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断罪編
イグザム
しおりを挟む空に立ち昇る核石雲の下、エンルーダ城を護る様に囲む森の木々が次々と激しく揺れ動いて行く。
ザ―――――――――――――――――
城の窓から飛び出したイグザムが屋根伝いに下降した後、城の下に拡がる広大な緑林地帯を全力で移動していた。
エンルーダ山脈の麓を組み込みながら佇む城は、まさに山壁を背負い立ちはだかるかに見える自然要塞。
界下には天然の防壁ともいえる、高く鬱蒼と育った森林が乱立し、領主の膨大な魔力で発生させた深い霧が他者を阻む。
「くっ!あれは確かに、伯父上の核石雲じゃねーか!」
イグザムは赤い髪を逆立てながらも、木から木へと高速で走り抜ける様に飛び移りながら、麓の街に向かう。
が、木上から見える狼煙の様に拡がる光の雲を見て、顔を歪ませた。間も無く結界森林から、常用森林に切り替わる。
「あの伯父上がか!」
尋常ではない速さで移動するイグザムの姿は疾風の如しだ。
しかし城を取り巻く結界森林を抜けた途端、黒装束の集団が木々の合間から雲霞の如く無数に現れた!!
「うぉらーーーーー!お前ら、誰の許しを得てエンルーダに入り込みやがった!!」
叫ぶが早いか、イグザムは身体をバネの様に反動させ、暗器を一斉に魔法展開すると360度に飛ばす!
一気に緑の木々が紅葉したかに、血飛沫で染め上がった。
イグザムが飛ばした暗器で、敵がハエの様に崩れ落ちて行くのを見届ける間も無くイグザムは、直ぐ様自分に向かって打たれた数十の弓を切り落した。
「は!ゲリラ戦に長けたエンルーダ戦士をよく知っている戦闘だなぁ。」
(叔父上は歴代でも最高峰だと言われた戦闘領主だった。あの叔父上が屠られるだと?!!)
『シュッ、』
瞬間!!目の前にイグザムに向かって切り付け飛ぶ輩が現れた!!
イグザムは腰のモーニングスターフレイルを取り出し、片手で振り回しながら振り落とされる剣を弾き飛ばすも、同時に絡ませた棘付の鉄球で、飛び出る相手の顔面をことごとく潰す動く。
(タニアは! タニアはどうした!!)
『オおおおおおおおお!!!!!!!!!!!』
途端に下の木から飛び出す敵が、イグザムの足を掴もうと伸び上がる!!
のを、今度は輪刀をもう片方の指から足へと飛ばし、イグザムは相手の腕ごと切り落とした。
次第にイグザムの瞳が赤く光始め、イグザムの両の方から憤怒が陽炎のオーラとなって立ち上る。
(次期領主を舐めんな!!雑魚がっつ!!)
辺境戦闘となれば、現領主である父アースロが結界を強化する為、直ぐには前線出陣が不可能。
勿論其れも、イグザムには十二分に分かっている。
突然の奇襲。
辺境の結界は本来は領主夫人が行うが、イグザムの母親は当の昔に自害してこの世にはいない。
今はニアの実母・メーラが担うが、常にアースロが結界魔力を譲渡している訳ではない。
「がぁつ、どんだけいやがる!!」
今度は体当たりでイグザムを止めようとした男を、容赦無く頭突きで沈めたイグザムが、耳の飾りを触る。緊急時に使う味方への通信魔法を展開した。
(くそくそくそくそばっかりだな!!都なんざよ!!)
先程エンルーダの城に顔を表した皇太子。
ニアに、聖紋を刻んだ相手を思い出したイグザムは心中で悪態をつく。
『ガっぁ!!』
ついでとばかりに、並走して来た敵を、己の肘で鼻柱ごと圧し折った!!
(死んじまえ!!)
鼻柱を折った相手に向かってでは無い怒りを爆発させるかに、帯刀した剣で湧き出る敵を凪切って行きながら、漸く常用森林の終わりまでつくと、イグザムの後方から、聞きなれた声が飛ぶ。
「若!!こちらでしたか!」
自分に付けられた参謀の顔を見たイグザムは、追い付いたザリアに問う。
とはいえ敵襲は続く。
互いに背中を預けながらの、斬り合いで受け答えが出来るのは、普段から繰り広げられる戦いの賜物だろう。
「ザリアか!!状況は!!」
「魔獣戦の用意が!!」
(魔獣戦だと?!エンルーダでか。)
端的に返答された状況からイグザムは、最悪の事態に、領が陥った事を改めて認識し、言葉を無くす。
「オレ達の代で魔獣戦だと!?」
魔獣戦は、言うなれば最終手段ともいえる方策として配備されていたエンルーダの捨て身の戦法だった。
「エンルーダ全域が襲来。考えられませんが進行が異常です!!」
ザリアも得意のクピンガをブーメランにして投げれば、遠近の敵の身体が真っ二つに裂ける!
辺境のエンルーダにとって、国の最前線で戦う相手が2つある。
ひとつは戦争をしかける他国。そして国の境に発生するスタンビート、魔獣からの侵略だ。
エンルーダ自領での魔獣戦は、其の両方の相手を相打ちさせるのだ。
「間も無くエンルーダ各所の酋長達から合図が上げられます。」
ザリアが上を示した。怪しい程に晴れ渡る空には、未だグリーグの核石雲が見える。
魔獣戦は、魔獣の脅威を逆手にとった戦法。
自分達の領土が壊滅的敵襲を受けた際に、敢えて魔獣を呼び込み敵を襲わせる。
(対魔獣戦の避難は酋長の管理で民を確認する、、死人のタニアは対象では無い!!くそ!)
勿論領民などの非戦闘民は結界避難。
全集落民が避難すれば合図の狼煙が上げられる。
エンルーダの戦闘民も結界に避難せねば、命の保証は無いのだ。
「予定どおり叔父上の処へ行く!」
しかも呼び込むのは猿人魔獣。人に近い魔獣だけあって知能も残虐性も恐ろしく高い。独りで猿人魔獣に対抗出来る武人など、前領主のグリーグだけなのだ。
(伯父上だから、任せられたんだ。)
「お前は、行け。」
グリーグの妻は、辺境にあって稀代の美貌と戦闘技を持つ人物だった。
そんなグリーグの妻が婚姻も済んでいるにも関わらず皇帝の側妃にと拉致紛いに連れて行かれ、弄ばれ死に追いやられた。そんな悲劇にイグザムの母も自害する。
(己の最愛を、いつも王都の奴らは奪っていきやがる。だから絶対に大事には出来なかったんだ、其れが、、)
辺境の強さは国の国防ではあるが、同時に脅威でもある。其れだけが理由では無い皇族との確執があるエンルーダは、常から皇帝の嫌がらせ紛いな監視下にあった。
(父上もメーラ殿と閨を共にしていれば、結界魔力の譲渡に時間がかかる事も無いんだがな。)
森を抜けてからは、ザリアと共に地面を走るイグザムの頭に浮かぶのは、父アースロがエンルーダ方防壁の為に後妻を迎えた日の事。
幼いイグザム達兄妹の為に雇っていた乳母と再婚をしたアースロ。
其の乳母の連れ子だったタニアに初めてイグザムが出会ったのは10才の時だった。
(桃色の髪で、でっかい目を不安そうに潤ませたやつ。)
エンルーダにはいないタイプの余りの可愛さに、幼いイグザムは鼻血を垂らしたほどだ。
そんな鼻血を垂らすイグザムを、訳も知らずに大笑いしたのもザリアだったが。
「はぁ?墓守りの建屋にですか?!グリーグ将軍の核石雲が上がったのにんですよ!?なぜ?!」
イグザムの言葉に、ザリアが呆気にとられる。無理もない、ニアがグリーグと共に居る事を知るのは、イグザムとアースロだけ。
「集中しろ!!」
驚きでイグザムに振り返ったザリアの頭越し、イグザムが剣の柄を落とと、ザリアが打ち零した敵を地面に叩き落とした。
「行く!!ザリア、お前、一時全権担え!!」
其の間に、集落の納屋にまだ残っていた馬を見つけたイグザムが、其のまま馬に飛び乗った。
(其れが、あの皇太子の子を孕んだだと!?しかも聖紋なぞ所有痕まで!!学園で地味に過ごしていると報告を受けていたのに、一体どうなってんだよ!!)
父アースロもイグザムが、出会った瞬間にタニアへ抱えた想いを知り、卒業と共に婚約を考えていたのだ。
真意を皇帝に悟られる訳にはいかないが為、どんなに冷徹な振る舞いでタニアを扱ったか分からないが。
(腹の子ごと娶るつもりだった、、聖紋なんぞがあるから性交は出来なくともだ!!)
かつて神殿において聖女を護る為に神聖魔法で刻まれたと言われる聖紋は、他国からの侵略時に聖女が陸辱を受けない為に施される、術的な貞操帯で、今は禁忌の術となっている。
再び皇太子の顔がイグザムの頭に浮かぶと、イグザムは馬の腹を蹴った。
「無理です!もう自領戦なんですよ!しかも核石雲の出場所は死線上です!!一人で行くんですか?」
しかしイグザムの行く手をザリアが両手を広げ、決死の覚悟で行く手を邪魔をする。
さすがにイグザムの参謀をするだけあり、ザリアの形相も眼光も鋭く変わる。
「わーーーってる。其れでも行く!!どけ!!ザリア!!」
馬の手綱を引いて、イグザムがザリアを飛び越えようとした。
「分かってません!皇太子が王都から隊を連れて来てます!!エンルーダの戦闘を知らない軍ですよ!魔獣戦なんか開始になれば、皇太子隊なんて敵襲もろとも殲滅します。誰が皇太子隊を退かせるのですか!!若!!!!!」
ザリアが大きく空を示す。
『ポーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンンンンン』
同時に無情にも高い音を立てて、空に幾つもの狼煙が白く上がっていく!!
魔獣投入の合図だった。
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