俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第四章  阿羅国

父を知らない子 玲陽視点

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 暗い海の中に放り出されたような不安感。
何もつかむものもなく、差し伸べてくれる手もない。
囁く大人たちの声が小さく聞こえる。

『あの子には近寄らないで』

友どころか、母親違いの兄や姉たちも私を助けようとはしてくれない。
誰もが遠巻きにして、こちらを伺っていた。

『危険な子』

そう、言われて。







 あの方が夢に出てくるようになったのは、5歳のころ。
ちょうど、母が亡くなった年だ。

母は踊り子だった。

ある日、舞を披露した席で父に見初められ、夜を共にした。
元からそういう商売をしているわけではなかったらしい、純粋な踊り子だったのだ。
神殿に舞の奉納もしたことがあったのだから。
しかし、大地主の父に呼ばれて断る術を母は知らなかった。

母はその1か月後に卵を産み、その中からたった一つだけ孵化をした。
それが私だ。

記憶の中にある母は、浅黒い肌に白い髪、そして赤い目を持っていて、額に小さな角があった。
通常、蛇族は角など生えない。
つまり、母は純粋な蛇族ではなかったということ。

舞の衣装はその角がちょうど隠れるところに豪華に織られた布が巻かれ、その上からさらに金色の鎖をつける。

父が母の角に気づかなくても仕方ないことだったのかもしれない。
母は、それが見つかることを恐れ、根本から角を切り、髪の毛で傷跡をうまく隠した。
だが、そんな子供だましのごまかしがいつまでも通用するわけではない。

やがて、使用人から父にその事実は伝わってしまった。

父は座敷牢に母を閉じ込めてしまった。
日の当たらない暗く狭い一室で、母は何も食べず飲まず、そして話しもせず、ひと月後にやせ衰えて死んでしまった。

母がそんな目にあっているとも知らず、私は使用人に世話をされながら日々を暮らした。
故郷を訪ねているはずの母はいつ戻るのか?
どうして早く帰ってきてくれないのか?
と、そればかり聞いて周りを困惑させながら。

私だけが知らなかったのだ、母が今はもうこの世にいないということを。

『玲陽ぼっちゃん』

誰もがそう呼ぶが、視線は冷たかった。
陰でどう言われていたのか、私は知っている。

『まざりが産んだ不吉な子』

私の白い髪も赤い目も、本当ならば祝福されるべきものなのに、誰しもが気味が悪いと言い放ち近寄りもしなかった。

最低限の世話だけしてくれる使用人。
決して目を合わさない兄や姉、そして、顔を覚えることすらなかった父。

私のラハームでの思い出はそれだけだ。

そして、夢の中でしか会えない黒髪の男性。
闇色の瞳で僕をじっと見て、そしてにこりと微笑んで、いつも手を繋いでくれた。
抱きしめてもくれた。
はじめはこんな人が兄ならばと、そう思った。
だが、やがて恋心が芽生え、抑えようがなくなった。

実在してすらいないのに……
夢の中の人なのに……
かつての私は、朝になるといつも絶望と共に目が覚めたのだ。
その夢の中の人が、遠くで生きていることも知らずに。






「玲陽、起きていたのか?」
「阿羅彦様」

大きなベッドから立ち上がり、愛しい方の元に静かに歩いた。
黒髪の人は、片方の唇をあげてフッと微笑んで、そして私を抱きしめてくれた。
甘い匂いが立ち込める。
この方のこの匂いで私は思考できなくなってしまう。
ふわふわと体が浮いてしまうような、そんな匂いだ。

「寝ていればよかったのに、帰国したばかりだろう」
「いえ、私は、疲れてなど、いません」
「おいで」

優しい人は私の顔に触れて、そして唇を重ねた。
どこまでも甘い、私の愛する阿羅彦様。

私はあなたのためならなんだってしましょう。

どうか、いつまでもそばに置いてくださいませ。




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