44 / 196
第四章 阿羅国
建国記
しおりを挟む
秋のある日、早めの昼を食べて、いつものように窓の外を見た。
美しい草原はどこまでも続き、秋の草花も咲いている。
ジル……君もきっと喜んでいるね。
何より、草花が好きだったから。
細く白い美しい指で、花を摘んで、そっと花の香りを楽しんで静かに笑って。
僕の胸の中で生きるジルは微笑んでいるよね。
その時ふと、視界のはるか彼方から何かの異変を感じた。
小さな震えのようなもの。
空気の流れが急に逆巻いたような、違和感のあるものだった。
「……」
俺は無言でその方向をじっと見た。
そして胸の中のもやもやを晴らすように記憶を呼び起こす。
そうだ……いつだったか、時間の流れがわからない俺には正確には言えないが、前にもこの震えのようなものを感じたことがあったはず。
あの時は、まだイバンも若かった。
100年ほど前になるかもしれない。
「アラト?」
振り向くと、報告書を持ったクレイダが立っていた。
「何を見ていた? 様子がおかしかったが」
「ああ、クレイダか……」
「驚かせた? めずらしいね、人を感知しないなんて」
クレイダは心配そうにそう言った。
「うん……向こうなんだが」
「むこう?」
「ああ、遥か向こうだ、この国のことでも、おそらく龍の統べる森のことでもなく、もっと向こうだ」
「え? 急になんだ? その遠くがどうかしたのか?」
「その、遠くから、ある震えを感じたのだ」
「震え?」
鳩が豆鉄砲を食ったようとは良く言ったもので、クレイダは目を真ん丸にして口をポカンと開けて俺を凝視した。
「ああ、空間の震えのようなものかもしれない、なんだろうこの違和感は……背筋がぞっとするような……何か……何かがおかしい……」
「敵か? なにかが襲ってくるような予感なのか?」
「いや、そうではないと思うが……その……なんと表現したらいいのか、わからないんだ、思い出したんだが、実は前にもこの感覚を感じたことがあったんだよ」
「前にも……いつぐらいだ?」
「まだイバンも若かったと思うんだが、正確にはわからない」
「……なんていうか、アラトの時を感じないその能力?ってのは、良し悪しだよなあ」
「俺もそう思うよ」
クレイダの率直な意見に思わず苦笑して窓から離れた、そして使用人にお茶をいれさせる。
かつて日本にいたころ、茶園を営む祖父が直々に教えてくれた『一番おいしい入れ方』を、俺はこの国に広めた。
皆、上手にお茶をいれてくれる。
「どうだろう、日記のようなものを書いてみては?」
「日記?」
座った俺は思わず仰け反った。
「だが……そういうのは……んーなんだか苦手な気がするぞ」
「何も個人的なあれこれを書くのではなくて、国の成り立ちを綴るのだと思えば、どうだ?」
「ふむ」
「この国の歴史を覚書として書いていくのでもいい。そうすれば、どれくらい日が経ったのか一目瞭然だろう」
「なるほどな」
クレイダは、報告書を差し出して、それを開いて指さした。
「これも、かなり厚さがあるだろう? 家畜の放牧のあれこれを書き記しているんだよ、昨年の今頃は何をしていたか、何が起こったか。読み返してみるといろいろと勉強になるんだぞ、それにアタシがいなくてもこれを見れば今なにをすべきかわかるわけだ」
「なるほど……それはいいかもしれないな」
クレイダは満面の笑みで手を叩いた。
「ならば、早速だ、今からだ!」
「ええ……何から書こう……」
「それはもちろん、アラトがここに来たところからだよ」
後の世に、阿羅国の『建国記』として残ることになったものは、こうして誕生した。
この時の俺はまだ知る由もないが、その建国記はやがて紗国に渡り研究されることとなる。
美しい草原はどこまでも続き、秋の草花も咲いている。
ジル……君もきっと喜んでいるね。
何より、草花が好きだったから。
細く白い美しい指で、花を摘んで、そっと花の香りを楽しんで静かに笑って。
僕の胸の中で生きるジルは微笑んでいるよね。
その時ふと、視界のはるか彼方から何かの異変を感じた。
小さな震えのようなもの。
空気の流れが急に逆巻いたような、違和感のあるものだった。
「……」
俺は無言でその方向をじっと見た。
そして胸の中のもやもやを晴らすように記憶を呼び起こす。
そうだ……いつだったか、時間の流れがわからない俺には正確には言えないが、前にもこの震えのようなものを感じたことがあったはず。
あの時は、まだイバンも若かった。
100年ほど前になるかもしれない。
「アラト?」
振り向くと、報告書を持ったクレイダが立っていた。
「何を見ていた? 様子がおかしかったが」
「ああ、クレイダか……」
「驚かせた? めずらしいね、人を感知しないなんて」
クレイダは心配そうにそう言った。
「うん……向こうなんだが」
「むこう?」
「ああ、遥か向こうだ、この国のことでも、おそらく龍の統べる森のことでもなく、もっと向こうだ」
「え? 急になんだ? その遠くがどうかしたのか?」
「その、遠くから、ある震えを感じたのだ」
「震え?」
鳩が豆鉄砲を食ったようとは良く言ったもので、クレイダは目を真ん丸にして口をポカンと開けて俺を凝視した。
「ああ、空間の震えのようなものかもしれない、なんだろうこの違和感は……背筋がぞっとするような……何か……何かがおかしい……」
「敵か? なにかが襲ってくるような予感なのか?」
「いや、そうではないと思うが……その……なんと表現したらいいのか、わからないんだ、思い出したんだが、実は前にもこの感覚を感じたことがあったんだよ」
「前にも……いつぐらいだ?」
「まだイバンも若かったと思うんだが、正確にはわからない」
「……なんていうか、アラトの時を感じないその能力?ってのは、良し悪しだよなあ」
「俺もそう思うよ」
クレイダの率直な意見に思わず苦笑して窓から離れた、そして使用人にお茶をいれさせる。
かつて日本にいたころ、茶園を営む祖父が直々に教えてくれた『一番おいしい入れ方』を、俺はこの国に広めた。
皆、上手にお茶をいれてくれる。
「どうだろう、日記のようなものを書いてみては?」
「日記?」
座った俺は思わず仰け反った。
「だが……そういうのは……んーなんだか苦手な気がするぞ」
「何も個人的なあれこれを書くのではなくて、国の成り立ちを綴るのだと思えば、どうだ?」
「ふむ」
「この国の歴史を覚書として書いていくのでもいい。そうすれば、どれくらい日が経ったのか一目瞭然だろう」
「なるほどな」
クレイダは、報告書を差し出して、それを開いて指さした。
「これも、かなり厚さがあるだろう? 家畜の放牧のあれこれを書き記しているんだよ、昨年の今頃は何をしていたか、何が起こったか。読み返してみるといろいろと勉強になるんだぞ、それにアタシがいなくてもこれを見れば今なにをすべきかわかるわけだ」
「なるほど……それはいいかもしれないな」
クレイダは満面の笑みで手を叩いた。
「ならば、早速だ、今からだ!」
「ええ……何から書こう……」
「それはもちろん、アラトがここに来たところからだよ」
後の世に、阿羅国の『建国記』として残ることになったものは、こうして誕生した。
この時の俺はまだ知る由もないが、その建国記はやがて紗国に渡り研究されることとなる。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

確率は100
春夏
BL
【完結しました】【続編公開中】
現代日本で知り合った2人が異世界で再会してイチャラブしながら冒険を楽しむお話。再会は6章。1話は短めです。Rは3章の後半から、6章からは固定カプ。※つけてます。5話くらいずつアップします。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる