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第四章 阿羅国
娘
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領主の館は首都に向かう大きな街道沿いにあった。
小高い丘の上に立つその館には立派な石庭があって、池には鯉が泳いでいた。
それは、日本庭園そのものだった。
俺はその様に驚いて、思わず歩みを止めた。
「阿羅彦様?」
玲陽が俺の異変に気づいて小声で呼びかけた。
「……いや……いや、大丈夫だ、なんでもない」
俺は玲陽に振り向かずにそのまま前を見て、そして小さく深呼吸をした。
そういえば、ユーチェンを迎えに行った時、彼女は黒い屋根の大きな屋敷を背に、椿の花が咲き乱れる庭にいた。
そこに立っていたユーチェンは狐の耳と尾を持っていて銀色の髪色でなければ……
本宅もこのような日本家屋だったような気もするし、そしてユーチェン自体の顔立ちもどこか日本人に似通っている。
「おかしな偶然なのか……はたまたなにか、理由があるのか」
俺のつぶやきに今度は何も言わず、玲陽は少しだけ視線をこちらに向け、そして門に立つ案内の男に俺の来訪を告げた。
立派な門にも瓦が付いていて、まるで時代劇でも見ているかのような門だ。
「……はい、伺っております、どうぞこちらへ」
門に立っていた執事のような男は、そう言って前を歩き出した。
その初老の男は着物に袴、髪の毛は一つに結び後ろに垂らしている。
白い物が目立つ髪は元は茶色がかった黒のようだった。
そのまま一同は案内に従って歩き、誰も何も発しないまま、井草の匂いが心地よい畳の部屋へ通された。
かなり大きな部屋で、おそらく20畳はあるだろう。
出された座布団に座り、俺は久しぶりに正座をした。
「お待たせした。私が領主の城石来央と申します、この度は、我が領主邸へよくぞお越しくださった。話しによると、新興国の王と?」
さくら・らいおう、そう名を告げた男の顔をじっと見る。
この辺りを治める領主の苗字は『城石』ユーチェンがカタカナの名であったし、苗字を名乗らなかったので知らなかったが、どうやら姓があったようだ。
ユーチェンの面影を探してみる。
黒い瞳は、確かにユーチェンに似ている気もするが、思っていたよりもかなり年を取った男の面相からは、その他には何も見いだせなかった。
「城石殿、私は阿羅国という国の王だ。阿羅国はこの森のあちら側にある。以前は澄川という姓があったが、それを名乗るのは久しぶりとなる。名は阿羅彦だ」
「……そうでございますか、王自らご挨拶になど、身に余る光栄でございます」
少しもうれしくなさそうに、しかし抜け目なくそう言った男の目は冷たく光った。
真っ白な頭髪を一つに束ね、後ろに垂らしていたが、おそらく元の色は白くなかったはずだ。
かなりの高齢なのだろうと推測された。
「年に、2、3度しかこちらには来ないと聞いていた、まさか会えるとは思わなかったのだが」
「はい、秋に入る前には大切な収穫がありますのでな、その時期には領民への労いやらなにやら、色々とこちらでの用事が増えるのですよ」
「道中馬車から見たが、ずいぶんと肥沃な土地なのだな、作物はどれも良く育っていた」
「いえいえ、それは最近のことです。お嫁様のお知恵により、このような北の地でも色々なものを育てられるようになったのですよ」
「お嫁様……」
いつか聞いたそのお嫁様というフレーズに、俺は反応しかけたが、それは今回の目的とはずれてしまう。
「嫁といえばだが......そなたの娘をここに連れてきた。私の第一子を産んでくれた、つまり王妃となったそなたの娘ユーチェンだ。以前、私からの出した遣いにずいぶんとつれない返事をしたそうだが、血を分けた親子なのだ。ぜひ王妃となったそなたの娘にも優しい言葉をかけてやってはくれまいか」
俺は単刀直入にそう言った。
言葉を飾るよりも、素直に伝えた方が良い、城石という男を目の前にそう感じたのだ。
城石の顔が由利彦に向いた。
少し驚いたような顔で由利彦をじっと見つめていた城石は、俺の顔を再び見た。
「……私には娘は」
「いや、そなたの娘であろう?なぜそう、拒否するのだ。その理由が私や新興国の阿羅国にあるというのならば、私が頭を下げよう」
「っ! いけません!」
ユーチェンが俺の右腕をつかんで叫ぶように言った。
由利彦がおびえたように体を震わせた。
「阿羅彦様がそのようなことを……」
「いやユーチェン、そなたは目のまえに父がいるのだ。せっかく会えたその父と和解してほしいのだ、そのためになら」
「いえ、阿羅彦様、以前にもお伝えしましたが、私はこの人から愛情をもらったことなど一度もございません、幼い私が母を亡くし、そして継母に辛く当たられていた時だって、見て見ぬふりをして……ああ、そうですわ、見て見ぬふりなどではありません、見えていなかったのですよ、この人はそういう人です。私など、家の存続に必要のない末の娘なんですもの」
「ユーチェン」
城石はまっすぐにユーチェンを見つめた。
小高い丘の上に立つその館には立派な石庭があって、池には鯉が泳いでいた。
それは、日本庭園そのものだった。
俺はその様に驚いて、思わず歩みを止めた。
「阿羅彦様?」
玲陽が俺の異変に気づいて小声で呼びかけた。
「……いや……いや、大丈夫だ、なんでもない」
俺は玲陽に振り向かずにそのまま前を見て、そして小さく深呼吸をした。
そういえば、ユーチェンを迎えに行った時、彼女は黒い屋根の大きな屋敷を背に、椿の花が咲き乱れる庭にいた。
そこに立っていたユーチェンは狐の耳と尾を持っていて銀色の髪色でなければ……
本宅もこのような日本家屋だったような気もするし、そしてユーチェン自体の顔立ちもどこか日本人に似通っている。
「おかしな偶然なのか……はたまたなにか、理由があるのか」
俺のつぶやきに今度は何も言わず、玲陽は少しだけ視線をこちらに向け、そして門に立つ案内の男に俺の来訪を告げた。
立派な門にも瓦が付いていて、まるで時代劇でも見ているかのような門だ。
「……はい、伺っております、どうぞこちらへ」
門に立っていた執事のような男は、そう言って前を歩き出した。
その初老の男は着物に袴、髪の毛は一つに結び後ろに垂らしている。
白い物が目立つ髪は元は茶色がかった黒のようだった。
そのまま一同は案内に従って歩き、誰も何も発しないまま、井草の匂いが心地よい畳の部屋へ通された。
かなり大きな部屋で、おそらく20畳はあるだろう。
出された座布団に座り、俺は久しぶりに正座をした。
「お待たせした。私が領主の城石来央と申します、この度は、我が領主邸へよくぞお越しくださった。話しによると、新興国の王と?」
さくら・らいおう、そう名を告げた男の顔をじっと見る。
この辺りを治める領主の苗字は『城石』ユーチェンがカタカナの名であったし、苗字を名乗らなかったので知らなかったが、どうやら姓があったようだ。
ユーチェンの面影を探してみる。
黒い瞳は、確かにユーチェンに似ている気もするが、思っていたよりもかなり年を取った男の面相からは、その他には何も見いだせなかった。
「城石殿、私は阿羅国という国の王だ。阿羅国はこの森のあちら側にある。以前は澄川という姓があったが、それを名乗るのは久しぶりとなる。名は阿羅彦だ」
「……そうでございますか、王自らご挨拶になど、身に余る光栄でございます」
少しもうれしくなさそうに、しかし抜け目なくそう言った男の目は冷たく光った。
真っ白な頭髪を一つに束ね、後ろに垂らしていたが、おそらく元の色は白くなかったはずだ。
かなりの高齢なのだろうと推測された。
「年に、2、3度しかこちらには来ないと聞いていた、まさか会えるとは思わなかったのだが」
「はい、秋に入る前には大切な収穫がありますのでな、その時期には領民への労いやらなにやら、色々とこちらでの用事が増えるのですよ」
「道中馬車から見たが、ずいぶんと肥沃な土地なのだな、作物はどれも良く育っていた」
「いえいえ、それは最近のことです。お嫁様のお知恵により、このような北の地でも色々なものを育てられるようになったのですよ」
「お嫁様……」
いつか聞いたそのお嫁様というフレーズに、俺は反応しかけたが、それは今回の目的とはずれてしまう。
「嫁といえばだが......そなたの娘をここに連れてきた。私の第一子を産んでくれた、つまり王妃となったそなたの娘ユーチェンだ。以前、私からの出した遣いにずいぶんとつれない返事をしたそうだが、血を分けた親子なのだ。ぜひ王妃となったそなたの娘にも優しい言葉をかけてやってはくれまいか」
俺は単刀直入にそう言った。
言葉を飾るよりも、素直に伝えた方が良い、城石という男を目の前にそう感じたのだ。
城石の顔が由利彦に向いた。
少し驚いたような顔で由利彦をじっと見つめていた城石は、俺の顔を再び見た。
「……私には娘は」
「いや、そなたの娘であろう?なぜそう、拒否するのだ。その理由が私や新興国の阿羅国にあるというのならば、私が頭を下げよう」
「っ! いけません!」
ユーチェンが俺の右腕をつかんで叫ぶように言った。
由利彦がおびえたように体を震わせた。
「阿羅彦様がそのようなことを……」
「いやユーチェン、そなたは目のまえに父がいるのだ。せっかく会えたその父と和解してほしいのだ、そのためになら」
「いえ、阿羅彦様、以前にもお伝えしましたが、私はこの人から愛情をもらったことなど一度もございません、幼い私が母を亡くし、そして継母に辛く当たられていた時だって、見て見ぬふりをして……ああ、そうですわ、見て見ぬふりなどではありません、見えていなかったのですよ、この人はそういう人です。私など、家の存続に必要のない末の娘なんですもの」
「ユーチェン」
城石はまっすぐにユーチェンを見つめた。
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