俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第二章  遠くの国

思いは届かないまま

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 紗国王・真湖紗はあれから80年余りも生きた。
今年、齢149歳。

狐族の寿命は通常長くても100歳前後、白銀の王の化け物じみたその年齢に多くの人は眉を顰めた。

しかし、人々が白銀の王を胡乱な目で見るのにはもう一つの理由があった。

王はあきらかに暴君の類だったからだ。

おとぎ話であるはずの「お嫁様探し」を止めずに、149年を生きてきたのだ。

彼曰く、26歳のころ空間の裂け目を肌に感じたという。

しかし、その方角には深い深い森があるのみ。
万が一王が言うようにその森の中にお嫁様が異世界から現れていたとしても、生身の人間がその森の中で暮らしていけるはずもない。
一晩も経たぬうちに、命を散らしただろうと予測された。

それはなぜか。

その森は龍が統べる森といわれる魔物が棲む場所であるからだ。
龍を筆頭に、魔族しかいないその場所は未開の地だ、人が足を踏み入れていい場所ではない。

人々への祝福はないのだ。

「ここから先にはもはや行けませぬ、陛下」

近衛は膝を地につけ、頭を下げた。
部下をこれ以上失うのはごめんだ。
誰もが思うその気持ちに、彼を止めるものはいない。

「そうか……そうか」

真湖紗王は切なげな視線を宙に舞わせ、そして傍らに立つ麒麟の背を撫でた。

長く生きてしまった彼のそばにはもう、見知ったものはほとんどいない。
すべての役職が代替わりしてしまった、今、真湖紗の心に寄り添ってくれるべきものはいないに等しかった。

誰もが彼を恐れ、恐れるあまりにおとなしく付いてくる。

「我も、さすがに、疲れたのう」

深い森の中、天幕を張るためだけに木を伐採し、無理やり広げたその空間で、真湖紗王ははじめて人々の前で倒れた。

麒麟の姿で付き添っていた栄は静かに涙を流しながら、真湖紗王を守るようにそばに座り、そして大きな羽で王を隠した。

周囲の人々は驚いたが、誰も王を心配しなかった。
そのような力が残っていなかったのだ。
皆、心身ともに疲れ果て、王の見果てぬ夢に従うだけの日々にあきれ果てていた。

その夜、静かに息を引き取った真湖紗王の訃報は、瞬く間に国内に、そして諸外国にも伝えられた。

国民はみな、涙を流して喜んだという。
これで、また美しい紗国が取り戻せると、だれもがほっとしたのだ。

その後すぐに即位した新王は、真湖紗王が食いつくした紗国を必死になって復活させたという。






 真湖紗王が倒れたその場所は、意外なことにアラトがいた場所からそれほど離れていなかった。

しかし、切り立った谷がその間にあった。

ここまで付き従っていた優秀な部将たちは、飛翔で飛び越えることは出来たかもしれないが、谷底から時折吹き荒れる上昇気流が複雑な空気の流れを作っていて、難所になっていた。

もう少しで会えた……とまではいかないまでも、真湖紗はアラトの元に確実に近づいていたのだ。

約150年もの歳月をかけて……である。

人としてできるだけの努力をもって、彼は深い森に挑んだ。
その挑戦で無くしたものはどれほどのものであったか。

数々の命が見たこともない魔物たちの餌食となってしまった。
そして、国民たちの税はこの遠征のために湯水のように使われたため、かれの二つ名はもはや「白銀」ではなく、「愚王」となっていた。

そして、その長きにわたる寿命のほぼすべてをアラト探しに奔走した真湖紗は、深い森の中で力尽きた。

その瞬間、魂の片割れであったアラトの心に消失という絶望が襲ったのだ。
アラトが地に伏してしまうほどのその衝撃は、他の誰にも理解できないものだったかもしれない。

紗国の運命の二人は、ついに相まみえることなく王の死によって完全に分断されてしまった。




そして……運命の人についに会うことの叶わなかったアラトは、自分がなぜこの異世界にくることになったのかも知らないまま、淫魔の愛を受け入れたのだ。



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