俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第三章  新たなる地

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 あれから俺は夢中になって開墾をした。
森の水源から水路を作り、干からびた台地に水をいきわたらせたのだ。
森の中で栽培した木や草の苗も水路に沿って植えていく。
直接当たる日光から守るようにツルで編んだシェードも作って、植物が根付くように根気よく世話をして回った。

イバンはそういう細工物を器用にこなし、蛇族の魔力で空も飛べるので、木の梢にある実を集めるのもうまかった。

俺はそんなイバンを愛しく思い、大切にして、恋人同士になっていった。
クレイダはそんな俺たちを祝福して、『さすが淫魔!』と謎の掛け声をかけられたものだ。


 ある日、作業中ふと我に返って周りを見渡してみた。
すでに台地は干からびて割れてはいない、そよそよと風になびく葉が涼しげだ。
生い茂った並木は、無事に川に沿って育っている、今や大木となって。

初めは、固かった台地は掘ることすら難しかった。
だが、俺はいつの間にか使えるようになっていた魔法を操り、土を掘り返すことも、川の流れを変えることすらできた。

もう今や、森との境目はわかりずらい。
荒地はもうない。

『よく魔力が尽きないねえ』

そういって半ばあきれるクレイダはいつも元気で笑顔だった。

植物に詳しいイバンは森で美しい花を見つけては、木々を彩るようにそれらを植えて行った。

クレイダは肉を量産するために、家畜の放牧をしたくて草原を作り上げた。
そこには牛やイノシシに似た動物がのんびりと過ごしていて、片隅に卵を産むガッコが鳴いている。

今では、森から続くように作り上げてきた緑の大地は、広がりを見せていた。
振り返ってみると、クレイダと共に登ったあの峰が遠く感じるほどに。







 俺の中で時間の感覚が鈍くなっているという自覚はあった、だが、これほどまでとは正直思わなかった。

なぜなら、何年一緒に暮らしてもジルは全く年を取らなかったからだ。
淫魔の特性である美しさを、死ぬほんの少し前まで損なわなかった。

だから、どれほどの長い間彼と過ごしていたのか、今でも全く想像がつかない。

目の前にいるイバン、そしてクレイダ。
彼らの体の衰えは、俺の気が付かないうちにやってきていた。

まだ19歳で、瑞々しくはじける様な肌だったイバンは皺が目立つ老人となり、にぎやかで明るかったクレイダはじっと座り考え事をする時間が長くなった。

「そろそろ休むとするか」

俺の言葉に二人はにこりとする。
そして、作業で汗だくになった二人を労うようにシチューを作り出す。
クレイダが作ったかまどは煉瓦製だ。
大地を掘り返したときに見つかった粘土と、そして砕いた石を混ぜて練り上げ、乾かしてそして焼く。
そして出来た不格好だが温かいかまどで、俺はいつも彼らに食事を作った。

「ほんとに、アラトはうまいね、何でも作れるしなんでもおいしい。うちにいた料理人に負けない」
「まあね、淫魔は料理がうまいからねぇ」

二人はゆったりと頷きあって話している。
はじめは、とてもではないが仲よくできなさそうだったのに、いつしか仲間として、いや……家族として彼らには愛情があるように思えた。

「アラト……僕はね、そろそろじゃないかと思うんだ」
「え?」

俺は話しかけられて、顔を上げた。

「僕は蛇族の中でも魔力が強かったからね、長生きの部類なんだよ、今もう354歳だ、君に会ったあの日から、335年も経ったんだよ、わかってる?」

そういって困ったように優し気に微笑んだ。
めじりにうかぶ皺の数の一つ一つが彼の優しさを表している。

「……俺は……」

言葉に詰まり、クレイダを見ると、面白そうに声をあげて笑って、そしてイバンの肩をポンポンと叩いた。

「これからは、人を増やそうアラト、アタシもイバンもずっとは一緒にいられない。いつか死んじまうんだ」

クレイダはわざとぶっきらぼうにそう言い捨ててシチューをまた啜りだした。

「人を増やすっていうけど……」
「アラト、君は僕を愛してくれたけど、僕は男だからね、子は成せない。しかたないことだよね、でも、今のままではここは単なる草原……君の夢は、王国を作ることだったはずだよね」

イバンは皺の目立つ手を俺の手に重ねた。








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