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第三章 新たなる地
イバンの夢
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俺はその夜、夢を見た。
黒い屋根の大きな屋敷、椿の花が咲き乱れる庭に、その娘は一人で立っていた。
夜の闇に溶け込みそうな黒い着物を着て、銀色の長い髪を垂らして、黒い瞳でじっと俺を見ていた。
手には一抱えの風呂敷に包まれた物を持っていた。
「お待ちしておりました」
彼女は確かに、俺を待っていたと、そう言った。
「え?」
思わず聞き返す俺に、困ったように微笑んでそしてもう一度同じことを言った。
「わたくし、あなたのことをずっと夢に見ておりました。いつ、お迎えにきてくださるのかと、ずっとずっと、お待ちしておりました」
俺は気づいた。
イバンを連れ戻った時と似ていることに。
「お前も、俺の夢を見ていたというのか?」
「はい、わたくし、幼いころからずっとあなたの夢を見ておりました」
「お前、いくつだ」
「わたくしは18です」
俺の夢を見ていた者がここにもいた……
俺はやはり、人の夢を操れるのだろうか?
問題はそのことを自分が認識できていないことだ。
そして、俺はクレイダとイバンの言葉を思い出した。
『これからは、人を増やそうアラト……』
そう、二人はもうすぐ寿命を迎えるのだ。
はっきりと彼らはそれを予感し、そして俺が一人きりになって取り残されることを心配しているのだ。
「わたくしは、ユーチェン、あなたの名前は?」
「俺はアラトだ、お前、本当に俺の元に来るつもりか?もう二度と、祖国の地は踏めないとしても?」
「はい、わたくしは、どうせいてもいなくても良い娘です」
「……そんなことはないだろうが……」
「いえ、アラト様には想像もつかないでしょうが、この家に私のいる場所はないのです。ぜひ、お連れください」
そういってユーチェンはにこりと笑って手を差し出した。
頼りなげな白く細い手。
その細い手を取って、俺は目を瞑った。
辺りが白くまばゆく光るのを感じた。
◆
大きな流れとなった川の流れる先に湖が出来た。
元々、窪地であったそこに流れを通したからだ。
今では湖の周りに美しく咲き誇る色とりどりの花や、涼やかな林がある。
それはイバンが自ら植えたもの。
『僕がいなくなっても、ここに来れば思い出せる?』
そういいながら。
布団の中でイバンが微かな寝息を立てている。
最近は起きている時間がめっきり減ってきた。
イバンの世話は、その後俺が連れ戻った女たちが心を尽くしてくれている。
俺は、作業が終わった後に寝ているイバンの横にこうやって横たわるだけだ。
「俺は何も、お前にしてやれないな」
イバンは微かに目を開け、そして静かに微笑んだ。
「起きていたのか?」
「今、アラトの声で気が付いたよ」
「起こしてすまん」
「そんなことない、アラトの顔が今日も見れて良かった。ほんとに君は美しいね」
「美しいのはお前だ、イバン」
俺は彼の皺の目立つ痩せた頬をそっと撫でた。
かつて、19歳だったイバンの面影はほとんどない。
色白だったが、血色がよく健康そのものに見えた、あの青年が、今や老人だ。
「僕が美しいはずないでしょ、こんなに老いてしまったんだよ」
恥ずかしげにそっと俺の手に自分の手を重ねた。
「俺にはお前は美しく見えるよ、今も昔も、何一つ変わらない」
イバンは、嬉しそうに微笑んで、俺の手をギュッと握りこんでキスをした。
「順調に、アラトの国は出来上がっているね、かつて荒地だったころはもう思い出せないね」
「そうだな、お前とクレイダのおかげだ」
「違うよアラト、君の魔法がすごいからだよ」
「……俺は、そんなにすごいんだろうか」
「そりゃね、1から王国を築こうってんだから、ね」
二人で笑いあって、そして艶の失った髪を手ですいた。
「何かほしいものはないか?」
「ん……心残りはね、ただ一つかな」
「なんだ?」
俺は、自分から何か欲しがるのは珍しいイバンの顔を覗き込んだ。
「君の子を抱いてみたいんだよ、アラト。女たちの中に懐妊の徴候はないの?」
俺は何も言えずにただイバンを見つめた。
黒い屋根の大きな屋敷、椿の花が咲き乱れる庭に、その娘は一人で立っていた。
夜の闇に溶け込みそうな黒い着物を着て、銀色の長い髪を垂らして、黒い瞳でじっと俺を見ていた。
手には一抱えの風呂敷に包まれた物を持っていた。
「お待ちしておりました」
彼女は確かに、俺を待っていたと、そう言った。
「え?」
思わず聞き返す俺に、困ったように微笑んでそしてもう一度同じことを言った。
「わたくし、あなたのことをずっと夢に見ておりました。いつ、お迎えにきてくださるのかと、ずっとずっと、お待ちしておりました」
俺は気づいた。
イバンを連れ戻った時と似ていることに。
「お前も、俺の夢を見ていたというのか?」
「はい、わたくし、幼いころからずっとあなたの夢を見ておりました」
「お前、いくつだ」
「わたくしは18です」
俺の夢を見ていた者がここにもいた……
俺はやはり、人の夢を操れるのだろうか?
問題はそのことを自分が認識できていないことだ。
そして、俺はクレイダとイバンの言葉を思い出した。
『これからは、人を増やそうアラト……』
そう、二人はもうすぐ寿命を迎えるのだ。
はっきりと彼らはそれを予感し、そして俺が一人きりになって取り残されることを心配しているのだ。
「わたくしは、ユーチェン、あなたの名前は?」
「俺はアラトだ、お前、本当に俺の元に来るつもりか?もう二度と、祖国の地は踏めないとしても?」
「はい、わたくしは、どうせいてもいなくても良い娘です」
「……そんなことはないだろうが……」
「いえ、アラト様には想像もつかないでしょうが、この家に私のいる場所はないのです。ぜひ、お連れください」
そういってユーチェンはにこりと笑って手を差し出した。
頼りなげな白く細い手。
その細い手を取って、俺は目を瞑った。
辺りが白くまばゆく光るのを感じた。
◆
大きな流れとなった川の流れる先に湖が出来た。
元々、窪地であったそこに流れを通したからだ。
今では湖の周りに美しく咲き誇る色とりどりの花や、涼やかな林がある。
それはイバンが自ら植えたもの。
『僕がいなくなっても、ここに来れば思い出せる?』
そういいながら。
布団の中でイバンが微かな寝息を立てている。
最近は起きている時間がめっきり減ってきた。
イバンの世話は、その後俺が連れ戻った女たちが心を尽くしてくれている。
俺は、作業が終わった後に寝ているイバンの横にこうやって横たわるだけだ。
「俺は何も、お前にしてやれないな」
イバンは微かに目を開け、そして静かに微笑んだ。
「起きていたのか?」
「今、アラトの声で気が付いたよ」
「起こしてすまん」
「そんなことない、アラトの顔が今日も見れて良かった。ほんとに君は美しいね」
「美しいのはお前だ、イバン」
俺は彼の皺の目立つ痩せた頬をそっと撫でた。
かつて、19歳だったイバンの面影はほとんどない。
色白だったが、血色がよく健康そのものに見えた、あの青年が、今や老人だ。
「僕が美しいはずないでしょ、こんなに老いてしまったんだよ」
恥ずかしげにそっと俺の手に自分の手を重ねた。
「俺にはお前は美しく見えるよ、今も昔も、何一つ変わらない」
イバンは、嬉しそうに微笑んで、俺の手をギュッと握りこんでキスをした。
「順調に、アラトの国は出来上がっているね、かつて荒地だったころはもう思い出せないね」
「そうだな、お前とクレイダのおかげだ」
「違うよアラト、君の魔法がすごいからだよ」
「……俺は、そんなにすごいんだろうか」
「そりゃね、1から王国を築こうってんだから、ね」
二人で笑いあって、そして艶の失った髪を手ですいた。
「何かほしいものはないか?」
「ん……心残りはね、ただ一つかな」
「なんだ?」
俺は、自分から何か欲しがるのは珍しいイバンの顔を覗き込んだ。
「君の子を抱いてみたいんだよ、アラト。女たちの中に懐妊の徴候はないの?」
俺は何も言えずにただイバンを見つめた。
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