えないように見え、俺はじっと彼の目を見つめた。

「何かあったか?」

俺の問いに玲陽がしばし間を置いて答えた。

「はい……その……実は、うちの実家の者が今、アオアイの王宮にいるということで、知らせを受け取ったのですが」
「お前の実家の者が?それは誰が?」
「はい、長兄です、兄は瀬国の文官をしておりますので、国の用事でたまたま滞在していたのでしょう」
「そうか……それで、どういう知らせだったんだ?」
「いますぐ、来いと」
「いますぐ?」

俺は不安げに顔を曇らせる玲陽を手招きし、そばに座らせた。

この迎賓館の一番大きくて豪華な設えの部屋だ。
置かれているテーブルは白い石に繊細な彫刻がほどこされていてそれだけで芸術品のようなもの。
それに合わせるように置かれた椅子はクッション部分が光沢のある生地で出来ていて、座り心地がとてもよかった。

「玲陽、嫌ならば、行く必要はない。多忙であると断っても良いのだぞ」
「阿羅彦様……しかし」
「お前が置かれている立場は、ユーチェンとはまた違う。無理に会う必要も無いと俺は思う、それに、そなたはまだ怯えているんだろう?」

玲陽は少年のようなあどけない表情で、俺を見つめた。

「お前の母はお前の父に殺されたようなものだ。その恨みや憎しみ、そして悲しみは一生癒えることなどないだろう。母の無念を思えば、なおさらだ」
「私は……」

玲陽の眦に涙が浮かんだ。
一筋、流れた涙を指ですくって頬に口づける。

玲陽の母は神殿に舞の奉納をする踊り子だった。
無理やり手籠めにされ清い体を汚された挙句、角を持っている異形だと罵られ、座敷牢で餓死をした。
それを知った時、俺は強い怒りを感じた。
だが、俺なんかよりもずっと、玲陽の方がつらいはずだ。

「会う必要などない。それがたとえ兄であったとしてもだ。兄とはいえ、そなたにとっては全くの他人と違わないだろう」
「はい、その通りです。長兄は私のことを罵り、暴力をふるうこともありました」
「会う必要など、ないのだよ」

俺は玲陽を抱きしめ、背中を優しく叩いた。
虐待されて育った人は、大人になっていても癒えぬ傷や満たされぬ思いで苦しむのだ。
しかし、虐待をした方は違うだろう。
もしかして、その記憶さえも都合よく忘れてしまうかもしれない。

「こんなふうに慰められ、温かいお言葉をもらえましたら、逆に勇気がでました」

小さいがしっかりとした声で玲陽はつぶやいた。

「本当か?」
「はい、何の用事なのかはわかりません、ただ、私を嘲笑いたい、それだけかもしれません。しかし、今の私を嘲笑うことは私自身が許しません。なぜならそれは阿羅彦様を笑うことになるからです」

俺は抱きしめたまま聞いた。

「そうか、勇気を出してみるか?」
「ええ、そうしましょう。あなたの横にいる私には、それくらいの強さが必要でしょうから」
「ああ、わかった」

やがて、食事の用意が整ったことを告げられた。
迎えに来た使用人に案内され食堂に向かう俺は、廊下で玲陽を見送った。

「肩の力を抜け、玲陽。お前は立派だ」
「はい、阿羅彦様」

玲陽の笑顔は美しかった。

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