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第一章 忘れえぬ人
俺が愛したのは
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やわらかなジルの身体の暖かさが愛しい。
「俺の心の中に、お前が住めばいい、そうすれば、俺達はずっと二人だ。……俺はお前を心に抱いたまま、寿命が来るまで強く生きると約束するよ……そして俺も死ぬ時に、一緒に空から見れたらいいな。俺たちが残したものを」
ジルの小さくて美しい指が俺の胸を撫でた。
「アラトの心に……僕が入るってこと?」
「お前を抱えたまま、俺は生きる。そうすればきっと、寂しくないよ、だって一人じゃないからな……どんな生き物だっていずれは寿命が来るものだろう?この世界だってそれは同じじゃないのか?……それが魔物であろうと人であろうと」
「うん……そうだね……」
「お前は最近、俺のために食料を貯めるようになっただろう?」
「それは……」
小さく震えるジルを優しく撫でながら微笑んだ。
「俺のために、いつ自分がいなくなってもいいように……じゃないのか?」
こらえていた涙をこぼして、ジルは必死に俺にしがみついてきた。
「怖いんだよ……アラト……君を残していくのが」
「俺が先には逝けないって決まってるみたいだな」
苦笑した俺はジルの柔らかい髪の毛を指先に巻きつけて、梳いた。
「……ごめんなさい、アラト」
「どうして謝るんだ?」
「僕……長い時間をかけて君を変えてきたんだ……君が僕よりも長く生きるように……すぐに死んでしまわないように……」
「……そうか」
「怒らないの?」
「お前は耐えられなかったんだろう?俺が先に死んでしまうことが」
「だからって……やっちゃいけなかった……ごめんなさい……」
「……俺は、魔法とか魔術とか魔力とか……そういうのが無い世界から来たからさ、正直わかんないんだけど……俺の寿命を長くするってどうやったんだ?」
ジルは俺の顔を見上げて薄く微笑んだ。
その笑い方は、妹のシモンヌと似ていた。
「僕の魔力を少しずつ、君にわけていって……それから、魂の形を変えたんだ」
「魂の形?」
「うん……僕たち淫魔は、他の種族に子孫を産んでもらうけど、生まれてくる子を必ず淫魔にするために、胎児のうちに魂の形を変えるんだ。淫魔の魂にね……僕たち以外で魂の形が見えるのは、たぶんだけど……龍族くらいじゃないかな」
「へぇ……」
俺はあまりにも理解不能なことを言われて、間の抜けた返事しかできなかった。
それにつられて明るい笑顔を見せたジルを見て、ほっとする。
「だからね、魂の形を変えること自体は得意分野なんだ」
「じゃあ、俺は淫魔になったってこと?」
「んと……そうじゃないんだ……」
そして俺の身体をじっと見つめてジルはゆっくりと口を開いた。
「あのね、はじめてアラトを見つけた時、アラトの魂は半分しかなかったんだ……まるで、1つだったものを半分にもぎ取ったみたいな、痛々しい……いびつな形だった」
「半分?」
俺は思わず視線を落とし、自分を身体を眺めた。
「そう……だからはじめは、その魂の足りない部分を埋めるように手を加えたんだ、なにしろ半分を補うわけだから、時間がかかったけどね」
「なるほど」
「そしたらね……アラトから生命力がほとばしるようになったんだよ。寿命が長くなったのは僕の魔力を注いだってだけの理由じゃなくて……魂が元の形に戻ったからなのかな」
「俺はいま……何歳なんだ?」
「それは……えと……あれから……あの出会った日から……」
ジルの泣いた跡のある美しく儚い顔をじっと見つめた。
「120年ぐらいは経ってるよ」
「は?」
俺はあんぐりと口を開けてジルを凝視した。
「うん、えっと……そうだよね……驚くよね……時間が過ぎることに鈍感になるような、そんな魔術をかけたんだ、そこは僕の責任なんだ」
なるほど……だから、日本にいた頃のいろんな記憶が薄れて行ってるんだな……
「それから……僕は逆にもう……そろそろかなって」
ジルはすべてを諦めたように微笑んだ。
「……それはもう、どうしようもないってことなんだな?」
「これだけは、抗えないよね」
「そうか……」
俺はもう一度ジルをしっかりと抱き寄せた。
胸にすがりつくジルを心から愛しいと思う。
俺はどうやら、魂のレベルで身体を作り変えられ、人間とは思えない年月を生きることになったらしいが……それさえもこの愛しい人からの贈り物だ、そう思うと嬉しく感じた。
「お前はもう、俺の一部だよジル」
「うん」
「心の中にずっといてくれ、俺はこの森を出て、お前にいろいろなものを見せてやる」
「……ん」
「これから先も一緒に、生きよう……な。ジル。……だから、俺の中にいろ」
「……ん」
「お前なら、できるだろう?俺の中に入るぐらい」
「……思いを残すことぐらいなら、きっと」
俺の中で震えて泣くジルを抱きしめながら、俺は視線を遠くにやった。
この森を出て、生きていく……
どこかの国に行くのではなくて、自分の国を作ってやる。
いつか、友達と遊んだあのゲームのように。
俺の子孫が増えて栄えた国を見てみたい。
どうしてだろう……胸が熱くなってくる。
こんなふうに将来を考えるなんて、経験がなかった。
今までは、ただなんとなくその日をやり過ごす、それが生きるってことだったから。
だけど俺には目標ができた。
俺はこいつと……国を作る。
淫魔を心に住まわせた人間が初代王……ハハ……なかなか中二病設定だよな。
すっかり闇に包まれた深い森の中、龍が上空を飛んでいく気配が感じられた。
いつか、あんなふうな絶対王者に。
俺は今日から、澄川新人じゃない。
阿羅彦だ……勇者だからな……。
頭の片隅に、友の笑顔が浮かんだ。
その笑顔に励まされて、俺はジルをきつく抱きしめた。
愛を込めて。
「俺の心の中に、お前が住めばいい、そうすれば、俺達はずっと二人だ。……俺はお前を心に抱いたまま、寿命が来るまで強く生きると約束するよ……そして俺も死ぬ時に、一緒に空から見れたらいいな。俺たちが残したものを」
ジルの小さくて美しい指が俺の胸を撫でた。
「アラトの心に……僕が入るってこと?」
「お前を抱えたまま、俺は生きる。そうすればきっと、寂しくないよ、だって一人じゃないからな……どんな生き物だっていずれは寿命が来るものだろう?この世界だってそれは同じじゃないのか?……それが魔物であろうと人であろうと」
「うん……そうだね……」
「お前は最近、俺のために食料を貯めるようになっただろう?」
「それは……」
小さく震えるジルを優しく撫でながら微笑んだ。
「俺のために、いつ自分がいなくなってもいいように……じゃないのか?」
こらえていた涙をこぼして、ジルは必死に俺にしがみついてきた。
「怖いんだよ……アラト……君を残していくのが」
「俺が先には逝けないって決まってるみたいだな」
苦笑した俺はジルの柔らかい髪の毛を指先に巻きつけて、梳いた。
「……ごめんなさい、アラト」
「どうして謝るんだ?」
「僕……長い時間をかけて君を変えてきたんだ……君が僕よりも長く生きるように……すぐに死んでしまわないように……」
「……そうか」
「怒らないの?」
「お前は耐えられなかったんだろう?俺が先に死んでしまうことが」
「だからって……やっちゃいけなかった……ごめんなさい……」
「……俺は、魔法とか魔術とか魔力とか……そういうのが無い世界から来たからさ、正直わかんないんだけど……俺の寿命を長くするってどうやったんだ?」
ジルは俺の顔を見上げて薄く微笑んだ。
その笑い方は、妹のシモンヌと似ていた。
「僕の魔力を少しずつ、君にわけていって……それから、魂の形を変えたんだ」
「魂の形?」
「うん……僕たち淫魔は、他の種族に子孫を産んでもらうけど、生まれてくる子を必ず淫魔にするために、胎児のうちに魂の形を変えるんだ。淫魔の魂にね……僕たち以外で魂の形が見えるのは、たぶんだけど……龍族くらいじゃないかな」
「へぇ……」
俺はあまりにも理解不能なことを言われて、間の抜けた返事しかできなかった。
それにつられて明るい笑顔を見せたジルを見て、ほっとする。
「だからね、魂の形を変えること自体は得意分野なんだ」
「じゃあ、俺は淫魔になったってこと?」
「んと……そうじゃないんだ……」
そして俺の身体をじっと見つめてジルはゆっくりと口を開いた。
「あのね、はじめてアラトを見つけた時、アラトの魂は半分しかなかったんだ……まるで、1つだったものを半分にもぎ取ったみたいな、痛々しい……いびつな形だった」
「半分?」
俺は思わず視線を落とし、自分を身体を眺めた。
「そう……だからはじめは、その魂の足りない部分を埋めるように手を加えたんだ、なにしろ半分を補うわけだから、時間がかかったけどね」
「なるほど」
「そしたらね……アラトから生命力がほとばしるようになったんだよ。寿命が長くなったのは僕の魔力を注いだってだけの理由じゃなくて……魂が元の形に戻ったからなのかな」
「俺はいま……何歳なんだ?」
「それは……えと……あれから……あの出会った日から……」
ジルの泣いた跡のある美しく儚い顔をじっと見つめた。
「120年ぐらいは経ってるよ」
「は?」
俺はあんぐりと口を開けてジルを凝視した。
「うん、えっと……そうだよね……驚くよね……時間が過ぎることに鈍感になるような、そんな魔術をかけたんだ、そこは僕の責任なんだ」
なるほど……だから、日本にいた頃のいろんな記憶が薄れて行ってるんだな……
「それから……僕は逆にもう……そろそろかなって」
ジルはすべてを諦めたように微笑んだ。
「……それはもう、どうしようもないってことなんだな?」
「これだけは、抗えないよね」
「そうか……」
俺はもう一度ジルをしっかりと抱き寄せた。
胸にすがりつくジルを心から愛しいと思う。
俺はどうやら、魂のレベルで身体を作り変えられ、人間とは思えない年月を生きることになったらしいが……それさえもこの愛しい人からの贈り物だ、そう思うと嬉しく感じた。
「お前はもう、俺の一部だよジル」
「うん」
「心の中にずっといてくれ、俺はこの森を出て、お前にいろいろなものを見せてやる」
「……ん」
「これから先も一緒に、生きよう……な。ジル。……だから、俺の中にいろ」
「……ん」
「お前なら、できるだろう?俺の中に入るぐらい」
「……思いを残すことぐらいなら、きっと」
俺の中で震えて泣くジルを抱きしめながら、俺は視線を遠くにやった。
この森を出て、生きていく……
どこかの国に行くのではなくて、自分の国を作ってやる。
いつか、友達と遊んだあのゲームのように。
俺の子孫が増えて栄えた国を見てみたい。
どうしてだろう……胸が熱くなってくる。
こんなふうに将来を考えるなんて、経験がなかった。
今までは、ただなんとなくその日をやり過ごす、それが生きるってことだったから。
だけど俺には目標ができた。
俺はこいつと……国を作る。
淫魔を心に住まわせた人間が初代王……ハハ……なかなか中二病設定だよな。
すっかり闇に包まれた深い森の中、龍が上空を飛んでいく気配が感じられた。
いつか、あんなふうな絶対王者に。
俺は今日から、澄川新人じゃない。
阿羅彦だ……勇者だからな……。
頭の片隅に、友の笑顔が浮かんだ。
その笑顔に励まされて、俺はジルをきつく抱きしめた。
愛を込めて。
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