俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第三章  新たなる地

魔物

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 突然目の前に現れたのは、下半身が鹿かウマのような二本足で上半身は人、額には大きな角もあった。
一目で魔物だとわかった。
赤く血走った瞳は不気味で、ぶるりと身震いがした。

「あれれ……」

魔物は拍子抜けしたように間抜けな声を出した。

「淫魔の匂いに釣られてしまったと思ったのに、君、もしかして半魔?」

魔物はゆっくりと近づいて来て、俺の鼻先をくんくんを嗅いだ。

「……珍しいね、淫魔なら魂をちゃんと作り変えるはずなのに」

俺はそこまで近づかれてようやく気付いた。
この魔物は雌らしい。

「まあ……いいんだけど。なんだかつまんないな」
「へ……?」

魔物は敷物の上にポスンと座って胡坐をかいた。

薄い布を纏っているだけなので、盛り上がる筋肉がよくわかる。
体格もかなり大きく、俺よりも身長も体重も上回るだろう。
万が一闘いになろうものなら……これは、逃げるが勝ちなんじゃなかろうか。

「ねえ、もしかして今から食事なのかい?」
「……」

俺は事態が呑み込めず、戸惑ってしまった。

「んー……淫魔の匂いで半分発情させられちゃってるからさあ……なんだか落ち着かないんだよな、まあ、そちらはやる気じゃないみたいだし、淫魔の自覚ももしかして無い?」
「えと……俺は人であって、淫魔ではないつもりだが」
「あは!そのまさかだった!自覚無しだったとはね!私じゃなきゃ、完全に持っていかれてるよ、それぐらい催淫の匂いをさせちゃってるよ?君」

そう言って体を揺らしてカッカっと笑った。

「……で、なんか食べようってんだろ?なら、アタシにもなんか食べさせてよ、淫魔っていえば料理上手じゃないか」
「そ……の……おまえみたいな魔物と知り合いはいないから、君らが何を食べるか知らないし……」

ふむ……と顎に手をやり少しの間考えていた魔物は、ポンと手を叩いてズイっと顔を近づけた。

「だったらさ、アタシが獲物取ってくるから、それ料理してよ、ね!このさ、もやもやとした気持をパッと晴らしたいわけ!」
「あ……え?」

俺はすっかり面喰い、魔物の顔をじっと見るしかできなかった。

「そこらじゅうに君の匂いに酔っぱらってる小動物がいるんだ、獲るのは簡単だよ、少し待ってな」

のしのしと獣の足で歩き去った魔物の後ろ姿は力強かった。

この隙に逃げようとリュックを握ったが、そこで体の動きを止めた。

なんとなくだが……あの魔物の雌と話をしてみたいという欲望にかられたのだ。
ジルを亡くして以来、誰とも口を聞かずに月日を過ごした、そしてつい先日は、ジルの仲間に遭遇したが、まともに話したのはそれが最後だ。

人恋しい?

そう思い浮かべてフッと笑った。

あれは、どう見たって人じゃないぞ、だが……言葉は通じていたな。

俺は覚悟を決めて、リュックから手を離した。
そして、さきほど灯した火を大きくするために薪を集め、鍋を置くための石を組んだ。
そこに持ってきた鍋を置き、持ち歩いていた乾燥させたハーブや香辛料を油で炒めた。
良い香りがしてきたところで、塩と水筒から水を注ぎ入れ蓋をした。
これはソースだ。
あの魔物が何の肉を獲ってくるかは知らないが、これで少しは食事らしくなるはずだ。
ジルと暮らしたあの家には、もっとたくさんの道具、そして味付けのためのハーブがあったのだが。



俺はジルの笑顔を思い出しながら、じっと炎を見つめた。



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