15 / 196
第二章 遠くの国
思いは届かないまま
しおりを挟む
紗国王・真湖紗はあれから80年余りも生きた。
今年、齢149歳。
狐族の寿命は通常長くても100歳前後、白銀の王の化け物じみたその年齢に多くの人は眉を顰めた。
しかし、人々が白銀の王を胡乱な目で見るのにはもう一つの理由があった。
王はあきらかに暴君の類だったからだ。
おとぎ話であるはずの「お嫁様探し」を止めずに、149年を生きてきたのだ。
彼曰く、26歳のころ空間の裂け目を肌に感じたという。
しかし、その方角には深い深い森があるのみ。
万が一王が言うようにその森の中にお嫁様が異世界から現れていたとしても、生身の人間がその森の中で暮らしていけるはずもない。
一晩も経たぬうちに、命を散らしただろうと予測された。
それはなぜか。
その森は龍が統べる森といわれる魔物が棲む場所であるからだ。
龍を筆頭に、魔族しかいないその場所は未開の地だ、人が足を踏み入れていい場所ではない。
人々への祝福はないのだ。
「ここから先にはもはや行けませぬ、陛下」
近衛は膝を地につけ、頭を下げた。
部下をこれ以上失うのはごめんだ。
誰もが思うその気持ちに、彼を止めるものはいない。
「そうか……そうか」
真湖紗王は切なげな視線を宙に舞わせ、そして傍らに立つ麒麟の背を撫でた。
長く生きてしまった彼のそばにはもう、見知ったものはほとんどいない。
すべての役職が代替わりしてしまった、今、真湖紗の心に寄り添ってくれるべきものはいないに等しかった。
誰もが彼を恐れ、恐れるあまりにおとなしく付いてくる。
「我も、さすがに、疲れたのう」
深い森の中、天幕を張るためだけに木を伐採し、無理やり広げたその空間で、真湖紗王ははじめて人々の前で倒れた。
麒麟の姿で付き添っていた栄は静かに涙を流しながら、真湖紗王を守るようにそばに座り、そして大きな羽で王を隠した。
周囲の人々は驚いたが、誰も王を心配しなかった。
そのような力が残っていなかったのだ。
皆、心身ともに疲れ果て、王の見果てぬ夢に従うだけの日々にあきれ果てていた。
その夜、静かに息を引き取った真湖紗王の訃報は、瞬く間に国内に、そして諸外国にも伝えられた。
国民はみな、涙を流して喜んだという。
これで、また美しい紗国が取り戻せると、だれもがほっとしたのだ。
その後すぐに即位した新王は、真湖紗王が食いつくした紗国を必死になって復活させたという。
◆
真湖紗王が倒れたその場所は、意外なことにアラトがいた場所からそれほど離れていなかった。
しかし、切り立った谷がその間にあった。
ここまで付き従っていた優秀な部将たちは、飛翔で飛び越えることは出来たかもしれないが、谷底から時折吹き荒れる上昇気流が複雑な空気の流れを作っていて、難所になっていた。
もう少しで会えた……とまではいかないまでも、真湖紗はアラトの元に確実に近づいていたのだ。
約150年もの歳月をかけて……である。
人としてできるだけの努力をもって、彼は深い森に挑んだ。
その挑戦で無くしたものはどれほどのものであったか。
数々の命が見たこともない魔物たちの餌食となってしまった。
そして、国民たちの税はこの遠征のために湯水のように使われたため、かれの二つ名はもはや「白銀」ではなく、「愚王」となっていた。
そして、その長きにわたる寿命のほぼすべてをアラト探しに奔走した真湖紗は、深い森の中で力尽きた。
その瞬間、魂の片割れであったアラトの心に消失という絶望が襲ったのだ。
アラトが地に伏してしまうほどのその衝撃は、他の誰にも理解できないものだったかもしれない。
紗国の運命の二人は、ついに相まみえることなく王の死によって完全に分断されてしまった。
そして……運命の人についに会うことの叶わなかったアラトは、自分がなぜこの異世界にくることになったのかも知らないまま、淫魔の愛を受け入れたのだ。
今年、齢149歳。
狐族の寿命は通常長くても100歳前後、白銀の王の化け物じみたその年齢に多くの人は眉を顰めた。
しかし、人々が白銀の王を胡乱な目で見るのにはもう一つの理由があった。
王はあきらかに暴君の類だったからだ。
おとぎ話であるはずの「お嫁様探し」を止めずに、149年を生きてきたのだ。
彼曰く、26歳のころ空間の裂け目を肌に感じたという。
しかし、その方角には深い深い森があるのみ。
万が一王が言うようにその森の中にお嫁様が異世界から現れていたとしても、生身の人間がその森の中で暮らしていけるはずもない。
一晩も経たぬうちに、命を散らしただろうと予測された。
それはなぜか。
その森は龍が統べる森といわれる魔物が棲む場所であるからだ。
龍を筆頭に、魔族しかいないその場所は未開の地だ、人が足を踏み入れていい場所ではない。
人々への祝福はないのだ。
「ここから先にはもはや行けませぬ、陛下」
近衛は膝を地につけ、頭を下げた。
部下をこれ以上失うのはごめんだ。
誰もが思うその気持ちに、彼を止めるものはいない。
「そうか……そうか」
真湖紗王は切なげな視線を宙に舞わせ、そして傍らに立つ麒麟の背を撫でた。
長く生きてしまった彼のそばにはもう、見知ったものはほとんどいない。
すべての役職が代替わりしてしまった、今、真湖紗の心に寄り添ってくれるべきものはいないに等しかった。
誰もが彼を恐れ、恐れるあまりにおとなしく付いてくる。
「我も、さすがに、疲れたのう」
深い森の中、天幕を張るためだけに木を伐採し、無理やり広げたその空間で、真湖紗王ははじめて人々の前で倒れた。
麒麟の姿で付き添っていた栄は静かに涙を流しながら、真湖紗王を守るようにそばに座り、そして大きな羽で王を隠した。
周囲の人々は驚いたが、誰も王を心配しなかった。
そのような力が残っていなかったのだ。
皆、心身ともに疲れ果て、王の見果てぬ夢に従うだけの日々にあきれ果てていた。
その夜、静かに息を引き取った真湖紗王の訃報は、瞬く間に国内に、そして諸外国にも伝えられた。
国民はみな、涙を流して喜んだという。
これで、また美しい紗国が取り戻せると、だれもがほっとしたのだ。
その後すぐに即位した新王は、真湖紗王が食いつくした紗国を必死になって復活させたという。
◆
真湖紗王が倒れたその場所は、意外なことにアラトがいた場所からそれほど離れていなかった。
しかし、切り立った谷がその間にあった。
ここまで付き従っていた優秀な部将たちは、飛翔で飛び越えることは出来たかもしれないが、谷底から時折吹き荒れる上昇気流が複雑な空気の流れを作っていて、難所になっていた。
もう少しで会えた……とまではいかないまでも、真湖紗はアラトの元に確実に近づいていたのだ。
約150年もの歳月をかけて……である。
人としてできるだけの努力をもって、彼は深い森に挑んだ。
その挑戦で無くしたものはどれほどのものであったか。
数々の命が見たこともない魔物たちの餌食となってしまった。
そして、国民たちの税はこの遠征のために湯水のように使われたため、かれの二つ名はもはや「白銀」ではなく、「愚王」となっていた。
そして、その長きにわたる寿命のほぼすべてをアラト探しに奔走した真湖紗は、深い森の中で力尽きた。
その瞬間、魂の片割れであったアラトの心に消失という絶望が襲ったのだ。
アラトが地に伏してしまうほどのその衝撃は、他の誰にも理解できないものだったかもしれない。
紗国の運命の二人は、ついに相まみえることなく王の死によって完全に分断されてしまった。
そして……運命の人についに会うことの叶わなかったアラトは、自分がなぜこの異世界にくることになったのかも知らないまま、淫魔の愛を受け入れたのだ。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い


確率は100
春夏
BL
【完結しました】【続編公開中】
現代日本で知り合った2人が異世界で再会してイチャラブしながら冒険を楽しむお話。再会は6章。1話は短めです。Rは3章の後半から、6章からは固定カプ。※つけてます。5話くらいずつアップします。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる