俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第一章  忘れえぬ人

時を忘れて

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 なんだかずっとこうやって生きてきたような気がする……
不思議な安らぎがそこにあって、深く考えようとすると頭の中心がモヤっとした。

俺はずっと、そう……もうずっと、夢を見ている。

見上げれば生い茂る木々、深い森の中のここは容易には日の光さえも差し込まない。
自分のことを『淫魔』だというジルが、日差しを好む俺のために葉を間引いてくれている。

あいつはいつから俺のそばにいるっけ?

なんだかぼやっとする記憶の整理をつけようと、必死に考えようとするのに、その思考をどこからか邪魔するものがある。

俺は溜息をついて立ち上がった。

釣った魚を焼いて食べて、ジルは寝てしまった。

淫魔というのは昼間こんなふうに自由に歩き回るものなんだろうか?
俺の知識の中で淫魔とは、ナイトメアのようなファンタジー物語やゲームで出てくる想像のものでしかなかったのに、こいつには実態があって、そしてどこか暖かだ。

薄い敷物の上にみだらに寝乱れて、ジルは細い足を出して寝ている。

俺の喉はゴクリと鳴って、その白いふとももを凝視した。
なめらかで柔らかそうなそこは、俺の欲望を刺激する。

ジルは自分を淫魔だと言いながらも、俺を誘惑しなかった。
初対面こそ抱きついてきたのだが、すぐに俺にとって適切な距離を取るようになった。

あいつには俺の心が読めるのかもしれないな……いつしかそう思うようになった。

だが、意外にも嫌な感情は沸かない。

どことも知れぬこの地にいて、俺と暮らしてくれるのはこいつだけだ。
だが、それは俺の気持ちであって、こいつはどうなんだ?
なぜ俺といるんだろうか?

淫魔といえば、人を性的に襲い、奪い、妊娠させる、そんなイメージだったのだが……
俺もこいつも性は男だ。
どちらも妊娠できないはずなのだが……もしや、淫魔とは性別がないのだろうか?
俺がこいつを抱けば、こいつは妊娠して本懐を遂げるというんだろうか?

種の保存の本能が、淫魔という悪魔の一種にもあるというんだろうか……

悪魔とはいえ、命があるのなら……同じなんだろうか……

「ん……」

寝返りをうつジルがかわいくて微笑んだ。
そしてそばに座って、手を彼の柔らかな金髪にくぐらせた。

こいつは俺の髪を触るのが好きだ。
毎朝必ず、丹念に櫛を通し結んでくれる。
そして……俺に気づかれないように髪先にそっと口づけている。
俺がそれに気づいていることは、知らないのだろうか。

俺はジルの真似をするように、肩まで伸びた金色の髪に唇を軽く押し付け、そしてジルの耳元で名を呼んだ。

「ジル……」
「……」

声にびくっとして見開いた瞳が俺を凝視した。

「アラト?どうしたの?」
「お前はなんで、俺のそばにいてくれるんだ?そろそろ、教えてくれてもいいと思うんだけど」
「ん……なんのこと?」

ジルは上半身を起こし、俺の顔を真正面から見つめた。

「なんだかずっと、俺はお前と2人だけでここにいるような気がするんだ……俺はどうやら異世界から来て、そして迷ってしまった厄介な存在なんだろうけど……お前はなぜそんな俺を助けてくれるのかなと思って……俺のそばにいて、何か有益なことでもあるのか?」
「っ……有益なことって……」

ジルは嫌そうに顔をしかめ、目をそらした。

「そんな……打算みたいなものはないし……そもそも、淫魔なんてやることしか考えてない下級悪魔だよ」
「だからさ……お前は俺といたって、子を産ませることも産むこともできないじゃないか……なんで俺といてくれるんだ?」
「アラト……僕たちはもう、産むとか産ませるとか……そんなことはもう……とうの昔に諦めてるんだ」
「ぼくたち?」

俺は違和感を感じて、その言葉を復唱した。
つまり、淫魔は他にもいるのか?

「ごめ……なんでもないから」

慌てて立ち上がろうとするジルの細い手首を掴んで引き寄せた。
軽い身体は俺の腕の中にぽすんと収まってしまった。
ジルは一瞬身体を固くした。

「他の仲間はどこに?」
「……ごめん」
「謝らなくていいから、言って」
「この先の……泉のほとりだよ」
「そんな近くに……」
「ごめんアラト……でも、僕がいればアラトに危険はないから、だから安心して、ね」
「危険?」
「うん、君を……君から精を盗もうと、みんな狙っていたから……でも今は、もう誰も手出しはしてこないと思うよ、僕の……結界があるから、ここにはおいそれとは入ってこれないんだ」
「……けっかい?」
「うん、黙っててごめん、怖がらせたくなくて」

俺はジルの震える細い身体を抱きしめて、そして顎に手をやり顔を上に向かせた。

「俺はそんなことはどうでもいいんだ……俺が本当に聞きたかったのは……どうしてジルは、俺と一緒に暮らしてくれているんだ?ってこと」
「……」

濡れたように潤った薄桃色のふっくらとした唇が、少し開いて、そしてまた閉じた。

「言って」
「アラト、僕、アラトのことが好き」

ジルの大きな瞳から透明な涙が流れた。
おとなになってから、こんなに至近距離で人の涙を見るのは初めてだった。
それは美しく宝石のようにきらめいた。

「俺も……お前が好きだよ、ジル」

ジルの唇に口づけて、そのしっとりとした柔らかな感触に頭の芯が痺れた。

あぁなんて、甘いんだ……ジル

小さく喘ぎながら、俺の腕の中でジルは言った。

「ごめん……アラト、僕……淫魔なんかじゃなかったら良かった」

俺はその悲しい言葉には返事をせずに、彼の唇を犯し続けた。


大丈夫だよ、ジル。
俺はお前が淫魔だから好きになったんじゃない。


俺は、ちゃんとジルが好きだよ。

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