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第四章 阿羅国
茶
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抜けるような青空と、爽やかに吹く風、俺の伸びた髪の毛がさらりと揺れて、その瞬間ふと、ジルを思い出した。
ジルは俺の髪が好きだった。
髪を整えて軽くキスを落として、それがジルの習慣になったのはいつの頃だっただろうか。
俺がそれに気づいていると、ジルは知らないままだったのかもしれないな。
ジルの華やかな笑顔を思い出して、俺は軽く微笑んだ。
「阿羅彦様、お探しの葉はこれかと」
先に歩いていた逞しい獣足の若者が振りむいた。
彼はクレイダの甥、ここに到着した時はまだ小さな赤子だったのに、あっという間に大人になってしまった。
俺の時間に対する感覚が鈍いせいなのか、それとも成長の早い種族なのかは、わからない。
「ああ……そうだなこれだ」
俺は腰ほどまでの低木の木に近づいて、そのつるつると光沢のあるしっかりとした葉を手にした。
一枚もぎ取り、そして匂いを嗅いだ。
「ああ、懐かしいな……」
俺は思わずそうつぶやいた。
「これ、そんなに良いもの?」
クレイダは不思議そうな顔をして、同じように葉をもぎ取り匂いだした。
「これは茶の木だ、ハーブティーじゃないものを久しぶりに飲めそうだな」
「へぇ……この葉で茶をいれるのか?茶といえば草から入れるのかと思っていたが……淫魔はすごいな」
「いや……これは淫魔というか……」
俺はそこまでいって思わず言葉を飲み込んだ。
クレイダとのいつものこの会話も、周りに人がいる時はやめた方がいいかもしれないと思い始めていた。
俺が開墾したこの地を、阿羅国にすると決めてから、クレイダ達一族はさらに親族や友人を呼び込み、そして、俺も寝るたびに夢を通じて人を連れ帰るようになった。
今や100人に達しようかという阿羅国の住人だが、俺の出自を知る者はもはやクレイダのみだ。
その肝心のクレイダはなぜか信じようとしないのだから、俺が異世界からやってきたという話は、俺の胸の内に仕舞う方が良いんだろうと、そう思ったのだ。
「まあ、いいさ。とにかくこれだ。これを栽培するぞ」
「この木を植え替えるんだね、どこにしようか」
「日当たりのよいこの山のふもと辺りでどうかな」
「いいね、ここからそれほど遠くないしな」
クレイダは部下に指示をして、その場に自生していた茶の木を掘り返し始めた。
根は大きく張っていたが、丁寧に傷つけないように土ごと取り出し、そして麻布で根全体を覆い、大きな箱に次々と載せていく。
全部で8株ほど載せ終わると、俺は魔法でその箱をひょいと空に浮かせ運んでいく。
「アラト、運ぶのだってこいつらにやらせていいんだよ?お前は王だろうが。いちいちそんな作業までしなくていいんだって」
「ん?だが、一緒にいたんだから、ついでだし、良いじゃないか」
「まあ、そうだけど」
クレイダはフウとため息をついてその箱を見つめた。
「イバンがいたら、世話を頼めたのにな」
「……ああ、そうだな」
植物が好きだったイバンは、俺が川を引いた後、柔らかく耕した地に肥料を混ぜこみ、その場にふさわしい木々や草花を植えてくれた。
俺が木々に水をやるために水を空に浮かし、一斉にばらまくを見るのが好きだった
嬉しそうに空を見上げ、日に当たって虹が出るのを手を叩いて喜んでいた。
家に閉じ込められていた彼にとって、好きなように外で動けることは何よりの幸せだったのだろうと、今ならわかる。
彼が家長に外に出るなと言われていた理由、聞けばそれは彼を守るためだったのだろうとはわかるが、理不尽なものだった。
イバンの魔力が強すぎたために、王家からお呼びがかかるのを恐れてとのことだった。
たったそれだけの理由でと、事情をよく知らない俺は思ったが、ラハームは蛇族の国だ。
特に魔力の強い者は、白い髪に赤い目で生まれて来るという。
その特徴を持って生まれると能力が高く、長寿なため、国で重宝されるということだ。
だったらそれは誉であって、避けることでもなかろうと思うのだが。
子を取られまいと必死な母の願いだったと、イバンは寂しそうに笑った。
いくら家を出たかったとはいえ、父や母を憎んでいたわけでもなく、口に出したことはなかったが時には会いたいと思ったこともあったかもしれない。
だが、ここでイキイキと生きていたイバンの表情は明るくて、輝くようだった。
イバンの一生は、この地で、俺のそばにいて、花開いたかのように見えた。
それを思うと、俺は救われた気持ちになれた。
ジルは俺の髪が好きだった。
髪を整えて軽くキスを落として、それがジルの習慣になったのはいつの頃だっただろうか。
俺がそれに気づいていると、ジルは知らないままだったのかもしれないな。
ジルの華やかな笑顔を思い出して、俺は軽く微笑んだ。
「阿羅彦様、お探しの葉はこれかと」
先に歩いていた逞しい獣足の若者が振りむいた。
彼はクレイダの甥、ここに到着した時はまだ小さな赤子だったのに、あっという間に大人になってしまった。
俺の時間に対する感覚が鈍いせいなのか、それとも成長の早い種族なのかは、わからない。
「ああ……そうだなこれだ」
俺は腰ほどまでの低木の木に近づいて、そのつるつると光沢のあるしっかりとした葉を手にした。
一枚もぎ取り、そして匂いを嗅いだ。
「ああ、懐かしいな……」
俺は思わずそうつぶやいた。
「これ、そんなに良いもの?」
クレイダは不思議そうな顔をして、同じように葉をもぎ取り匂いだした。
「これは茶の木だ、ハーブティーじゃないものを久しぶりに飲めそうだな」
「へぇ……この葉で茶をいれるのか?茶といえば草から入れるのかと思っていたが……淫魔はすごいな」
「いや……これは淫魔というか……」
俺はそこまでいって思わず言葉を飲み込んだ。
クレイダとのいつものこの会話も、周りに人がいる時はやめた方がいいかもしれないと思い始めていた。
俺が開墾したこの地を、阿羅国にすると決めてから、クレイダ達一族はさらに親族や友人を呼び込み、そして、俺も寝るたびに夢を通じて人を連れ帰るようになった。
今や100人に達しようかという阿羅国の住人だが、俺の出自を知る者はもはやクレイダのみだ。
その肝心のクレイダはなぜか信じようとしないのだから、俺が異世界からやってきたという話は、俺の胸の内に仕舞う方が良いんだろうと、そう思ったのだ。
「まあ、いいさ。とにかくこれだ。これを栽培するぞ」
「この木を植え替えるんだね、どこにしようか」
「日当たりのよいこの山のふもと辺りでどうかな」
「いいね、ここからそれほど遠くないしな」
クレイダは部下に指示をして、その場に自生していた茶の木を掘り返し始めた。
根は大きく張っていたが、丁寧に傷つけないように土ごと取り出し、そして麻布で根全体を覆い、大きな箱に次々と載せていく。
全部で8株ほど載せ終わると、俺は魔法でその箱をひょいと空に浮かせ運んでいく。
「アラト、運ぶのだってこいつらにやらせていいんだよ?お前は王だろうが。いちいちそんな作業までしなくていいんだって」
「ん?だが、一緒にいたんだから、ついでだし、良いじゃないか」
「まあ、そうだけど」
クレイダはフウとため息をついてその箱を見つめた。
「イバンがいたら、世話を頼めたのにな」
「……ああ、そうだな」
植物が好きだったイバンは、俺が川を引いた後、柔らかく耕した地に肥料を混ぜこみ、その場にふさわしい木々や草花を植えてくれた。
俺が木々に水をやるために水を空に浮かし、一斉にばらまくを見るのが好きだった
嬉しそうに空を見上げ、日に当たって虹が出るのを手を叩いて喜んでいた。
家に閉じ込められていた彼にとって、好きなように外で動けることは何よりの幸せだったのだろうと、今ならわかる。
彼が家長に外に出るなと言われていた理由、聞けばそれは彼を守るためだったのだろうとはわかるが、理不尽なものだった。
イバンの魔力が強すぎたために、王家からお呼びがかかるのを恐れてとのことだった。
たったそれだけの理由でと、事情をよく知らない俺は思ったが、ラハームは蛇族の国だ。
特に魔力の強い者は、白い髪に赤い目で生まれて来るという。
その特徴を持って生まれると能力が高く、長寿なため、国で重宝されるということだ。
だったらそれは誉であって、避けることでもなかろうと思うのだが。
子を取られまいと必死な母の願いだったと、イバンは寂しそうに笑った。
いくら家を出たかったとはいえ、父や母を憎んでいたわけでもなく、口に出したことはなかったが時には会いたいと思ったこともあったかもしれない。
だが、ここでイキイキと生きていたイバンの表情は明るくて、輝くようだった。
イバンの一生は、この地で、俺のそばにいて、花開いたかのように見えた。
それを思うと、俺は救われた気持ちになれた。
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