俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第五章  アオアイへ

港町

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 紗国の風景はとても美しかった。
整備された道の両側には並木があって、その奥にはのどかに広がる田園風景。
ちょうど稲刈りの真っ最中で、俺はじっとその様子を見つめた。
いつか、我が国でも稲作をと、そう強く思う。


その後も俺たちは順調に進み、やがて、もうすぐ港町という所まで来た。

ユーチェンの父・作倉の計らいで、途中の宿も良い場所に泊まれた。
何より驚いたのは温泉があったことだ。
旅の疲れを癒すにはやはり湯舟。
これは日本人の魂なのかなと思わず微笑んだ。

それがこの世界にもあってよかったと、そう心から思う。

「もうすぐ、港町に到着いたします」

馬車の窓から玲陽が顔をのぞかせた。

「ああ、そうなのか?」
「はい、長旅でしたから、一休みしてから乗船といたしましょう」
「船の手配は大丈夫か?」
「はい、当初予定しておりましたアオアイへの定期便よりも、高速の船を作倉殿が」
「そうか、何から何まで世話になるな」

俺はユーチェンを見た。
ユーチェンはすねたような顔で窓の外を見て、不満そうに話した。

「結局、由利彦を見れたことが良かったのでしょうね。娘のためには動けなくても、男の孫のためならと」
「そこまでひねくれないでもいいじゃないか」

俺と玲陽は思わず声を出して笑った。

「作倉殿はちゃんとお前のことを見てくれただろう?」
「まあ……そうかもしれませんわね」

まんざらでもない顔で微笑んだユーチェンは由利彦の頬を触った。

「港町には市があるようだ、何か買って行こうか」
「そうですわね! 私港町は初めてですから、楽しみです」
「紗国に住んでいたのにか?」
「ええ、残念ながら」

緩やかな丘が続く景色を眺めていると、大きな石造りの門が見えてきた。
この門をくぐると町に入る。
辺りは家の立ち並ぶにぎやかな街並みになり、大勢の行き交う人々が見えてきた。

活発な町の様子はいかにも港町という風情で、どの町よりもいろんな種族が混ざっていた。

玲陽が、我々一行が目立つことを恐れ、首都を通らない道を進んだため、大きな町はこれが初めてだ。
そして、俺にとってはこの世界にきて初めての都市で、心が沸き立った。

「そういえば、奥様が、港町に行くときは必ず寄る店があったはずです、確か『すずらん屋』という鍋料理のお店でしたわ」

ユーチェンの言う奥様とは、彼女の父の正妻の義母のことだ。

「あの人は食にうるさく贅沢な人ですから、おすすめできると思いますわ、私も行ってやりたいですし」

ユーチェンは挑戦的な光を目に宿して窓の外を見やった。

「意外に会話があったのだな」
「会話などございません。一方的に用事を言いつけられるだけで。この話だって、小耳にはさんだだけです」
「ふむ、とにかくその鍋料理には俺も興味がある。船に乗る前にぜひ食したいものだ」
「ええ、そうですわね」

鍋料理という響きそのものが、日本食のようで懐かしい気持ちになる。
あれから何百年経っているのか、俺にはもうわからないが、それでもこうやって日本にもあったものを目のまえにすると、胸がちくりとする。

「到着いたしました。ここから先は歩いてご案内いたします」

馬車の扉が開き、外へ出た。

むっとするほどの強い潮の匂いと、そして、雑踏の匂い。
人々はあれこれと話しながらそぞろ歩き、飲み物を持って歩いている人もいる。
手に本を持っている者もいるし、見渡すといろんな店が軒を連ねていた。

懐かしい文化の香りがした。
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