6 / 196
第一章 忘れえぬ人
時を忘れて
しおりを挟む
なんだかずっとこうやって生きてきたような気がする……
不思議な安らぎがそこにあって、深く考えようとすると頭の中心がモヤっとした。
俺はずっと、そう……もうずっと、夢を見ている。
見上げれば生い茂る木々、深い森の中のここは容易には日の光さえも差し込まない。
自分のことを『淫魔』だというジルが、日差しを好む俺のために葉を間引いてくれている。
あいつはいつから俺のそばにいるっけ?
なんだかぼやっとする記憶の整理をつけようと、必死に考えようとするのに、その思考をどこからか邪魔するものがある。
俺は溜息をついて立ち上がった。
釣った魚を焼いて食べて、ジルは寝てしまった。
淫魔というのは昼間こんなふうに自由に歩き回るものなんだろうか?
俺の知識の中で淫魔とは、ナイトメアのようなファンタジー物語やゲームで出てくる想像のものでしかなかったのに、こいつには実態があって、そしてどこか暖かだ。
薄い敷物の上にみだらに寝乱れて、ジルは細い足を出して寝ている。
俺の喉はゴクリと鳴って、その白いふとももを凝視した。
なめらかで柔らかそうなそこは、俺の欲望を刺激する。
ジルは自分を淫魔だと言いながらも、俺を誘惑しなかった。
初対面こそ抱きついてきたのだが、すぐに俺にとって適切な距離を取るようになった。
あいつには俺の心が読めるのかもしれないな……いつしかそう思うようになった。
だが、意外にも嫌な感情は沸かない。
どことも知れぬこの地にいて、俺と暮らしてくれるのはこいつだけだ。
だが、それは俺の気持ちであって、こいつはどうなんだ?
なぜ俺といるんだろうか?
淫魔といえば、人を性的に襲い、奪い、妊娠させる、そんなイメージだったのだが……
俺もこいつも性は男だ。
どちらも妊娠できないはずなのだが……もしや、淫魔とは性別がないのだろうか?
俺がこいつを抱けば、こいつは妊娠して本懐を遂げるというんだろうか?
種の保存の本能が、淫魔という悪魔の一種にもあるというんだろうか……
悪魔とはいえ、命があるのなら……同じなんだろうか……
「ん……」
寝返りをうつジルがかわいくて微笑んだ。
そしてそばに座って、手を彼の柔らかな金髪にくぐらせた。
こいつは俺の髪を触るのが好きだ。
毎朝必ず、丹念に櫛を通し結んでくれる。
そして……俺に気づかれないように髪先にそっと口づけている。
俺がそれに気づいていることは、知らないのだろうか。
俺はジルの真似をするように、肩まで伸びた金色の髪に唇を軽く押し付け、そしてジルの耳元で名を呼んだ。
「ジル……」
「……」
声にびくっとして見開いた瞳が俺を凝視した。
「アラト?どうしたの?」
「お前はなんで、俺のそばにいてくれるんだ?そろそろ、教えてくれてもいいと思うんだけど」
「ん……なんのこと?」
ジルは上半身を起こし、俺の顔を真正面から見つめた。
「なんだかずっと、俺はお前と2人だけでここにいるような気がするんだ……俺はどうやら異世界から来て、そして迷ってしまった厄介な存在なんだろうけど……お前はなぜそんな俺を助けてくれるのかなと思って……俺のそばにいて、何か有益なことでもあるのか?」
「っ……有益なことって……」
ジルは嫌そうに顔をしかめ、目をそらした。
「そんな……打算みたいなものはないし……そもそも、淫魔なんてやることしか考えてない下級悪魔だよ」
「だからさ……お前は俺といたって、子を産ませることも産むこともできないじゃないか……なんで俺といてくれるんだ?」
「アラト……僕たちはもう、産むとか産ませるとか……そんなことはもう……とうの昔に諦めてるんだ」
「ぼくたち?」
俺は違和感を感じて、その言葉を復唱した。
つまり、淫魔は他にもいるのか?
「ごめ……なんでもないから」
慌てて立ち上がろうとするジルの細い手首を掴んで引き寄せた。
軽い身体は俺の腕の中にぽすんと収まってしまった。
ジルは一瞬身体を固くした。
「他の仲間はどこに?」
「……ごめん」
「謝らなくていいから、言って」
「この先の……泉のほとりだよ」
「そんな近くに……」
「ごめんアラト……でも、僕がいればアラトに危険はないから、だから安心して、ね」
「危険?」
「うん、君を……君から精を盗もうと、みんな狙っていたから……でも今は、もう誰も手出しはしてこないと思うよ、僕の……結界があるから、ここにはおいそれとは入ってこれないんだ」
「……けっかい?」
「うん、黙っててごめん、怖がらせたくなくて」
俺はジルの震える細い身体を抱きしめて、そして顎に手をやり顔を上に向かせた。
「俺はそんなことはどうでもいいんだ……俺が本当に聞きたかったのは……どうしてジルは、俺と一緒に暮らしてくれているんだ?ってこと」
「……」
濡れたように潤った薄桃色のふっくらとした唇が、少し開いて、そしてまた閉じた。
「言って」
「アラト、僕、アラトのことが好き」
ジルの大きな瞳から透明な涙が流れた。
おとなになってから、こんなに至近距離で人の涙を見るのは初めてだった。
それは美しく宝石のようにきらめいた。
「俺も……お前が好きだよ、ジル」
ジルの唇に口づけて、そのしっとりとした柔らかな感触に頭の芯が痺れた。
あぁなんて、甘いんだ……ジル
小さく喘ぎながら、俺の腕の中でジルは言った。
「ごめん……アラト、僕……淫魔なんかじゃなかったら良かった」
俺はその悲しい言葉には返事をせずに、彼の唇を犯し続けた。
大丈夫だよ、ジル。
俺はお前が淫魔だから好きになったんじゃない。
俺は、ちゃんとジルが好きだよ。
不思議な安らぎがそこにあって、深く考えようとすると頭の中心がモヤっとした。
俺はずっと、そう……もうずっと、夢を見ている。
見上げれば生い茂る木々、深い森の中のここは容易には日の光さえも差し込まない。
自分のことを『淫魔』だというジルが、日差しを好む俺のために葉を間引いてくれている。
あいつはいつから俺のそばにいるっけ?
なんだかぼやっとする記憶の整理をつけようと、必死に考えようとするのに、その思考をどこからか邪魔するものがある。
俺は溜息をついて立ち上がった。
釣った魚を焼いて食べて、ジルは寝てしまった。
淫魔というのは昼間こんなふうに自由に歩き回るものなんだろうか?
俺の知識の中で淫魔とは、ナイトメアのようなファンタジー物語やゲームで出てくる想像のものでしかなかったのに、こいつには実態があって、そしてどこか暖かだ。
薄い敷物の上にみだらに寝乱れて、ジルは細い足を出して寝ている。
俺の喉はゴクリと鳴って、その白いふとももを凝視した。
なめらかで柔らかそうなそこは、俺の欲望を刺激する。
ジルは自分を淫魔だと言いながらも、俺を誘惑しなかった。
初対面こそ抱きついてきたのだが、すぐに俺にとって適切な距離を取るようになった。
あいつには俺の心が読めるのかもしれないな……いつしかそう思うようになった。
だが、意外にも嫌な感情は沸かない。
どことも知れぬこの地にいて、俺と暮らしてくれるのはこいつだけだ。
だが、それは俺の気持ちであって、こいつはどうなんだ?
なぜ俺といるんだろうか?
淫魔といえば、人を性的に襲い、奪い、妊娠させる、そんなイメージだったのだが……
俺もこいつも性は男だ。
どちらも妊娠できないはずなのだが……もしや、淫魔とは性別がないのだろうか?
俺がこいつを抱けば、こいつは妊娠して本懐を遂げるというんだろうか?
種の保存の本能が、淫魔という悪魔の一種にもあるというんだろうか……
悪魔とはいえ、命があるのなら……同じなんだろうか……
「ん……」
寝返りをうつジルがかわいくて微笑んだ。
そしてそばに座って、手を彼の柔らかな金髪にくぐらせた。
こいつは俺の髪を触るのが好きだ。
毎朝必ず、丹念に櫛を通し結んでくれる。
そして……俺に気づかれないように髪先にそっと口づけている。
俺がそれに気づいていることは、知らないのだろうか。
俺はジルの真似をするように、肩まで伸びた金色の髪に唇を軽く押し付け、そしてジルの耳元で名を呼んだ。
「ジル……」
「……」
声にびくっとして見開いた瞳が俺を凝視した。
「アラト?どうしたの?」
「お前はなんで、俺のそばにいてくれるんだ?そろそろ、教えてくれてもいいと思うんだけど」
「ん……なんのこと?」
ジルは上半身を起こし、俺の顔を真正面から見つめた。
「なんだかずっと、俺はお前と2人だけでここにいるような気がするんだ……俺はどうやら異世界から来て、そして迷ってしまった厄介な存在なんだろうけど……お前はなぜそんな俺を助けてくれるのかなと思って……俺のそばにいて、何か有益なことでもあるのか?」
「っ……有益なことって……」
ジルは嫌そうに顔をしかめ、目をそらした。
「そんな……打算みたいなものはないし……そもそも、淫魔なんてやることしか考えてない下級悪魔だよ」
「だからさ……お前は俺といたって、子を産ませることも産むこともできないじゃないか……なんで俺といてくれるんだ?」
「アラト……僕たちはもう、産むとか産ませるとか……そんなことはもう……とうの昔に諦めてるんだ」
「ぼくたち?」
俺は違和感を感じて、その言葉を復唱した。
つまり、淫魔は他にもいるのか?
「ごめ……なんでもないから」
慌てて立ち上がろうとするジルの細い手首を掴んで引き寄せた。
軽い身体は俺の腕の中にぽすんと収まってしまった。
ジルは一瞬身体を固くした。
「他の仲間はどこに?」
「……ごめん」
「謝らなくていいから、言って」
「この先の……泉のほとりだよ」
「そんな近くに……」
「ごめんアラト……でも、僕がいればアラトに危険はないから、だから安心して、ね」
「危険?」
「うん、君を……君から精を盗もうと、みんな狙っていたから……でも今は、もう誰も手出しはしてこないと思うよ、僕の……結界があるから、ここにはおいそれとは入ってこれないんだ」
「……けっかい?」
「うん、黙っててごめん、怖がらせたくなくて」
俺はジルの震える細い身体を抱きしめて、そして顎に手をやり顔を上に向かせた。
「俺はそんなことはどうでもいいんだ……俺が本当に聞きたかったのは……どうしてジルは、俺と一緒に暮らしてくれているんだ?ってこと」
「……」
濡れたように潤った薄桃色のふっくらとした唇が、少し開いて、そしてまた閉じた。
「言って」
「アラト、僕、アラトのことが好き」
ジルの大きな瞳から透明な涙が流れた。
おとなになってから、こんなに至近距離で人の涙を見るのは初めてだった。
それは美しく宝石のようにきらめいた。
「俺も……お前が好きだよ、ジル」
ジルの唇に口づけて、そのしっとりとした柔らかな感触に頭の芯が痺れた。
あぁなんて、甘いんだ……ジル
小さく喘ぎながら、俺の腕の中でジルは言った。
「ごめん……アラト、僕……淫魔なんかじゃなかったら良かった」
俺はその悲しい言葉には返事をせずに、彼の唇を犯し続けた。
大丈夫だよ、ジル。
俺はお前が淫魔だから好きになったんじゃない。
俺は、ちゃんとジルが好きだよ。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。


いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

確率は100
春夏
BL
【完結しました】【続編公開中】
現代日本で知り合った2人が異世界で再会してイチャラブしながら冒険を楽しむお話。再会は6章。1話は短めです。Rは3章の後半から、6章からは固定カプ。※つけてます。5話くらいずつアップします。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる