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15話 呼び出し
しおりを挟む―ヘキサ―
少ししていつもの目覚ましが鳴り響いていることに六花はやっと気が付いた。時刻は午前5時。ベッドから出ると急いで汗を拭き、部屋着からスポーツウェアに着替えた。
六花は「一日最低一時間。素振りを含めた各種トレーニングを行う」決まりを自分の中に作っていたのだ。とはいっても仕事がなければ常にトレーニングをしているような、暇があればトレーニングといったストイックな生活を送っていた。
しかし、今は嫌な気分を紛らわせたかったという方が大きい。
トレーニングを始めて30分ほどして次にナイフの素振りをしようとナイフを取り出したとき、ドアがノックされた。
(こんな朝早くに珍しい。誰だろ)
「六花ちゃん起きてる?秋花お姉さんだよ~」
リコリスは六花よりも歳上だからか自分のことを「お姉さん」と言ってよくふざけるのだ。リコリスも組織の中では下から数えた方が早いくらいに若いのだが。
六花は呆れ混じりに返事をする。
「はい、起きてますよ。トレーニング中なので後でも良いですか―」
言うや否や勢いよくドアが開いた。六花はまだ返事を返し切ってない。
「あっ、いや起きてるって言ってたから……」
「……まあ、良いですよ。見られて困るものでも無いですし。邪魔しないでもらえれば」
「ごめんごめん、すぐ終わらせるから。それにしても」
リコリスは六花の部屋の中を見回す。
「相変わらず女っ気のない部屋だね~」
「それは……」
六花はそこまで言って口を閉じた。確かに六花の部屋は必要なものしか置いてない質素なもので、その「必要なもの」もオクタに教わって買ったトレーニング用の器材ばかり。
化粧もしないし、仕事着以外に何着も私服を持っている必要もないため、クローゼットにもまだまだ空きが多い。
(秋花さんだってパソコンとかゲームとかばっかりなくせに)
そう思ったが六花は口に出さなかった。
「服もそんなに持ってないみたいだし……」
「着た切り雀だっていうなら秋花さんもあまり変わらないでしょ」
六花が力なく反論するとリコリスは首を傾げた。
「着た切り雀?舌切りじゃないの?」
「着るものをあまり持っていないで同じ服を着た切りって意味の言葉です!」
先日見たクイズ番組でちょうどこの言葉を知った六花は自信満々にいう。
「へぇそうなんだ!」
リコリスは妹でも見るような暖かい視線を送る。そうとは知らず六花は得意な気分になった。素振りに意識を戻す。
「おっ!かっこいいねぇ。私はナイフ使わないから」
いつの間にか六花のベッドに遠慮なく腰を下ろしていたリコリスに対して声をかける。
「……なにか用事があったんじゃ無いんですか?無いなら出てってくださいよ」
リコリスは一度黙ってから、それじゃあと言って話し始める。
「[K2309、R2612は9月15日に出頭せよ]だってさ」
組織の上層部。
所謂「上」は六花たち工作員をアルファベットと番号で管理している。当然六花もリコリスも名前で呼ばれたことは無い。K2309はリコリス、R2612は六花の番号だ。
六花や他の工作員達がそれぞれをコードネームで呼び合うのはそういった人間扱いを受けていない環境下において、最低限「人」としての尊厳を維持するために工作員たちの間で自然とできた取り決めだった。
「12時に迎えの車がこのアジトに来て送ってくれるんだとさ~。ま~たどこ連れて行かれるのやら」
仕事の機密性が高ければ高いほど、メッセージでは内容がわからない。別の何処か、会議室なのか倉庫なのかも分からない場所でスクリーン越しに仕事の説明をされることもある。
今回はそのパターンのようだった。
(でも、秋花さんもいるならそこまで難しくないかも)
六花はリコリスについてベタベタとしてきて鬱陶しいと感じてしまうこともあるが能力面では強く信頼していた。
15歳の六花がこれまでの裏仕事で生きながらえて来られたのは間違いなくリコリスのサポートの賜物であった。
9月15日
予定時刻の30分前。六花はアジトの一階に作られた車庫に来ていた。「迎え」が来たら車庫を開けなければならなかったからだ。
外でやり取りをしていたら目立ってしまうかもしれない。
六花はTシャツに青いジャンパー、ショートパンツといった私服を身に着けていた。ナイフ類の仕事用の装備は持っていけないが用心としてベルトのワイヤーはベルトポーチに、櫛型の仕込みナイフはポケットに入れていた。
11時45分頃になってリコリスが車庫に降りてきた。シャツの上から茶色のカーディガンを羽織り、ワイドパンツを履いていた。秋らしい色合いでまとまっている。
「珍しいですね」
六花はリコリスが外に出るのを見るのは久しぶりだ。
「あはは流石にジャージじゃ出られないもん。それにどこ連れていかれるのかもわからないんだよ?そっちで仕事するならある程度普通の服装してなきゃ」
「それもそうですね」
予定時刻の5分前にシルバーのワゴン車が六花たちのアジトに到着した。アジトの車庫に迎え入れる。
助手席から降りてきた糸目の男の姿を見て六花は警戒する。
(うわ、今回はライース絡みか)
ライース。
糸目の男で平均的な体つきをしている。組織の本部にいることが多く、現場に出てくることはもう少ない。六花を施設から引き取って教育係のオクタに預けた人物だ。
薄ら笑いの張り付いたどこか掴みどころのない男で、本心がどこにあるのか六花には分からないことが多く、強い苦手意識を持っていた。
リコリスと六花はライースに促されワゴン車に乗り込む。運転席にはライースの秘書兼護衛であるリエールがいた。
リエール。
燻んだ金髪をギブソンタックのようにセットしている。細身で冷静沈着な女性だ。作戦の最終調整に関わることが多い。逃走経路の確認や合流地点、物資の受け渡し方法などで六花たちは意見をもらうことが多かった。
そんな頼り甲斐のある彼女の仕事ぶりに六花は密かに憧れていた。
後部座席にリコリスと並んで六花も座る。ライースも後部座席に乗り込んできた。
「じゃあ、二人とも目隠しよろしく」
リコリスと六花は黙って差し出されたそれを受け取る。
ライースは二人の視界が見えなくなったことを確認するとリエールに発車の合図を送った。
右へ左へ何度も揺られながら輸送されていく。
一時間か二時間か、途中で高速に乗ったらしく今どのあたりを走っているのかさえわからなくなっていた。
ライースはワゴンが出発して10分ほど経ったあたりから色々と音楽をかけていたが六花にはよくわからないものだった。音楽より、六花はどんな所へ連れていかれるのかばかり考えていた。
六花のそんな様子はお構いなしに、リコリスはライースの選曲に音楽に文句をつけたり、逆にリクエストをしたりしていた。ライースも面倒くさいですねと小言を言いながら、リコリスのリクエストに応えていた。
(秋花さん……緊張感がないというかなんというか。まぁいつも通りってことかな)
六花はそんな会話を聞いてリラックスすることが出来た。
ようやっと目的地に着いたらしくワゴン車が止まり、ドアが開く音がした。六花は合図を待ってから目隠しをとる。どこか人気のない埠頭や廃屋などの場所かもしれないと想定していた六花は面食らった。
目の前に西洋風の大邸宅が立っていたからだ。単に邸宅と言うには大きく館というには小さい。大邸宅や豪邸というのが相応しいだろう。
建物の周りを森に囲まれていることからも高価そうな立地だと六花は感じた。ここだけ日本ではないみたいだった。
「これからここの主人の部屋へ向かいます。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね。あちらの裏口から入って良いとのことです。行きますよ」
「なっ……え?」
「ふーん?なんだか凄い家だね」
リコリスは六花とは対照的にあっけらかんとしていた。
少ししていつもの目覚ましが鳴り響いていることに六花はやっと気が付いた。時刻は午前5時。ベッドから出ると急いで汗を拭き、部屋着からスポーツウェアに着替えた。
六花は「一日最低一時間。素振りを含めた各種トレーニングを行う」決まりを自分の中に作っていたのだ。とはいっても仕事がなければ常にトレーニングをしているような、暇があればトレーニングといったストイックな生活を送っていた。
しかし、今は嫌な気分を紛らわせたかったという方が大きい。
トレーニングを始めて30分ほどして次にナイフの素振りをしようとナイフを取り出したとき、ドアがノックされた。
(こんな朝早くに珍しい。誰だろ)
「六花ちゃん起きてる?秋花お姉さんだよ~」
リコリスは六花よりも歳上だからか自分のことを「お姉さん」と言ってよくふざけるのだ。リコリスも組織の中では下から数えた方が早いくらいに若いのだが。
六花は呆れ混じりに返事をする。
「はい、起きてますよ。トレーニング中なので後でも良いですか―」
言うや否や勢いよくドアが開いた。六花はまだ返事を返し切ってない。
「あっ、いや起きてるって言ってたから……」
「……まあ、良いですよ。見られて困るものでも無いですし。邪魔しないでもらえれば」
「ごめんごめん、すぐ終わらせるから。それにしても」
リコリスは六花の部屋の中を見回す。
「相変わらず女っ気のない部屋だね~」
「それは……」
六花はそこまで言って口を閉じた。確かに六花の部屋は必要なものしか置いてない質素なもので、その「必要なもの」もオクタに教わって買ったトレーニング用の器材ばかり。
化粧もしないし、仕事着以外に何着も私服を持っている必要もないため、クローゼットにもまだまだ空きが多い。
(秋花さんだってパソコンとかゲームとかばっかりなくせに)
そう思ったが六花は口に出さなかった。
「服もそんなに持ってないみたいだし……」
「着た切り雀だっていうなら秋花さんもあまり変わらないでしょ」
六花が力なく反論するとリコリスは首を傾げた。
「着た切り雀?舌切りじゃないの?」
「着るものをあまり持っていないで同じ服を着た切りって意味の言葉です!」
先日見たクイズ番組でちょうどこの言葉を知った六花は自信満々にいう。
「へぇそうなんだ!」
リコリスは妹でも見るような暖かい視線を送る。そうとは知らず六花は得意な気分になった。素振りに意識を戻す。
「おっ!かっこいいねぇ。私はナイフ使わないから」
いつの間にか六花のベッドに遠慮なく腰を下ろしていたリコリスに対して声をかける。
「……なにか用事があったんじゃ無いんですか?無いなら出てってくださいよ」
リコリスは一度黙ってから、それじゃあと言って話し始める。
「[K2309、R2612は9月15日に出頭せよ]だってさ」
組織の上層部。
所謂「上」は六花たち工作員をアルファベットと番号で管理している。当然六花もリコリスも名前で呼ばれたことは無い。K2309はリコリス、R2612は六花の番号だ。
六花や他の工作員達がそれぞれをコードネームで呼び合うのはそういった人間扱いを受けていない環境下において、最低限「人」としての尊厳を維持するために工作員たちの間で自然とできた取り決めだった。
「12時に迎えの車がこのアジトに来て送ってくれるんだとさ~。ま~たどこ連れて行かれるのやら」
仕事の機密性が高ければ高いほど、メッセージでは内容がわからない。別の何処か、会議室なのか倉庫なのかも分からない場所でスクリーン越しに仕事の説明をされることもある。
今回はそのパターンのようだった。
(でも、秋花さんもいるならそこまで難しくないかも)
六花はリコリスについてベタベタとしてきて鬱陶しいと感じてしまうこともあるが能力面では強く信頼していた。
15歳の六花がこれまでの裏仕事で生きながらえて来られたのは間違いなくリコリスのサポートの賜物であった。
9月15日
予定時刻の30分前。六花はアジトの一階に作られた車庫に来ていた。「迎え」が来たら車庫を開けなければならなかったからだ。
外でやり取りをしていたら目立ってしまうかもしれない。
六花はTシャツに青いジャンパー、ショートパンツといった私服を身に着けていた。ナイフ類の仕事用の装備は持っていけないが用心としてベルトのワイヤーはベルトポーチに、櫛型の仕込みナイフはポケットに入れていた。
11時45分頃になってリコリスが車庫に降りてきた。シャツの上から茶色のカーディガンを羽織り、ワイドパンツを履いていた。秋らしい色合いでまとまっている。
「珍しいですね」
六花はリコリスが外に出るのを見るのは久しぶりだ。
「あはは流石にジャージじゃ出られないもん。それにどこ連れていかれるのかもわからないんだよ?そっちで仕事するならある程度普通の服装してなきゃ」
「それもそうですね」
予定時刻の5分前にシルバーのワゴン車が六花たちのアジトに到着した。アジトの車庫に迎え入れる。
助手席から降りてきた糸目の男の姿を見て六花は警戒する。
(うわ、今回はライース絡みか)
ライース。
糸目の男で平均的な体つきをしている。組織の本部にいることが多く、現場に出てくることはもう少ない。六花を施設から引き取って教育係のオクタに預けた人物だ。
薄ら笑いの張り付いたどこか掴みどころのない男で、本心がどこにあるのか六花には分からないことが多く、強い苦手意識を持っていた。
リコリスと六花はライースに促されワゴン車に乗り込む。運転席にはライースの秘書兼護衛であるリエールがいた。
リエール。
燻んだ金髪をギブソンタックのようにセットしている。細身で冷静沈着な女性だ。作戦の最終調整に関わることが多い。逃走経路の確認や合流地点、物資の受け渡し方法などで六花たちは意見をもらうことが多かった。
そんな頼り甲斐のある彼女の仕事ぶりに六花は密かに憧れていた。
後部座席にリコリスと並んで六花も座る。ライースも後部座席に乗り込んできた。
「じゃあ、二人とも目隠しよろしく」
リコリスと六花は黙って差し出されたそれを受け取る。
ライースは二人の視界が見えなくなったことを確認するとリエールに発車の合図を送った。
右へ左へ何度も揺られながら輸送されていく。
一時間か二時間か、途中で高速に乗ったらしく今どのあたりを走っているのかさえわからなくなっていた。
ライースはワゴンが出発して10分ほど経ったあたりから色々と音楽をかけていたが六花にはよくわからないものだった。音楽より、六花はどんな所へ連れていかれるのかばかり考えていた。
六花のそんな様子はお構いなしに、リコリスはライースの選曲に音楽に文句をつけたり、逆にリクエストをしたりしていた。ライースも面倒くさいですねと小言を言いながら、リコリスのリクエストに応えていた。
(秋花さん……緊張感がないというかなんというか。まぁいつも通りってことかな)
六花はそんな会話を聞いてリラックスすることが出来た。
ようやっと目的地に着いたらしくワゴン車が止まり、ドアが開く音がした。六花は合図を待ってから目隠しをとる。どこか人気のない埠頭や廃屋などの場所かもしれないと想定していた六花は面食らった。
目の前に西洋風の大邸宅が立っていたからだ。単に邸宅と言うには大きく館というには小さい。大邸宅や豪邸というのが相応しいだろう。
建物の周りを森に囲まれていることからも高価そうな立地だと六花は感じた。ここだけ日本ではないみたいだった。
「これからここの主人の部屋へ向かいます。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね。あちらの裏口から入って良いとのことです。行きますよ」
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