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第一章 忘れえぬ人
遠くに感じたもの
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もうあれからどれくらい時が経ったのか、そんなことさえも考えなくなっていたある日。
俺はある方角から強烈な思念を感じた。
いつの日か、ジルと一緒に隠れて見た龍よりも、さらに強く俺の心に響くその念は俺の足から力を奪った。
たまらず地面に両膝を付いて……ずさりと身体を横たえた。
冷たい露を孕んだ下生えに身を預けたまま、その方角を凝視する。
見ようとするものは目の前の草や土なんかじゃない。
この森の先にあるものだ。
森の彼方にあるもの……
いや、違う。
何もない……
……違う、そうじゃなくて……今、たった今大切な何かが崩れ落ちた……そう感じたんだ。
どこか遠く……俺の知らない場所にあった俺の大切ななにか……
それが何なのかわからない。
この地において、ジルよりも大切なものがあろうはずがない。
その他の者とは関わってもいないのだから。
だけど、それは魂のレベルで俺の心を震わせて、目の前を暗くさせた。
憂鬱な悲しみが体中を駆け巡り、涙が頬を伝う。
例えばそれは……愛するものを失ったときに感じるような喪失感だ。
それが全身を襲って、身も心も悲しみからどうやっても立ち上げれない。
何に対して悲しんでいるのかもわからないまま、俺はしばらくそうやってむせび泣いた。
「あなたは……」
その時、すぐそばからきれいな女性の声が聞こえた。
「……誰?」
「ごめんなさい、少し離れますね」
そう言ってカサリと葉を踏む音は少し遠ざかった。
「私は、ジルの妹です」
「え?」
俺はようやくその重たい憂鬱から顔をそむけ、視線を女に合わせた。
暗い森を背に白い肌に金色の巻毛の女は俺を真剣な目で見つめていた。
確かにジルに似ていた。
「あの……お体が?どこか悪いのですか?」
「いや……」
地面に横たえたままの身体を無理やり起こし、座って、そしてもう一度あの方角を眺めた。
……あの衝撃は何だったのだろうか?
「そうじゃなく、何か……急に不安のような悲しみのようなものが心に飛び込んで来て……というか、君はジルの妹だって?本当に?」
「はい、シモンヌです。聞いてはいないのですか?」
「……ああ……ジルは仲間のことは何も言わない……じゃあ君も淫魔なのか?」
「はい……そうですが……あの、お顔の色が……何かお飲みになりますか?」
「んと……」
俺はあの強烈な心の痛みが急速に引いていくのを感じながら、同時に喉のひりつきを覚えた。
「うん……喉が乾いたみたい」
「ではこれを……」
シモンヌは上品な仕草で美しく輝くガラスの瓶を差し出した。
「たった今、エルフから買い求めたものです」
俺は、地面にそっと置かれたそのガラス瓶を手を伸ばして受け取り、蓋をひねった。
中を覗くと無臭だが虹色に輝くような不思議な透明感に溢れた液体に満たされていた。
「これは……エルフの飲み物なのか?」
「はい、森のしずくです。滋養に溢れているので、きっとあなたにも効くはずです」
「森のしずく……」
恐る恐る瓶に口を付けて、舌の上に少しだけ垂らす。
甘くて痺れるような滋味が身体を駆け巡り、そしてはっきりしなかった頭が急にシャキッと動き出すのを感じた。
身体の重さも、足から抜けていった力も完全に戻ってきたようだ。
俺は驚いて思わず立ち上がり、瓶を日に透かして中身を見つめた。
……なんだこの飲み物……
「あぁ良かった。森のしずくが効いたようですね」
「うん……ありがとう。これ、なんだかすごいね。効き目が抜群すぎるというか……怖いぐらいだ」
「ふふ……エルフの里にしか生えない植物から取る蜜なんですの。でも、あなたにはお兄様が与えていると思っていましたけど」
「ジルが?……いや、こんなのは覚えがないけど」
「……そうですか」
「というかこれ、大事なものでは?えと……口を付けてしまったけれど、返します」
俺は慌ててシモンヌに近寄ろうとした。
その俺の様子を見て、うろたえたように後ずさる彼女はどこか怯えたような目をしていた。
「え……」
「あの、お兄様には黙っていてくださいませ、私と会ったこと」
「……何か……理由があるんだね」
「はい、それから……それ以上、どうか近寄らないでください、あなたにはお兄様の魔力が満ちていて……その……」
シモンヌの身体は小刻みに震えていた。
俺は慌てて少し離れ、そして地面に瓶を置いた。
「とにかく……助けてくれて、ありがとう。さっきの衝撃がなんだったのかわからないけど、誰かがそばにいてくれて良かった」
俺はある方角から強烈な思念を感じた。
いつの日か、ジルと一緒に隠れて見た龍よりも、さらに強く俺の心に響くその念は俺の足から力を奪った。
たまらず地面に両膝を付いて……ずさりと身体を横たえた。
冷たい露を孕んだ下生えに身を預けたまま、その方角を凝視する。
見ようとするものは目の前の草や土なんかじゃない。
この森の先にあるものだ。
森の彼方にあるもの……
いや、違う。
何もない……
……違う、そうじゃなくて……今、たった今大切な何かが崩れ落ちた……そう感じたんだ。
どこか遠く……俺の知らない場所にあった俺の大切ななにか……
それが何なのかわからない。
この地において、ジルよりも大切なものがあろうはずがない。
その他の者とは関わってもいないのだから。
だけど、それは魂のレベルで俺の心を震わせて、目の前を暗くさせた。
憂鬱な悲しみが体中を駆け巡り、涙が頬を伝う。
例えばそれは……愛するものを失ったときに感じるような喪失感だ。
それが全身を襲って、身も心も悲しみからどうやっても立ち上げれない。
何に対して悲しんでいるのかもわからないまま、俺はしばらくそうやってむせび泣いた。
「あなたは……」
その時、すぐそばからきれいな女性の声が聞こえた。
「……誰?」
「ごめんなさい、少し離れますね」
そう言ってカサリと葉を踏む音は少し遠ざかった。
「私は、ジルの妹です」
「え?」
俺はようやくその重たい憂鬱から顔をそむけ、視線を女に合わせた。
暗い森を背に白い肌に金色の巻毛の女は俺を真剣な目で見つめていた。
確かにジルに似ていた。
「あの……お体が?どこか悪いのですか?」
「いや……」
地面に横たえたままの身体を無理やり起こし、座って、そしてもう一度あの方角を眺めた。
……あの衝撃は何だったのだろうか?
「そうじゃなく、何か……急に不安のような悲しみのようなものが心に飛び込んで来て……というか、君はジルの妹だって?本当に?」
「はい、シモンヌです。聞いてはいないのですか?」
「……ああ……ジルは仲間のことは何も言わない……じゃあ君も淫魔なのか?」
「はい……そうですが……あの、お顔の色が……何かお飲みになりますか?」
「んと……」
俺はあの強烈な心の痛みが急速に引いていくのを感じながら、同時に喉のひりつきを覚えた。
「うん……喉が乾いたみたい」
「ではこれを……」
シモンヌは上品な仕草で美しく輝くガラスの瓶を差し出した。
「たった今、エルフから買い求めたものです」
俺は、地面にそっと置かれたそのガラス瓶を手を伸ばして受け取り、蓋をひねった。
中を覗くと無臭だが虹色に輝くような不思議な透明感に溢れた液体に満たされていた。
「これは……エルフの飲み物なのか?」
「はい、森のしずくです。滋養に溢れているので、きっとあなたにも効くはずです」
「森のしずく……」
恐る恐る瓶に口を付けて、舌の上に少しだけ垂らす。
甘くて痺れるような滋味が身体を駆け巡り、そしてはっきりしなかった頭が急にシャキッと動き出すのを感じた。
身体の重さも、足から抜けていった力も完全に戻ってきたようだ。
俺は驚いて思わず立ち上がり、瓶を日に透かして中身を見つめた。
……なんだこの飲み物……
「あぁ良かった。森のしずくが効いたようですね」
「うん……ありがとう。これ、なんだかすごいね。効き目が抜群すぎるというか……怖いぐらいだ」
「ふふ……エルフの里にしか生えない植物から取る蜜なんですの。でも、あなたにはお兄様が与えていると思っていましたけど」
「ジルが?……いや、こんなのは覚えがないけど」
「……そうですか」
「というかこれ、大事なものでは?えと……口を付けてしまったけれど、返します」
俺は慌ててシモンヌに近寄ろうとした。
その俺の様子を見て、うろたえたように後ずさる彼女はどこか怯えたような目をしていた。
「え……」
「あの、お兄様には黙っていてくださいませ、私と会ったこと」
「……何か……理由があるんだね」
「はい、それから……それ以上、どうか近寄らないでください、あなたにはお兄様の魔力が満ちていて……その……」
シモンヌの身体は小刻みに震えていた。
俺は慌てて少し離れ、そして地面に瓶を置いた。
「とにかく……助けてくれて、ありがとう。さっきの衝撃がなんだったのかわからないけど、誰かがそばにいてくれて良かった」
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