俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

文字の大きさ
上 下
63 / 196
第五章  アオアイへ

船上のレストラン

しおりを挟む
 船内では毎晩のように宴が開かれ、紗国から乗り合わせた貴族階級らをもてなしていた。
俺たちのことを知る者は当然いないが、最上級の船室にいることはすでに皆に知られていて、どこかの国の御曹司だと思われているようだった。

「やはり階級社会なのだな……」
「阿羅彦様?」

となりに立つ玲陽が俺のつぶやきに首を傾げた?

「なにかございましたか?」
「いや……」

俺たち二人は周りから恭しく扱われ、レストランの一番良い席に案内された。
心地よい風が舞い込んで良い眺めの席だった。
ステージでは楽団が美しいメロディーを奏でている。

まず、前菜の盛り合わせが出された。
芸術のようなそれに溜息がでるようだ。
ここでの食事は各国の料理をうまく取り入れた多国籍料理ということだったが、見た目はフランス料理のそれだ。

「さすがに素晴らしい料理です」

玲陽もうれしそうに微笑んだ。
紗国とアオアイを結ぶ高速船は、貴族階級しか乗らないので、とくに贅沢なのだとは聞いていたが、ここまで豪華な旅になるとは想像していなかった。

「我らには今のところ、資金に限界があるのだが……これらは皆ユーチェンの父の取り計らいか?」
「ええ、あの方は紗国の重鎮ですからね、ユーチェン様に今までのことを謝罪なさった後、これからはできるだけのことをさせてほしいとおっしゃっていました、この旅行の費用も心配なされるなと、そう一言申されて」
「なるほどなあ、しかし、豪華なことだ」

ワイングラスにワインが注がれた。
紫色は薄くそして軽く発砲しているように見える、俺はそれを口に含ませてみた。
その味の豊潤さに「ほう」と知らずに声が出る。

「こちらのワインは瀬国のワインでしょうね、おいしくて有名なのですよ」
「やはり葡萄から作るのか?」
「ええ、葡萄ですね」

なるほどこちらにも葡萄がある……か。

「阿羅彦様は、時折そのような話し方をされますね。阿羅彦様の生まれ育ったところとは一体……」
「ああ、そうだな……玲陽には話してしまっても良いだが、どうせ信じぬだろう」
「私は阿羅彦様のお話なら何でも信じますよ」
「そうか」

俺はちょうど夕日が沈もうとしている海を見つめた。
美しく茜色に染まる海は幻想的だ、しかし海そのものは地球のものとさほど変わりはない。

「俺は、この世界で生まれたものではないよ。誰かから聞いたことはあるだろう? ほかの世界から迷い込んだ存在なのだ」
「……」

玲陽はワインをテーブルに置いて、じっと俺を見つめた。

「ある日、俺は両親とともに祖父の家に向かっていたが、気が付くと森の中にいたのだ」
「森……森とは?」
「龍の統べる森だよ」
「え……つまり、人間が入ってはいけないと言われている魔物の巣窟にですか?」
「ああ、そうだ」
「何も持たずに?武器も装備もなしにということでしょうか?」
「そうだな……元居た世界では武器を持って歩くのは警官であるとかそういう立場の者だけだ、今思うと俺はずいぶんと平和な世界にいたのだなと感じる」
「そんな平和な世界から突然こちらへ……しかも森にですか?」

玲陽は心配そうに手を握りしめた。

「済んだことだよ玲陽、それに心配には及ばない」
「それは……そうでしょうが……」
「こちらに来てすぐ、俺を見つけてくれた人がいた、ジルという者だ」
「ジル……ああ、そうですか……ジル様というのは、あなたを助けた方なのですね」
「知ってる口ぶりだな」

俺は意外に思って玲陽をじっと見る。

「はい、阿羅彦様は時折、寝言でジル様の名をお呼びになっています」
「……そうか」

俺は思わず笑って、ワインをグッと飲んだ。

その時、魚介類を煮込んだブイヤベースと野菜のフランがテーブルに置かれた。

「固まっていないで、食事を楽しめ玲陽」
「はい」

無理やり作ったような笑顔で玲陽は食事を始めた。

「ジルは、俺を作り変えてくれたんだよ」
「え?」
「俺の魂はな、半分にもぎ取られたような、そんな形だったそうだ。ジルは淫魔だから魂を作り替えることができたのだ、俺の足りない部分に自分の魔力を注いで、丸く作り替えたらしい。そのおかげで今俺は生きているのだろうと思うよ」

玲陽は呆気にとられたような顔で食事をする手を止めて固まった。

「今このことを知っているのはクレイダとお前だけだよ、玲陽」

玲陽は一瞬複雑そうな顔になったが、フッと笑って頷いた。

「はい、阿羅彦様。話してくださってありがとうございます」
「クレイダはこの話を眉唾物だと思っている。だが、これは本当なのだよ」
「はい、阿羅彦様が嘘をおっしゃっているのではないと私にはわかります」
「ならばよかった」
「はい」

俺はもう一度ワインを飲んだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

処理中です...