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 張られる結界という、2人だけの空間に妙な緊張が流れ、

「・・・・」

 僕の眉が思い切り寄せられる。

 のを見て、してやった顔をする元婚約者は、こんな条件で、僕の言葉覆そうと足掻いてくる。

 ここ何年かの2人の距離を思えば、酷い『解消の条件』だ。

 しかも、

 やり方が体面重んじる貴族の発想じゃない。まして王族らしくも無い。

 いや、僕と彼女みたいな似非王族と貴族なら丁度か、、

「なんて、出来ないでしょ? ルウ?大嫌いな婚約者に、 触るのも最近イヤそうだもん。」

 そして彼女、元婚約者は畳み掛けるのだ。
 市井の民草な語り口で。

 まるで、

 それこそ僕達が出入りするギルドでの交渉事をするかの口調で、元婚約者殿は言い切った。

「無理なら、解消はなしで。」

 元婚約者はこれで話は終わりだと、肩をすくめた。

 馬鹿にしている。

 僕は自分の瞼を一瞬深く閉じて、思い見ると相手の
すくめた華奢な肩に手を掛け、

「待てよ。」

 思わず声を低くする。

「なに?」

 その真っ直ぐな視線。  ダメだろ。


 貴族は、

 まして王族の結婚など未だ政略が主流なのだから。

 幼少の砌に交わさる婚約で、月に1度の訪問を通じ
互いを知り会い、文を介して、時に人を介して関係を育むが貴族の婚姻。

 婚約者と云えど、触れ合えるは手や髪とエスコートで廻す腰元だろう。

 子女は処女を持って、初夜を迎える貞潔さが重んじられ、子息は精通と共に閨教育の実地を、紳士教養として受ける。

 ある意味、閉鎖的恋愛環境だ。

 謂わば

 魔力や血筋を重んじるが為、皇帝ならば人妻であっても側室に上げ、公妾も許される程に。

「・・・・・」

 無言のまま、元婚約者の楽観的に清んだ瞳を見据えても、僕は頷くことはしない。

 僕も彼女も充分理解しているのに、何時からこんなに苛つくのか。

 似非王族と貴族よろしく、城下に降りては偽りの姿でギルドに寄せて、民草の中に過ごしすぎたからか。

「ルウ、、子供の時は、しょっちゅう口付けてたのを、 さすがに分別つくと止めたぐらい解ってたよ。婚約の意味とか意図とか、いろいろ解るようになって。ルウの気持ちとか。」

 こんな風に、

 半端に言葉を閉ざす、この元婚約者に初めて出会った時僕は、彼女が母親みたく何処かに消えてしまわない様にと、幼いながら執着をして、ずっと彼女を抱き込んでいた。

 隙あれば口を彼女に寄せていた。

 それこそ、マーキングする動物の如くだ。

 父上は、母親との最初で最後の性交で、聖紋を子宮の腹に刻んだらしいが、紛れもなく僕は父上の気質を
鳥肌が立つ程受け継いでいるのだろう。


「ルウ、もう、表に戻って、ランタンを飛ばしに行こう?」

 どこもかしこも元婚約者の此処の軟らかさ、其処の匂い、幼子の頃から知らない部分は、僕にはなく。

「ほら、主役が戻らないとね?」

 本人が何処まで覚えているか気付きさえしないのか、

 僕が彼女と5才で出会ってから精通するまで、幼肌を
埋め尽くすほどだったのに。

「いい加減、結界を解くから。」

 漆黒の巻き毛を揺らし、指を鳴らすポーズをする
元婚約者。

 あの頃は、この島で2人で生きると疑わず、、幼いながらも、すぐに孕ませるつもりでいた。

 徐に、、元婚約者の指が鳴ぬ様己が指を絡めて、

「っ!」

 振り返る元婚約者の唇に、

 啄むくらいに自分の口をつけて、直ぐに離す。

 彼女の目が見開いたその刹那に、啄む軽さの口付けと対比して、

 昼間、浜辺で僕が付けた指の跡が首元にしっかりと刻みつけいると、気が付くと卑猥な煽りを覚える。

 僕は、自然と別れを音に出来た。

「これで終わる。」

 と。

 僕はそう、言い切って、舌舐めずりをしながら、
 何故か彼女の首にくっきり浮かぶ僕の指の跡を満足な夢見ごちに見つめる。

 もしも、

 もしも僕に父上のような魔力があれば。

 魔力無しな似非王族じゃなければ、主の血脈のみ行使出来る聖なる証を魔力でもってさっきの口内に突っ込めたに。

「・・・・」

 彼女は本気にしていなかったんだろう、今この瞬間まで。

 その証拠に、

「そっか。本気でなんだ、ルウ。」

 声を潤ませて、吐息を震えさせるのが、僕の頬にかかる。

 そもそも、僕が精通して、彼女が初潮を迎えたと解って触れる事を止めた、あの日。

 理性が瓦解するのを予感した。

「あたしじゃ、ダメなんだ。」


 彼女の言葉に意識が戻される。

 目の前の指の跡から視線を横にすれば、何時か渡したピアスがまだ付けられていて、思わず口が緩むのに、

「ああ。」

 僕は裏腹に、最悪最低限の言葉だけを彼女に送る事も出来たから、無念もない。

 このまま表に戻ろう踵を返すと、

『わああああん、うええええっ』


 まだ張られたままの結界に、マーシャ・ラジャ・スイランの嗚咽が嗚咽が響いたのだ。

 彼女が声を、そんなに上げて泣くのは初めてだった。

 それこそ、

 初めて出会った日まで遡っても、家族に過分の愛情を受けて育ち、自由な鳥と同じく城を飛び周る彼女の記憶の姿は太陽の笑い顔しか知らない。

 彼女の手巾は、昼間の浜辺で己が雫を払うに使ってしまったを言い訳に。

 だからついと、初めて見せられた顔に高揚して、

 不覚にも流れる雫を舌で舐め取ってしまった。

 まだ張られる結界は解かれていないから。
                                                   
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