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出奔編

エナリーナ

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 祖国リュリアール皇国における辺境の地エンルーダ。

 傾斜の厳しい渓谷が連なるエンルーダ山脈沿いにあるウーリュウ皇国国防の土地であり、エナリーナが送られた『辺境修道院』がある領地は、学園の友だったタニア・エンルーダの領地だった。

 (砂嵐が起きるわ、、今回も凌げたらいいのだけれど、、)

 エナリーナは腕に抱く赤子を見つめた後、其の母親である級友タニア・エンルーダの眠る顔を盗み見る。

(男の子ではなかったのが、まだ救いなのかしら。)

 出産という一大事を終えた級友は、1度死んだ身となり、名を『ニア』と変えていた。

 今は只の『ニア』と本人は言う。其れは平民を意味するが。

(タニア、、神様は貴女の赤ちゃんを取り上げさせてくれたことで、わたしに赦しの機会を下さったのだと思う?それとも都合の良い考えなのかしらね。)

 心の中で、エナリーナはニアに懺悔の祈りをした。
 級友の出で立ちは酷い有り様だが、その顔は学園時代と変わらず、『庇護欲ある可愛らしい』だ。

 (タニアにそっくりな髪色に顔立ちの女の子だから、きっとタニアと同じく愛される気質よね、、なのに、どうしてなのか学園ではタニアも、わたしも散々な目にあってしまった。)

 本当は級友が無罪だと知っていたにも関わらず、エナリーナはタニアの断罪に駆け寄る勇気がなかった。

「ごめんなさい、、タニア、、、、ごめんなさい、、」

 思わず涙声でエナリーナは眠るニアに謝り続ける。
 砂嵐が過ぎるまでは、キャラバンの男達も自分達のテントに籠もるはずだ。彼等が来れば、いつ何時どうなるか解らない。

 も、も身の保証はされるはずだが、砂漠にはキャラバンを襲う強盗もいれば、他国の刺客もいて、巻き込まれるかもしれない。

(これ以上、誰かに追い掛けられる理由はないだろうし、あの学園時代は、、いいえ、、帝都シャルドーネは何か呪いがあったのよ。そうじゃなければ、あんな仕打ちを、されるはずがない、、)

 エナリーナの眼の前に、再び学園での出来事が浮かび上がる。

 途中から編入してきたタニア・ルー・エンルーダは、断罪の日も顔に似合わず、気丈に罪を否定していた。


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『タニア・ルー・エンルーダ!!いかに清廉無垢なる淑女の振る舞いを演じていようとも、お前の悪行全てを私は知っている。私を欺き!我が婚約者パメラをこれまでに、どれほど害してきたのかも!!私は決して許さぬ!多く重ねた罪の深さ、其の身をもって今思い知れ!!』

  会場に響き渡る、黒髪の皇太子・ウイルザードの声と、床に倒れながらも頭を振り否定をしているのは、級友のタニア。
 
  夏至祭りの後に行われる『立太秋の卒業』は、紳士淑女としての単位を早々に終了した皇族などが、いち早く政に参画する為の特例の卒業舞踏会。
 
 この儀の後からの学園時間は免除となる。

 その卒業舞踏会の幕開けが、成されるはずだった。

(タニアは余り分かっていなかったけれど、『立太秋の卒業』さえすれば、パメラ樣も殿下と卒業されて、、本卒業までの期間を、安穏に過ごせるって思っていたのに、、)

 エナリーナは、学園という狭い世界で起きている『異質な常識』に、早い段階で気が付いていた。

 薬師伯の娘である。魅了の薬が使われたのかと、調べた事もあったが、薬の存在は出てこなかった。

 だからこそ、原因たるパメラの早期卒業が、自体の好転になると願っていた。

 しかしエナリーナの願いとは裏腹に、眼の前で間違いなく公爵令嬢パメラ・ラーナ・ブリュイエルの画策で、タニアが冤罪を掛けられたのだ!

『待ってください!!間違いです!わたしは、パメラ公爵令嬢様に害など及ぼしておりません!!本当です!それに、殿下は、わたくしを愛してくださったではないですか?!』

  タニアは桃色の髪を振り乱し、麗しいドレスを床に汚しながら、愛らしい目に涙を浮かべ、全く本人は意図しないが、庇護欲を掻き立てる華奢な身体を震えさせ叫んでいた!!

(でも、、確かに、、あの時に言っていたわ、、夏至祭の事だったのね、、)

 ウイルザードに儀礼サーベルを眼の前で抜かれ、息を飲む程の緊迫した中、タニアは真実を叫んでいたのだ。

 その証拠が、腕に眠る虹彩を持つ赤子なのだから。

『そんなっ!嘘など申しておりません。それに我がエンルーダ家は、建国より皇帝に忠誠を誓う『盾』にございます!決して、
 治世転覆など画策してございません!!殿下、どうか、、』

『うるさい!!エンルーダ一族による謀反の一旦ではないと、あくまでも言い張るのならば、よかろう!タニア・ルー・エンルーダ個人の愚かなる画策と罪に問い、刑を執行する!!衛兵!捕らえよ!!』

  余りに用意周到な兵の動き。

 エナリーナは確信を得た。殿下の抜き出したサーベルが何より物語る。

 あの断罪は、予定調和。ニアはパメラの不興を買ったのだ。それでも、、

(あの義兄というエンルーダ小辺境伯が必ずタニアを助けるって思っていた、、いえ、そう信じたかっただけだわ、、)

『待って!待って下さい!わたしは何もしていません。嘘も言ってません!殿下どうして!!、、誰か助けてください。誰か、わたしが何もしていないと、、、』

   組しだかれる苦痛に表情を歪めながら、床にまで伏し付けられるタニアの悲痛な顔には、真っ赤な血が流れていた。故に、エナリーナは足が竦んで駆け寄れ無かった!!

(まさか其の儘、獄死するなんて!)

 エナリーナのファッジ一族は伯爵といえど、リュリアール皇国に古くから使える薬医典一族。
 エナリーナの兄は城の医典師として仕えている。
 
 故にタニアが繋がれた牢で毒盃死をした事、皇族の瞳には虹彩が出る事。

 これら秘匿された事を知り得たのだ。

『来世永劫、私の前に現れるな!悪女タニア・エンルーダ!!』

 今も耳にこびり付くウイルザードの声と、衛兵の怒号。

 世界はウイルザードの髪色と同じ漆黒に泥沼へと色塗られる。
 濁流の様な会場の黒い渦に、エナリーナは成す術もなく、意識を飛ばした。

(まさか今度はエリオットに本卒業の場で、婚約破棄されるなんて、、ごめんなさい、、タニア、髪色で呪われた私達が、貴女を助けれなかった罰だったのよ。)

 その後に起きた出来事をエナリーナは、いつまでも忘れられないだろう。

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