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第一章 忘れえぬ人
遠くにあって届かないもの
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その日の俺は身体の力が抜け落ちるほどの突然の悲しみ、そしてジルの妹との邂逅と……
あまりにも色々とありすぎて、心の整理がつかなかった。
だから、森の獣を狩ってきてくれたジルの目をまっすぐに見つめられなかった。
俺の態度に戸惑ったジルは一瞬身体を強張らせたが、そんな俺を黙ってそっとしておいてくれた。
あたりが暗くなってきた。
部屋を灯す明かりを付けたジルが、ボウっと浮かび上がる。
華奢な身体は少年のようで、まもなく寿命を迎えるようにはとても見えない。
「なあ、ジル」
「ん?」
ジルは、俺の様子がおかしいことなんて感じていないよ?というさり気ない風を装って振り向いた。
「どうかしたの?」
「うん……あのさ……聞きたいんだけど」
ジルは一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐに元の表情に戻ってにこりと微笑んだ。
「何を?」
「えと……あっちの方には何がある?」
俺は身体が引き裂かれるようなあの衝撃が襲ってきた方角を指差した。
「え?」
ジルは怪訝な顔でその方角を見つめた。
「何って言われても……」
「近くのことじゃないんだ、この森の向こうのもっと遠く、何があるかジルは知ってる?」
「森を抜けて、その先ってこと?」
「ああ、そうだ」
ジルは笑顔を引っ込めて真顔でじっと俺の顔を見つめた。
「どうして?」
「……」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「今日……実は……その方角から、俺に向けて思念が飛んできたんだ……こんな伝え方でわかってもらえるかどうか……だけど本当にあれは、人の思いだった。俺のことを思う気持ちだった」
ジルのぷっくりとしたつややかな唇が少しだけ動いた。
「思念……?誰の?」
「わからない……でも、たったひとつわかるのは……」
ジルは不安げな表情を深めて、俺からそっと目をそらした。
「その思いの持ち主が、どうやら死んだってこと……かな」
「……どういうこと?」
力が抜け落ちたようにポスンとベッドに腰掛けたジルは、先程俺が指差した方角をもう一度見つめた。
「アラトがここに……この世界に渡ってきたことを知っている者が、この先の地にいたということ?……そんなバカな」
「そうだよな……俺にも馬鹿げた質問だってことはわかってるんだけど」
不安げに座るジルは、いつもより余計に小さく感じた。
そんな心境にさせてしまうようなことを言ってしまったのは俺だ。
「ごめん、ジル、不安にさせたかったわけじゃないんだ。ただ、それを感じた時、体中から力が抜けて、地面に突っ伏したものだから」
「え?倒れたの?」
「ん」
「だいじょうぶなの?」
「ああ、特に、身体に影響は残ってないよ」
俺はジルの隣に腰掛けて頬にキスをした。
「心配するな」
「……うん」
少し頬を赤らめて俺を見上げたジルの唇を一瞬舐めた。
「あのね、アラト……僕も詳しくは知らないんだけど。エルフに聞いたことがあるんだ……さっきアラトが指差した方角には、獣人たちの国があるんだよ、国っていっても1つや2つじゃなくて、いくつもあるみたい、海を渡った先にも」
「獣人……」
「そう、狐や蛇や、獅子、熊なんかのね……それで、たぶんだけどその方角には、狐の国があるんじゃなかったかな?……僕は行ったことないけど」
「……狐」
俺の生きてきた世界には獣人なんていなかった。
目の前にいるのが魔物である淫魔なんだから、ここは元いたところの常識ではファンタジーに分類されるんだろうけど。
それにしても狐?狐の獣人って……
「ケモ耳……あるのかな?」
俺は思わずつぶやいてフっと笑った。
「ケモミミ?」
可愛らしい声で俺の言った言葉を復唱するジルにもう一度キスしてから、囁いた。
「そんなふうに、不安になるな。ジル」
「……ん」
「俺はずっと一緒にいてやるから」
「……どういう……意味?」
「ずっと考えていた……もしかして俺は、人の寿命では考えられないほど長くここにいるんじゃないのか?……俺の頭がはっきりしないのは、そのせいじゃないのか?って」
「……アラト」
怯えた顔で俺から離れようとしたジルをきつく抱き寄せて、耳元に口を近づけた。
「……そして、俺たちはもう寿命を迎えようとしているんじゃないのか?」
「ちがっ!」
暴れて離れようとするジルをさらにきつく抱きしめたまま俺は言った。
「もしも……俺よりもお前が先に逝くっていうのなら……俺の中で生きろ、ジル」
「え?」
腕の中で身を固くしたジルの背を優しく撫でた。
あまりにも色々とありすぎて、心の整理がつかなかった。
だから、森の獣を狩ってきてくれたジルの目をまっすぐに見つめられなかった。
俺の態度に戸惑ったジルは一瞬身体を強張らせたが、そんな俺を黙ってそっとしておいてくれた。
あたりが暗くなってきた。
部屋を灯す明かりを付けたジルが、ボウっと浮かび上がる。
華奢な身体は少年のようで、まもなく寿命を迎えるようにはとても見えない。
「なあ、ジル」
「ん?」
ジルは、俺の様子がおかしいことなんて感じていないよ?というさり気ない風を装って振り向いた。
「どうかしたの?」
「うん……あのさ……聞きたいんだけど」
ジルは一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐに元の表情に戻ってにこりと微笑んだ。
「何を?」
「えと……あっちの方には何がある?」
俺は身体が引き裂かれるようなあの衝撃が襲ってきた方角を指差した。
「え?」
ジルは怪訝な顔でその方角を見つめた。
「何って言われても……」
「近くのことじゃないんだ、この森の向こうのもっと遠く、何があるかジルは知ってる?」
「森を抜けて、その先ってこと?」
「ああ、そうだ」
ジルは笑顔を引っ込めて真顔でじっと俺の顔を見つめた。
「どうして?」
「……」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「今日……実は……その方角から、俺に向けて思念が飛んできたんだ……こんな伝え方でわかってもらえるかどうか……だけど本当にあれは、人の思いだった。俺のことを思う気持ちだった」
ジルのぷっくりとしたつややかな唇が少しだけ動いた。
「思念……?誰の?」
「わからない……でも、たったひとつわかるのは……」
ジルは不安げな表情を深めて、俺からそっと目をそらした。
「その思いの持ち主が、どうやら死んだってこと……かな」
「……どういうこと?」
力が抜け落ちたようにポスンとベッドに腰掛けたジルは、先程俺が指差した方角をもう一度見つめた。
「アラトがここに……この世界に渡ってきたことを知っている者が、この先の地にいたということ?……そんなバカな」
「そうだよな……俺にも馬鹿げた質問だってことはわかってるんだけど」
不安げに座るジルは、いつもより余計に小さく感じた。
そんな心境にさせてしまうようなことを言ってしまったのは俺だ。
「ごめん、ジル、不安にさせたかったわけじゃないんだ。ただ、それを感じた時、体中から力が抜けて、地面に突っ伏したものだから」
「え?倒れたの?」
「ん」
「だいじょうぶなの?」
「ああ、特に、身体に影響は残ってないよ」
俺はジルの隣に腰掛けて頬にキスをした。
「心配するな」
「……うん」
少し頬を赤らめて俺を見上げたジルの唇を一瞬舐めた。
「あのね、アラト……僕も詳しくは知らないんだけど。エルフに聞いたことがあるんだ……さっきアラトが指差した方角には、獣人たちの国があるんだよ、国っていっても1つや2つじゃなくて、いくつもあるみたい、海を渡った先にも」
「獣人……」
「そう、狐や蛇や、獅子、熊なんかのね……それで、たぶんだけどその方角には、狐の国があるんじゃなかったかな?……僕は行ったことないけど」
「……狐」
俺の生きてきた世界には獣人なんていなかった。
目の前にいるのが魔物である淫魔なんだから、ここは元いたところの常識ではファンタジーに分類されるんだろうけど。
それにしても狐?狐の獣人って……
「ケモ耳……あるのかな?」
俺は思わずつぶやいてフっと笑った。
「ケモミミ?」
可愛らしい声で俺の言った言葉を復唱するジルにもう一度キスしてから、囁いた。
「そんなふうに、不安になるな。ジル」
「……ん」
「俺はずっと一緒にいてやるから」
「……どういう……意味?」
「ずっと考えていた……もしかして俺は、人の寿命では考えられないほど長くここにいるんじゃないのか?……俺の頭がはっきりしないのは、そのせいじゃないのか?って」
「……アラト」
怯えた顔で俺から離れようとしたジルをきつく抱き寄せて、耳元に口を近づけた。
「……そして、俺たちはもう寿命を迎えようとしているんじゃないのか?」
「ちがっ!」
暴れて離れようとするジルをさらにきつく抱きしめたまま俺は言った。
「もしも……俺よりもお前が先に逝くっていうのなら……俺の中で生きろ、ジル」
「え?」
腕の中で身を固くしたジルの背を優しく撫でた。
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