俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

文字の大きさ
上 下
59 / 196
第四章  阿羅国

親子

しおりを挟む
「お前はそんなふうに思っていたのか?」
「え?」

いきなり父に声をかけられて、ユーチェンは固まった。

「お前のことは女衆に任せていたが、辛く当たられていたなど初耳だ」

ユーチェンはキッと父を睨みつけた。

「それはご存じないでしょう、興味がなく聞く耳などお持ちでないのですから」
「しかし……そなたの教育は男子とは違うものになるのだ、父の私がしてやれるものでもない。いずれ嫁に行く時がくれば母からの教えが大事になるのだ。その母がいないのならば他の女衆に任せるのが一番であろう?」
「私達は男も女も関係なく、皆、父上の子であることをお忘れだったのでしょうか?それとも、兄さまたちだけが子だという認識でいらしたのでしょうか?」
「そんなことは考えたこともない。男女はそもそも違うものだ、役割の違いがあるのは当然だ、それに……」

城石はユーチェンと俺の間に座る由利彦を静かに見つめた。

「こうやって子をなせるのも、女だけであろう? 男親の私がしてやれることなど」
「だからといって、言葉もろくに交わさず、顔も見ない。それで良かったと、本気でそうお考えなんでしょうか?」
「いや……」

城石は視線を宙に彷徨わせ、数秒考えこむように口を閉ざした。

「ユーチェン、そなたが不憫でな、掛ける言葉がなくてだな……」

父の言葉に驚くように目を見開いたユーチェンは、隣の由利彦をぎゅっと抱きしめた。

「不憫って何がです?」
「母を、あんな風に亡くしてしまったことだ」

俺はユーチェンを見つめた。
張り詰めた表情の横顔は真っ青で、今にも倒れそうに見えた。
察したクレイダが、ユーチェンの背を撫で、そして手を取った。

「……私の母が亡くなった本当の原因を、父上はご存じなのでしょうか?」
「実家に帰ろうとしたお前の母が、まるで夜逃げのように……深夜、道に飛び出し、そこで馬車に轢かれたと、聞いておる」
「違いますわ、父上」
「……」

ユーチェンは唇を噛みしめて、父を睨みつけた。

「父上の血を引いた私はここにいてもいいが、お前はここにいる価値のない人だと、そう、奥様に言い捨てられて、召使たちに家を追い出されたのです。私は見ました、その全てを」
「しかし、そんな報告は聞いていないが……」
「そもそも、他国の踊り子であった私の母を無理やり紗国に連れ帰ったのは、父上ですわ、奥様との軋轢だって、知ろうともせず……うまくやれるわけがありません。奥様からしたら、私たち親子なんて、下の下、人ですらない、そんな認識でしたもの」

城石はふと目を閉じ、少し俯いて眉間を抑えた。

「知らなかった……ではすまないだろうな」
「ええ、その通りでございます」
「ユーチェン、そなたの気持はわかるが」

俺は二人の会話に入る気はなかったが、どうしても言いたいことがあった。

「はい、阿羅彦様」

ユーチェンは素直に頭を下げる。

「そなたはこうやって、再び父の顔を見れたではないか。不幸な亡くなり方をしたお前の母のことは不憫だし、心は痛むが、こうやって、まだ片方の親が生きて目のまえにいるではないか」

俺の言葉を静かに聞いていたユーチェンは小さく震えた。

「しかし、母の恨み、そして長年、見捨てられた思いで一人で辛抱した私の思いは」
「そうだな、それは悔しいだろう。お前の父もあまりにも無関心すぎた、それは罪だろう。しかしな、ユーチェン、良く、顔を見るんだ、お前の父の顔をだ」

不思議そうに顔を上げたユーチェンは俺をじっと見つめ、そしてゆっくりと自らの父の方を見た。

「ずいぶんと、小さくおなりになったのですね、弱々しく感じますわ」

娘の言葉を受け止めて、うなだれる父の様に、ユーチェンは眉をしかめた。

「どうしてそこまで、阿羅彦様は……私と父との仲を」
「俺はもう二度と、父母の顔を見れないからだ」

周囲がハッとして俺を見たのがわかった。

「お前たちも皆、そうであろう。離れてはいても、会おうとすれば会えるではないか。しかし俺は違う。親も友も、もう二度と会えないのだ。あれが最後の別れになるとわかっていたら、こんなことを伝えたかった、あんなこともしてやりたかった。そんな思いが湧き出てくるのだ」
「阿羅彦様……」
「だからな、例え、言い争いになったとしても、こうやって言葉を交わせることの幸せを感じてほしいのだ。そしてできることなら、和解して、きちんと親子の会話をしてほしい」
「……」

ユーチェンは顔を上げ、そしてじっと見つめる父の顔をしっかりと受け止めた。

「父上、どうか、私の結婚を認めてくださいませ。この方の妃ということを、どうか」

城石はスッと立ち上がると、ゆっくりとユーチェンに歩み寄った。

「辛い思いをさせてしまったな、ユーチェン。こんな私を父と認めてくれるか?」
「父上がおっしゃったのですよ?阿羅国の遣いに、ユーチェンなどという娘はいないと」
「……あれは……意固地になっていた、すまなかった」
「謝ってくださったの?今」
「ああ、そうだ、おかしいか?」
「いえ」

ユーチェンは一瞬戸惑ったような顔をしたが、やがて微笑んで由利彦を膝に抱き寄せた。

「父上、阿羅国の第一王子・由利彦ですわ。私の産んだ子です」

城石はうれしそうに由利彦の頬を撫でた。

「いい子だ」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

冥府への案内人

伊駒辰葉
BL
 !注意!  タグはBLになってますが、百合もフツーも入り交じってます。  地雷だという方は危険回避してください。  ガッツリなシーンがあります。 主人公と取り巻く人々の物語です。 群像劇というほどではないですが、登場人物は多めです。 20世紀末くらいの時代設定です。 ファンタジー要素があります。 ギャグは作中にちょっと笑えるやり取りがあるくらいです。 全体的にシリアスです。 色々とガッツリなのでR-15指定にしました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

処理中です...