俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

文字の大きさ
上 下
21 / 196
第三章  新たなる地

魔法

しおりを挟む
 森の様子が微妙に変わったことに気づいた。
木々の種類が違ってきたのだ。
考えてみれば、何日も歩き続けてきたのだ、生態系が変わってもおかしくはないだろう。

今いるここは、ジルと暮らした辺りとはまるで違う。
二人で見上げたどこか温かみのある落葉樹の葉ではない、鋭利な形の葉が多く見られるようになっていた。
登っている感覚はあったのだが、緩やかだったために気づかなかった。
俺はおそらく今、山を登っている。

それにしても、こんなふうに植生まで変わるとは……
俺はふうとため息をついて、清水から汲んで来た水を一口飲んだ。

ジルが器用に作ってくれた水筒。
俺の持ち物はジルであふれている。
ジルの手作りの愛情あふれた道具をじっと見つめた。

「ジル、俺から自分の記憶を消して、代わりに虐待されていた記憶を植え付けるとかなんとか言ってたっけ……バカだよな、ここまで至れり尽くせり揃えてくれるやつが俺を傷めつけていたなんて、辻褄が合わないじゃないか」

そう呟いてフフッと笑った。

俺はジルを思い出す時、なぜかあまり涙は出ない。
はじめこそ、立ち上がれないほどの衝撃と悲しみに打ちのめされたけれど、それが過ぎ去り、一緒に住んでいた場所を離れて来てからは、思い出しては微笑むようになった。

一緒にいる。

そう思えてならないのだ。

木の幹に背を預け、座り込んだ。
そろそろ夜になる。
火を焚いて、野宿の準備をしなければならない。
眠らずに夜通し歩くのは俺には無理だ。

リュックから敷物を出し、その上にリュックを置いた。そして周りから燃えやすい木くずを集め、火をおこす。

「まったく……」

俺はまた一人で笑った。

信じられないことだが、俺は指先で火をおこせるのだ。
半分淫魔になったからだろうか。
できることに気づいたのは、ジルに狩りや、ここでの生活の知恵を教えてもらっている最中だった。

『ん?……アラトたちって、火を魔法でつけないの?』

ぽかんとして意外そうに尋ねてきたジルに、俺ははじめ何と答えればいいのかわからなかった。

キャンプなどの経験で、外で火をつけたこともあるが、それでさえも着火剤や買ってきた薪があってこそだったのだ、そして最低でもマッチは必要なのだ。

『つまりここでは何か道具があるのではなくて、ジル達は魔法で火をつけるってこと?』

俺の問いにジルは困ったようにうなずいた。
これでは獲物を取れたとしても、料理することすらむつかしいじゃないかと、ジルは俺の行く末を案じた。

『まあ……そのさ、お前たちの魔法を見せてくれよ、どんなふうに火が出てくるんだ?』

頼むとジルはお安い御用とばかりに、指先から炎を出した。
指先にちょこんと乗ったかわいらしい炎は生き物のようにゆらゆらと揺らめいた。

『マジか……』

俺は面喰い、そして、やっぱりここはファンタジー世界であって、この森は龍が統べる森だし彼は淫魔なのだと再認識したものだ。

そして俺は、もうどうにでもなれとばかりに「えい」と指先を差し出し「炎」と念じた。

『は?』

ジルの美しいアーモンド型の瞳が真ん丸に見開かれた。

『出来た……ね』
『うん』

俺はどうやら、軽い魔法すら扱えるようになっていたらしい。
自分でも知らぬ間に。

それからは色々と試した、
大好きな魚釣りでも、竿を使わずに指先で狙いを定めて水を操り、魚を空に浮かせたし、洗いたての濡れた服を風をおこして乾かすこともできた。

そのたびにジルは笑顔になって無邪気に喜んだ。

これで僕がいなくなっても大丈夫だねって、そういって。




俺はまた知らずに微笑んでいた。

ジルを思い出すたびに、俺は笑顔になれるんだ。
残してくれた思い出がたくさんあって、飽きなかった。




その時、がさり……と葉を踏む音が聞こえ、俺はハッと身構えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

冥府への案内人

伊駒辰葉
BL
 !注意!  タグはBLになってますが、百合もフツーも入り交じってます。  地雷だという方は危険回避してください。  ガッツリなシーンがあります。 主人公と取り巻く人々の物語です。 群像劇というほどではないですが、登場人物は多めです。 20世紀末くらいの時代設定です。 ファンタジー要素があります。 ギャグは作中にちょっと笑えるやり取りがあるくらいです。 全体的にシリアスです。 色々とガッツリなのでR-15指定にしました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

確率は100

春夏
BL
【完結しました】【続編公開中】 現代日本で知り合った2人が異世界で再会してイチャラブしながら冒険を楽しむお話。再会は6章。1話は短めです。Rは3章の後半から、6章からは固定カプ。※つけてます。5話くらいずつアップします。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

処理中です...