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第四章 阿羅国
親子
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「お前はそんなふうに思っていたのか?」
「え?」
いきなり父に声をかけられて、ユーチェンは固まった。
「お前のことは女衆に任せていたが、辛く当たられていたなど初耳だ」
ユーチェンはキッと父を睨みつけた。
「それはご存じないでしょう、興味がなく聞く耳などお持ちでないのですから」
「しかし……そなたの教育は男子とは違うものになるのだ、父の私がしてやれるものでもない。いずれ嫁に行く時がくれば母からの教えが大事になるのだ。その母がいないのならば他の女衆に任せるのが一番であろう?」
「私達は男も女も関係なく、皆、父上の子であることをお忘れだったのでしょうか?それとも、兄さまたちだけが子だという認識でいらしたのでしょうか?」
「そんなことは考えたこともない。男女はそもそも違うものだ、役割の違いがあるのは当然だ、それに……」
城石はユーチェンと俺の間に座る由利彦を静かに見つめた。
「こうやって子をなせるのも、女だけであろう? 男親の私がしてやれることなど」
「だからといって、言葉もろくに交わさず、顔も見ない。それで良かったと、本気でそうお考えなんでしょうか?」
「いや……」
城石は視線を宙に彷徨わせ、数秒考えこむように口を閉ざした。
「ユーチェン、そなたが不憫でな、掛ける言葉がなくてだな……」
父の言葉に驚くように目を見開いたユーチェンは、隣の由利彦をぎゅっと抱きしめた。
「不憫って何がです?」
「母を、あんな風に亡くしてしまったことだ」
俺はユーチェンを見つめた。
張り詰めた表情の横顔は真っ青で、今にも倒れそうに見えた。
察したクレイダが、ユーチェンの背を撫で、そして手を取った。
「……私の母が亡くなった本当の原因を、父上はご存じなのでしょうか?」
「実家に帰ろうとしたお前の母が、まるで夜逃げのように……深夜、道に飛び出し、そこで馬車に轢かれたと、聞いておる」
「違いますわ、父上」
「……」
ユーチェンは唇を噛みしめて、父を睨みつけた。
「父上の血を引いた私はここにいてもいいが、お前はここにいる価値のない人だと、そう、奥様に言い捨てられて、召使たちに家を追い出されたのです。私は見ました、その全てを」
「しかし、そんな報告は聞いていないが……」
「そもそも、他国の踊り子であった私の母を無理やり紗国に連れ帰ったのは、父上ですわ、奥様との軋轢だって、知ろうともせず……うまくやれるわけがありません。奥様からしたら、私たち親子なんて、下の下、人ですらない、そんな認識でしたもの」
城石はふと目を閉じ、少し俯いて眉間を抑えた。
「知らなかった……ではすまないだろうな」
「ええ、その通りでございます」
「ユーチェン、そなたの気持はわかるが」
俺は二人の会話に入る気はなかったが、どうしても言いたいことがあった。
「はい、阿羅彦様」
ユーチェンは素直に頭を下げる。
「そなたはこうやって、再び父の顔を見れたではないか。不幸な亡くなり方をしたお前の母のことは不憫だし、心は痛むが、こうやって、まだ片方の親が生きて目のまえにいるではないか」
俺の言葉を静かに聞いていたユーチェンは小さく震えた。
「しかし、母の恨み、そして長年、見捨てられた思いで一人で辛抱した私の思いは」
「そうだな、それは悔しいだろう。お前の父もあまりにも無関心すぎた、それは罪だろう。しかしな、ユーチェン、良く、顔を見るんだ、お前の父の顔をだ」
不思議そうに顔を上げたユーチェンは俺をじっと見つめ、そしてゆっくりと自らの父の方を見た。
「ずいぶんと、小さくおなりになったのですね、弱々しく感じますわ」
娘の言葉を受け止めて、うなだれる父の様に、ユーチェンは眉をしかめた。
「どうしてそこまで、阿羅彦様は……私と父との仲を」
「俺はもう二度と、父母の顔を見れないからだ」
周囲がハッとして俺を見たのがわかった。
「お前たちも皆、そうであろう。離れてはいても、会おうとすれば会えるではないか。しかし俺は違う。親も友も、もう二度と会えないのだ。あれが最後の別れになるとわかっていたら、こんなことを伝えたかった、あんなこともしてやりたかった。そんな思いが湧き出てくるのだ」
「阿羅彦様……」
「だからな、例え、言い争いになったとしても、こうやって言葉を交わせることの幸せを感じてほしいのだ。そしてできることなら、和解して、きちんと親子の会話をしてほしい」
「……」
ユーチェンは顔を上げ、そしてじっと見つめる父の顔をしっかりと受け止めた。
「父上、どうか、私の結婚を認めてくださいませ。この方の妃ということを、どうか」
城石はスッと立ち上がると、ゆっくりとユーチェンに歩み寄った。
「辛い思いをさせてしまったな、ユーチェン。こんな私を父と認めてくれるか?」
「父上がおっしゃったのですよ?阿羅国の遣いに、ユーチェンなどという娘はいないと」
「……あれは……意固地になっていた、すまなかった」
「謝ってくださったの?今」
「ああ、そうだ、おかしいか?」
「いえ」
ユーチェンは一瞬戸惑ったような顔をしたが、やがて微笑んで由利彦を膝に抱き寄せた。
「父上、阿羅国の第一王子・由利彦ですわ。私の産んだ子です」
城石はうれしそうに由利彦の頬を撫でた。
「いい子だ」
「え?」
いきなり父に声をかけられて、ユーチェンは固まった。
「お前のことは女衆に任せていたが、辛く当たられていたなど初耳だ」
ユーチェンはキッと父を睨みつけた。
「それはご存じないでしょう、興味がなく聞く耳などお持ちでないのですから」
「しかし……そなたの教育は男子とは違うものになるのだ、父の私がしてやれるものでもない。いずれ嫁に行く時がくれば母からの教えが大事になるのだ。その母がいないのならば他の女衆に任せるのが一番であろう?」
「私達は男も女も関係なく、皆、父上の子であることをお忘れだったのでしょうか?それとも、兄さまたちだけが子だという認識でいらしたのでしょうか?」
「そんなことは考えたこともない。男女はそもそも違うものだ、役割の違いがあるのは当然だ、それに……」
城石はユーチェンと俺の間に座る由利彦を静かに見つめた。
「こうやって子をなせるのも、女だけであろう? 男親の私がしてやれることなど」
「だからといって、言葉もろくに交わさず、顔も見ない。それで良かったと、本気でそうお考えなんでしょうか?」
「いや……」
城石は視線を宙に彷徨わせ、数秒考えこむように口を閉ざした。
「ユーチェン、そなたが不憫でな、掛ける言葉がなくてだな……」
父の言葉に驚くように目を見開いたユーチェンは、隣の由利彦をぎゅっと抱きしめた。
「不憫って何がです?」
「母を、あんな風に亡くしてしまったことだ」
俺はユーチェンを見つめた。
張り詰めた表情の横顔は真っ青で、今にも倒れそうに見えた。
察したクレイダが、ユーチェンの背を撫で、そして手を取った。
「……私の母が亡くなった本当の原因を、父上はご存じなのでしょうか?」
「実家に帰ろうとしたお前の母が、まるで夜逃げのように……深夜、道に飛び出し、そこで馬車に轢かれたと、聞いておる」
「違いますわ、父上」
「……」
ユーチェンは唇を噛みしめて、父を睨みつけた。
「父上の血を引いた私はここにいてもいいが、お前はここにいる価値のない人だと、そう、奥様に言い捨てられて、召使たちに家を追い出されたのです。私は見ました、その全てを」
「しかし、そんな報告は聞いていないが……」
「そもそも、他国の踊り子であった私の母を無理やり紗国に連れ帰ったのは、父上ですわ、奥様との軋轢だって、知ろうともせず……うまくやれるわけがありません。奥様からしたら、私たち親子なんて、下の下、人ですらない、そんな認識でしたもの」
城石はふと目を閉じ、少し俯いて眉間を抑えた。
「知らなかった……ではすまないだろうな」
「ええ、その通りでございます」
「ユーチェン、そなたの気持はわかるが」
俺は二人の会話に入る気はなかったが、どうしても言いたいことがあった。
「はい、阿羅彦様」
ユーチェンは素直に頭を下げる。
「そなたはこうやって、再び父の顔を見れたではないか。不幸な亡くなり方をしたお前の母のことは不憫だし、心は痛むが、こうやって、まだ片方の親が生きて目のまえにいるではないか」
俺の言葉を静かに聞いていたユーチェンは小さく震えた。
「しかし、母の恨み、そして長年、見捨てられた思いで一人で辛抱した私の思いは」
「そうだな、それは悔しいだろう。お前の父もあまりにも無関心すぎた、それは罪だろう。しかしな、ユーチェン、良く、顔を見るんだ、お前の父の顔をだ」
不思議そうに顔を上げたユーチェンは俺をじっと見つめ、そしてゆっくりと自らの父の方を見た。
「ずいぶんと、小さくおなりになったのですね、弱々しく感じますわ」
娘の言葉を受け止めて、うなだれる父の様に、ユーチェンは眉をしかめた。
「どうしてそこまで、阿羅彦様は……私と父との仲を」
「俺はもう二度と、父母の顔を見れないからだ」
周囲がハッとして俺を見たのがわかった。
「お前たちも皆、そうであろう。離れてはいても、会おうとすれば会えるではないか。しかし俺は違う。親も友も、もう二度と会えないのだ。あれが最後の別れになるとわかっていたら、こんなことを伝えたかった、あんなこともしてやりたかった。そんな思いが湧き出てくるのだ」
「阿羅彦様……」
「だからな、例え、言い争いになったとしても、こうやって言葉を交わせることの幸せを感じてほしいのだ。そしてできることなら、和解して、きちんと親子の会話をしてほしい」
「……」
ユーチェンは顔を上げ、そしてじっと見つめる父の顔をしっかりと受け止めた。
「父上、どうか、私の結婚を認めてくださいませ。この方の妃ということを、どうか」
城石はスッと立ち上がると、ゆっくりとユーチェンに歩み寄った。
「辛い思いをさせてしまったな、ユーチェン。こんな私を父と認めてくれるか?」
「父上がおっしゃったのですよ?阿羅国の遣いに、ユーチェンなどという娘はいないと」
「……あれは……意固地になっていた、すまなかった」
「謝ってくださったの?今」
「ああ、そうだ、おかしいか?」
「いえ」
ユーチェンは一瞬戸惑ったような顔をしたが、やがて微笑んで由利彦を膝に抱き寄せた。
「父上、阿羅国の第一王子・由利彦ですわ。私の産んだ子です」
城石はうれしそうに由利彦の頬を撫でた。
「いい子だ」
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