俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第三章  新たなる地

ジルの残したもの

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 俺が向かったのは、絶望の思念が飛んできたあの方角だった。
それは太陽の登る方角だ。
あちらに行けば、何かわかるかもしれない。
はじめはそんな単純な理由からだった。

だけど、この森は深くそして広大だと、ジルから何度も聞かされた。
龍のように空を飛んでいかないと、とてもではないけれど抜けることは無理だろうと。

だけど俺はもちろん飛べない。

ならば、歩くしかないじゃないか。

俺はリュックに詰めるだけ詰めた干し肉を一つ取り出して噛み始める。
はじめ、ジルは決して俺に狩りをさせなかった。
そっとどこからか小さな獲物を取ってきて、そして焼いてから俺の前に差し出してくれたものだ。

淫魔は人の夢の中に入ることができる。
俺の記憶を見たに違いない。
俺の住んでいた環境を知って、狩りを知らないことも、狩りをしなくとも生きていける生活であったことも、理解したのだろう。

はじめはそれに疑問を思わず受け入れていた俺も、さすがに月日に経つうちに違和感を覚えてきたのだ。
そして、俺にも狩りを教えてほしいとそう願い出た。

ジルは真ん丸な目をして何も言わずしばらく黙っていた。

『アラトにそんなこと耐えられるのかな……君は小動物を愛すべきものだと思っているはずなのに』

そういって悲し気に目を伏せた。

家で飼っていた愛犬の記憶……なるほどそういう理由でジルは俺から狩りを遠ざけていたのかと理解した。

『それよりも、そういうことをしている僕をアラトに見られたくないから』

少し恥ずかしそうにそう付け加えたジル。

俺はその時のことを思い出して小さく微笑んだ。
可愛かったジル。

その時、ほのかな花の匂いが漂ってきた。
ジルが僕を見つめる時に微かに漂わせていたあの匂い。
あれはきっと淫魔の催淫の力だったのだろう。

……?

俺はふと立ちどまった。

「え? なんでここで……この匂いが??」

俺は辺りを見渡した。
そしてもう一度くんくんと嗅いでみる。

「あっちか?」

ジルの匂いを思い出したわけではない、これは確かにこの近くにこの匂いを発するものがあるようだった。

なるべく音を立てず、静かに歩く。
木々の枝がはじける音さえ立てないよう、細心の注意を払って前に進む。

そして、除き見た茂みの中に横たわる一人の少年を発見した。

金色の真っすぐな髪を後ろで束ね、そして白く滑らかな肌には汗が浮かび、苦しそうな息をしている美しい少年だった。

一瞬ジルかと思ったが、よく見たら……似てはいるがまったく違う。
だけど、辺りに濃く漂う独特の匂いからして、この少年も淫魔であることは間違いないだろう。
で、あるとしたら、ジルの仲間なのかもしれない。

「……あの」

俺はためらいがちに小さな声で呼びかけた。

苦し気に呻きながら、少年はこちらを見た。
そして、俺の顔をじっと見て、涙を一筋流した。

「え……と……」

俺はどう声をかけていいのかわからず、そしてこれ以上近寄っていいかもわからないまま立ちすくんだ。

「あなた様は……ジル……様の……」
「やっぱり!君はジルの仲間なのか?」

俺は彼からはっきりとジルという名前が出てくるのを聞いて、我慢が出来ず彼に走り寄った。

「……こんなに……近寄っても、催淫されないなんて。あなたはもう半分……淫魔なのですね」


少年は悲し気に微笑んだ。




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