俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第三章  新たなる地

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 ぐつぐつと煮えてきた鍋の中身をかき混ぜ、とろみをつける粉を入れた。
これは、キレイな花の根を干して砕いたもの。
ジルと一緒に作ったことを思い出した。

「うわー……すごくいい匂い!やっぱりすごいね、あんたら淫魔は」

魔物の雌が獲物を片手にのしのしと戻ってきた。

そしてドサリと地に獣を落として、ドカリと座った。
懐から刃物を取り出すと器用にばらしていく。
俺はそれをじっと見つめた。

この魔物は意外に器用だった。
俺よりも力もある上にやり慣れているという理由があったとしても、こんなふうに丁寧に下処理をやるとは思わなかった。

「うん、こんなもん?内臓はどうする?」
「ん、俺は肉の部分だけでいいけど、お前は違うのか?」
「ん……アタシらはこんななりしてるけど、意外と繊細なんだよ?内臓をそのまま食べるのならそもそも捌いたりしないよ」

そういって豪快に笑った。

「丁寧に洗えばそれだっておいしく食べれるが」
「そうなのか?」
「まあ、今日はこっちを」

そういって、俺は赤身のブロックを手に取り、まな板代わりの板の上に置いた。
適当にぶつ切りしていき、塩を揉みこみハーブを振りかけた。
それを油を熱したもう一つの浅い鍋に入れ焼き目をつけていく。

「ちょっと……たまんない……」

魔物の雌は心から嬉しそうに太い尻尾をブンっと振った。

「やめてくれよ、土が舞うだろ」
「あ! すまない」

少し恥ずかしそうにして、おとなしくそこらに落ちていた木を削いで、即席の皿を作りはじめた。

「お前……器用だな。なんでもできるのか?」
「普通だよ、アタシなんて」

そういって謙遜する姿を見て笑顔になった。
姿は魔物でいかついのに、案外普通に話せていることにもほっとする。

俺は彼の作った木の皿の上に焼いた肉を置き、そして煮詰めていたとろみの付いたソースをかけた。

「どうぞ」

魔物の雌はごくりとのどを鳴らし、そして俺をちらりと見た。

「いいのか?アタシから食べて」
「ああ、それはお前が捕まえた獲物なんだぞ」

当然だと言って、俺は皿をぐいと差し出した。

そして、俺もリュックから出した皿に残りの肉を盛り付け、ソースをかけた。
取り出したフォークも皿に置いた。

「んま!!! うっま!!!!!」

魔物の雌は感激に打ち震えて尻尾も耳もぴくぴくとさせた。

「そんなにか?色々と即席なんだが……肉がうまかったんじゃないのか?」
「ちがうよ……淫魔の料理はうまいとは聞いていたけど、すごいな」
「淫魔の料理ねえ……」

俺は少し笑いながら口に肉を入れた。
野性味あふれる固い肉だったが、塩とハーブでいい具合にうまみが出ていた。
……ジビエだよな、これ。

「でもさ……あんたそのまま、催淫の匂い出しながらこの先も進むわけ?どこに向かってるの?」
「……催淫か……」

俺はその言葉に戸惑い、フォークを皿に置いた。
正直、自分が催淫の匂いを振りまいているなんて、言われて初めて気づいたのだ。
つまり、出そうとしているわけではない。
どうすればそれを押さえられるのかなんて、わからない。

「だけどお前は普通じゃないか。俺程度の催淫の能力では、周りにそんなに影響ないんじゃないか?」
「いやいや! これでも我慢してるんだからな、アタシ」

そういって、浅黒い肌でもわかるほど少し頬を赤らめた。

「いや……やめてくれ、俺は望んでない」
「淫魔に断られるなんて、アタシらにとっちゃ恥だよ」

そういってカカカと笑った。

「アタシの名はクレイダ、あんたは?」
「俺は……アラト」
「どこへ向かってるんだい?この先は高くとんがった山が連なってるだけだぞ」
「そうか……」
「そうかって……淫魔なんて子を産ませるために人族を探すものだろ?こっちは逆方向だってのに」
「ん……」

なるほどな……淫魔ってのはそうなのか。
だが、俺は違う。
魂の半分が淫魔で、催淫なんてものもできるようになってるかもしれないが、やっぱり心は人だ。
ただ子を産ませるためだけにターゲットを探そうだなんて思ってるわけではないし、そんな欲望もない。

俺はただ、あの時感じた絶望の理由を知りたいだけだ。


俺はとっぷりと日が暮れて真っ暗になった森を見つめた。
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