上 下
42 / 46
出奔編

山のランダ

しおりを挟む
「呪われた巫女。お前がエンルーダの前王を呼び出したのか?」 

 粒子となって消えたグリーグの姿を虚空に思うニアに、小屋の前へ渡って来た山のものランダが、更に間合いを詰め問う。

「巫女は前王の娘か?」

(、、其の様な間柄になると言っていいのかしら。 グリーグは私にとって、親みたいな存在だから、、でも。 )

 実母メーラとは平民落ちをした時を女ふたりで凌だからか、母親というよりもニアには、同志に近い気持ち。

 グリーグとは、前世も含め父への思いから始まったが、あと少し一緒に暮らせていたならば、もっと違う気持ちがニアの中で成熟したのかもしれない。
 
 そんな予感はニアも感じていたが、やはり娘程の年の違いだ。

  「さっき前王は、お前に跪いていた。あれは、前王の主という事を、我らに示していたのでは無いか?。」 

 より間近に来れば、ランダの顔は精悍で整った顔をしており尚の事、並々ならぬ気迫を感じる。

(う、、そんな大層なモノでは無いと思うけれど。後へは引けない。)

「とにかく、、私は自分の身柄を保証してもらいたい!!」 

 ランダは難しい顔をしながら、周りの山のもの者達を見回す。 

「生憎、我らは自分達が狩った獲物を、やすやすと手放す事はしない。」

 ランダは小屋まで飛んで渡って来たが、其れ程の飛翔力は稀に見る能力なのだろう。
 ランダに続いてニアの前に渡ろうとする、山のものは居ない様に見える。

「 しかしイーサンとスーは、あの通りの在り様だ。どうやら男として使い物にならん。呪われた巫女である、お前を欲しいとは言わんだろう。 」

 そう言ってランダは小屋から見えるビッグツリーの一つを指差す。ランダは其処を侮蔑する様な目で見つめる。
 
 昨夜は明かりが無いに等しく、ほとんど顔をなど認識出来なかったが、其処にいる男ふたりがイーサンとスーなのだろう。 

「なら、私の事を逃がしてくれるという事でいいかしら? 」

「残念だが其れはならん。 他の者にも示しが付かない。」 

(さっきとは話が違う!!)

 ニアは思わず唇をかんだ。
 
「 だが前エンルーダ王が、我等に成そうと尽力した事に敬意を払い、お前をキャラバンにはせぬ。」

(ああ、やっぱり連れてこられた昨日の夜。本来は男達の物になる予定だった。)

「我ら山で住む人ものは、女を自分の物にするもしないも、自由ではあるが、基本、命がけで攫ってくる。 簡単に手放せば、養う事も出来ないと他の者が見て力ないと判断する。」

 睨みつけるニアの視線など、物ともしない様子で、ランダは腕組みをしながらニアに告げた。

「 貴方が言っている話に、気になる事があるのだけど。」 

  少し張ってきた腹に癒しの力を注ぎ、ニアは改めてランダ を見据える。

「グリーグが前エンルーダの王だと言うのは分る。けれど山のもの達にした行いというのは一体さっきから何なの? 」

「、、、呪われた巫女は身重の様だ。 我々は余り女に対していい扱いはしていないかもしれないが、身重の者を立たせておく訳にもいかん。しかし、お前を受け入れる事もできん。 」

 どうやらニアが腹を擦る様子に気が付いたのか、意外にも、ランダが気遣う言葉を紡いだ。

「俺の小屋に連れていくわけにもいかない。」 

 しかし、話には山のものによる事情があるのか、ニアには解せない部分が出てくるのだ。

「貴方達、 家族がいるなら女性を連れて帰る訳にはいかないというのは分かるわ。 別に歓迎してくれとは言っていない。 逃して欲しいだけ。」 

 ニアが知る由も無い事柄が、グリーグとランダ達の間で有ったであろう予想は間違いない。

「其れに答えになっていないわ。」

 ニアは確信し、ランダに今一度問うた。

「はあ、ここから降りる事も出来ないのによく言う。見かけと違って強気な巫女よ。 いいだろう、皆も改めて聞くことになる。」

 ランダは組んだ腕を外して、大げさに両手を天に仰いで見せると、周りの山のものを、ぐるりと見回した。

「此のビッグツリーの下は昼間でさえ魔獣が多い。 そもそも、呪われた巫女は此の山の地を一体何だと思っている。 」

「辺境エンルーダの国境で自然の砦にもなる国防の山脈では無いの?私は元々エンルーダの人間では無いから。」

 ニアとランダが佇む小屋が作られた巨木は、周りにも沢山の『ビッグツリー』なる木はあるが、一際高い。
 其の巨木に向かって、沢山の視線が注がれる。

(まるで、静かだけれど、、王都の断罪で向けられた視線みたいに、刺さる様、、)

「 山脈は昼夜問わず、凶暴な魔獣が犇めく。其の為、巫女の国が罪人を『魔獣刑』と称して、罪人を捨てる。山に捨てられ、大抵は魔獣に食われる。しかし逃げ切れる犯罪者もいる。」

(!!!罪人の処刑地!!)

「なら貴方も罪人なの?!」

 数奇な運命か、どこまでも断罪死の匂いがニアに纏わりつく様に感じて、ニアはランダに叫んだ。

「違う。確かに曾祖父はそうだった。しかし祖父や父は違う。我は都で言う罪を犯していない。今住むのは罪人と、男等の子孫が残ってるという状態だ。 我々に里に降りる権利は未だ無い。 里を形成する事が認められていないからだ。」

『辺境エンルーダには、死人が集まる』と揶揄されるのは、墓守りの役が故だと考えていたニアは、教えられていた内容が全てでは無かっと、今、知った。

「でも男ばかりで、どうして子孫が生まれる事になるの。 」

 少なからず隠されていた領土の姿に、動揺しながらも、ニアはランダに聞くが、『ある事』にも思い付いた。 

「ああ、山のもの達が辺境修道院から女性を攫うのは、、」

 侮蔑の眼差しをニアがランダに投げつけ、周りの山ものを見回す。 

(『辺境修道院に送られる』其れさえも、死人が集まるエンルーダって事なの!!)

「確かに、罪を犯した人間は、欲を満たす為に人攫いもする。しかし我等は必ずしも一つでは無い。」

 凪いだ様な表情で、ランダは修道院襲撃の事実を語った。

(やっぱり。信頼出来る相手では無いのかもしれない。でも、、) 

「山のものにも、今現在を罪を成した者た達と、其の子孫で分れて居るのね。」

 今だに呪いにガタガタと震えているだろうイーサンと言う、ニアを攫ってきた男達は、ランダの侮蔑の顔からも、子孫派とは違うのかもしれないが。

(概ね、此処に集まって居るのは罪人の子孫で、、)

「三世ぐらいになると、何故『山』へ入れられて居るのか分からなくなる。 何代もの贖罪で縛り付けられ、家族を作る事が出来ない。」

 ニアは、ランダの言わんとする事が予想出来た。

「これを国に交渉し、子孫代の我等に村として平地を作る事を申し出たのが、前エンルーダ王だった。」 

(前領主、、グリーグの悲劇の発端が、山のものの子孫集落の申し出だったなんて、、)

 没落し、他領で平民として暮らしてきたニアが、エンルーダと山のもの・皇族との交渉事など知る機会は無い。

 何より『先代領主の悲劇』の方が、平民の噂話として有名だったのだ。

「もう1つ聞きたい事があるのだけれど、貴方たちの家族、、母親や女達はどうしてるの? 」

「呪われた巫女は、これから身をもって知る事になる。 攫った者が女を売るかどうかを決めるが、生憎、巫女を連れて来た男ふたりは権限を放棄した。すぐに砂漠のキャラバンへ連れていく事になるだろう。 」

 子孫派であると聞いたランダに、一瞬期待をしたニアが、続けられた言葉で顔色を失う。

「巫女が見せた力ならば砂漠で重宝される。 特例で巫女は、銭の遣り取りはしない。しかし、ルールだ。攫った女はキャラバンに引き渡す。」

(其れって、家族の女もキャラバンに渡すって事!!)

「逃がしてくれるんじゃ無いの?」

「其れは無理だ。 俺は今此処の山を纏めている。さっきも言ったが、現在に罪を犯かして入ってきた者も多い。其の子孫としての我等も合わせて纏めるには、特例を認める訳にはいかない。」 

「、、、、」

「其れに巫女は小屋からを下に降りられない。 見張りをする場所なだけで、食料も飲み水も無いだろう。 どうする? 」

 聞いてはくるが、体の良い脅迫だとニアは理解して、ランダの案に非難の言葉を飲み込んだ。

「分かったわ。 貴方の言う通りにする。『 売る、売らない』という事は、貴方達の交渉相手は、、」

「砂漠で娼婦を扱うキャラバンだ。我等の 女達は大抵其処に預ける。 ビッグツリーしか無い不毛な地で、平地も無ければ耕す事も出来ない。 山で得た魔獣の材料も一緒にキャラバンに渡して生きている。」

 今度はランダが、エンルーダとは逆の方向を指差した。
 遠く巨木の森林の果てに、砂に烟る空が見える。其処に砂漠が広がるのだろう。

「 ありがとう。 本来なら捨てて置いてもおかしく無いのに。」

「 イーサン等が言うには、触る事も出来ない様な女だ。居られると見張り小屋が使えない。此処は特に巫女の国が一番よく見渡せるからな。 」

 ランダの言葉にニアは、気になっていた事を尋ねる。

「 じゃあ、魔獣戦はどうなった? 」

 もとより、イグザムはどうなったのか。

「共食いでデカくなった猿は、幾らか生まれた。あれが一番デカい猿になるのは、最終的に何時になるか分からん。 」

「そう。」

 最後にあんな所業をした義兄だが、次期領主となる人間。
 たとえ精霊の祝福があったとして、何の施しもせず身体の中心なるモノを切れば、出血多量でショック死してもおかしく無い。

 何を考えているのか、ニアにはイグザムが皆目分からなかった。
 
(魔獣の共食いで時間稼ぎが出来ているかもしれない。まだ、気になる事は山程ある。)

「エンルーダを襲ったのは、貴方達では無いのね?」 

 ニアがエンルーダ領を、何とも言えない顔で見る傍ら、ランダは片手を上げて、山のものに合図を送る。
 ニアを小屋から動かす準備を始めたのだ。

「違う。隣国の兵を連れた、金色の髪をした高貴な貴族。女だが、、魔女かもな。此の袋に入れ。」

 どうやら、下には降りずに巨木に紐を渡して、皮袋のニアをランダが担いで運ぶらしい。

「どうして、魔女だと言うの。」

 ランダの戯言だと思う台詞に、ニアは相槌を打ちながら、大人しく袋に入る。

 きっと男共は、自分に直接触れる事はしないのだろうと思いながら。

(でも、グリーグの時はそうでは無かった様な。)

 身を焦がす様なというが、誰でも本当に自分の皮膚が爛れるのは御免なはずだ。

 されど幾季節か過ごしたグリーグとの生活で、触れ合う事も無かっただろうか?

(そういえば、此の核石は何時浄化すべき?)

 ニアは皮袋の中で、服に仕舞った『ガラテアの石』を自分の腹と一緒な撫でる。

「魔女は核石を欲しがる。魔獣、魔法使い、そして恋人達の石を。」

 ランダは、ニアを皮袋ごと、簡単に肩へと持ち上げて、隣りの巨木へと飛んだ。

「人の核石に手を出すのは、魔性の女だ。」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...