上 下
4 / 10

2度目の成人の儀

しおりを挟む
「滑稽だな。呆れる。」

 何が滑稽かと言えば、目の前に列々と位並ぶカフカス王帝領国の貴族達だ。

 彼等は口にこそ出しはしないが、このウーリウ衛星島を辺境の関所島と侮って、普段ならば近寄る事はないのだ。

 今回初めて足を踏み入れた者が殆どのはず。

 僕に言わせれば、正に「どの面下げて」だ。

「あの、ガルゥヲン・ラゥ・カフカス皇子、本当にエスコートをしてもらっていいの?かな?」

 僕の隣で不安気にする、長く真っ直ぐに伸ばされた黒髪に黒い瞳の少女が、僕の下から伺ってくる。

「ああ、大丈夫。僕が招待をしたのだから、おもてなしだよ。」

 僕は、少女が安心出来るようにと、作った笑顔を貼り付けて向ける。
 もちろん魔充石で姿を対外用に変身させ、貴族受けする線細い優男の容姿でだ。

 極めつけに、少女の片手を取り上げ指先に賞賛の口付けを落とせば、途端に今度はウーリウ衛星島の貴族達が騒々しくなる。

 無理もないな。


 自分の婚約者にも、こんな行為を僕はした事がないから。

 実に滑稽だと思う。

 我が善良なる衛星島の民相手に、見せる姿じゃないとは解っているが。

 止めない。

「じゃあ行こうか。聖女トモミ?」

 帝弟将軍の宣言に使用される、赤絨毯に豪奢なシャンデリアの大広間と回廊から、王帝領本土と衛星島の両貴族達より一斉に視線を受けながら、

 僕は『聖女トモミ』を腕に、父親であると同時に、此のウーリウ衛星島が主テュルク・ラァ・カフカスの立つ壇上へと進む。

 そもそも、2度成人の儀を執り行うのも可笑しい話だと僕は白けている。

 ただ、

「ルウ、、」

 騒然とする中でも、

 ハッキリとその囁く声がわかった事に、僕自身が苛立ってつい、囁きを発した方を見る。

「ガルゥヲン皇子!」

 そこには婚約者だけでなく、その父親のザード・ラジャ・グラーフ・スイランが、僕を非難する声をあげる。

 婚約者は、母親のヤオに匿う様に肩を抱かれて、首まで隠れるドレスを纏っていた。

 きっとあの隠された首元には、ハッキリと僕が付けた指の跡があるのだろう。

「・・・・」

 一瞬、薄の暗い燻りを胸に感じて僕は、彼等の前を
何の声を発する事なく過ぎてると、壇上に近づく。

『婚約者ではないが、噂は本当に、、、』
    『あれは、本土に現れた女じゃ、、』
    『 聖女が、何故ここにいるんだ  ?、、』 

 貴族達の言葉が潮騒のように聞こえても、無視の一択。
 とはいえ、我が衛星島貴族達は、皆が忠誠心厚い民でもあり心苦しさも覚えるが。

 今度は傍らに、アラリャスが有らん限り両手を握って僕を刺すように睨んでいた。

「先手を打っただけだろ。」

 想定内の奴の表情に満足を覚えつつ、僕はアラリャスに口の動きだけで言葉を投げつけ、飄々と壇上の主に礼を取る。

 僕の脇で、『聖女トモミ』がカーテシーで頭を低く下げた。

「面を上げよ、我が息子にして王帝領国皇子ガルゥヲン。して、隣は件の聖女か?」

 父上は訝しげな顔を脇に控える聖女に向ける。

 それも、そうだろう。本来なら僕の隣には、婚約者が立つはずなのだから。

「衛星島が帝弟将軍閣下に、聖女トモミの目通り願います。」

 僕が父上に願い入れると、

「善い、許す。」

 父上が僕の隣の聖女に目をやる。

「お初に御目にかかります、衛星島が主、帝弟将軍閣下。異世界より参りました、トモミに、ございます。」

 ファーストネームだけの聖女。

 それだけで、後ろ楯が決まっていない事を表す。

 そして、聖女トモミの髪だけでなく、瞳をも見た父上はその漆黒に驚いているはずだ。

「聖女トモミ、1つ聞く。異世界より来たと聞くが、そなたの世界は、皆がその様に髪や目が黒い者ばかりか?」

 案の定、
 父上は聖女の容姿に、興味を抱いた。

「いえ、私の国や、隣の大陸一部では、同じ黒髪黒目ですが、他の国には金色に青目や、茶髪  に灰色目などもおります。」

 聖女トモミは淀みなく答えた。

「そうか、、善い。聖女トモミ我が衛星島は、そちを歓迎す。」

 父上の心中など、僕には手に取る様に解る。

 父上は、異世界に戻った1人を未だに思っているのだから。

 僕と聖女は、再び頭を下げて、一歩退く。

 父上より一段下がった場所から宰相カハラが、長く伸ばした片前髪をかき揚げ大広間と回廊に声を拡声させる。

『ガルゥヲン・ラァ・カフカス皇子成人の儀を執り行う!!ガルゥヲン皇子、前へ!!』

 宰相カハラの合図で華々しい演奏がされ、僕は壇上の父上の元へ再び参じた。

 ウーリウ衛星島王子の成人の儀は、継承指名でもある。

 カフカス王帝領国の要所として、外周国の侵略を防ぐ国防の継承。

 代々それは、主が持つ聖剣と対になる宝剣を譲渡する儀式だ。

 けれども、

「皆も知る様に、我が息子ガルゥヲンは既にカフカス王帝領次代皇帝の指名を本土にて、成人の 儀を行い、得ている。故に、この儀において帝島叙勲にてウーリウ衛星 成人の祝とする。」

 父上の宣言どおり僕は去年の神託で、急遽王帝領国第一継承皇子に指名され、アラリャス王子の成人の儀が執り行われるより前にと、本土へ召還された。

「有りがたき幸せ。」

 僕が礼を取ると、父上が胸元に勲章を付ける。

「まさか、この様な形になるとは父も考えて居なかったがな。」

 父上は、僕にだけ聞こえる言葉を紡いで勲章を、つけた僕を会場へと披露する。

 王族の成人の儀は、譲渡される権限の開示を意味するのだから、

 カフカス王帝領国の第一皇子だったアラリャスが、順当ならば、成人の儀で王帝領国皇帝継承の笏を譲渡される予定だった。

 それが去年、覆ったのだ。

 本土も衛星島も蜂の巣をつつくが如く騒然となり、あれから大きく環境が変わった。

 僕は勲章を胸に、大きく手を振る。
 貴族達の拍手と歓声。

 聖女トモミも拍手をする。

 ふと、婚約者を見ると、彼女はどこか寂し気な顔をして手を叩いている風に見える。のは自分の勝手な気持ちだろうな。

「本当は、剣を手にしたい。」

 島と、家族と民を護る剣を。

 胸に刺さるこの勲章では誰も護れない。

 只どこか安堵している自分もいる。

 此のウーリウ衛星島を守護する魔力を僕は持っていない。

 何処までも、婚約者の力を頼りに生きていく宿命から、逃れられたのは僥倖なのだろうか。

「ガルゥヲン皇子!成人の儀、    改めて御祝い申し上げます。」

 聖女トモミが、壇上から降りる僕に声を掛ける。
 このタイミングは、舞踏演奏が始まる絶妙さ。

「有り難う。宜しければ、踊ってもらえるかな。聖女様。」

 音楽が流れれば、そのまま相手の腰に手を回す。

 成人の儀でのファーストダンス。

「ずっと踊ってないな。」

 僕は婚約者ではない聖女を相手に選んで、踊り出す。

「え、何か仰いましたか?」

 婚約者とは違う真っ直ぐな黒髪。

「いや何も。」

 成人の儀の主役が踊るファーストダンスは、僕と聖女トモミのペアだけがフロアで踊る。

 踊る視界に入ったのは、アラリャスが僕の婚約者の肩に手を掛けて話す光景。

 それを横目に、痛みを隠しながら

 僕は 道化師の如く踊る。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

どうして待ってると思った?

しゃーりん
恋愛
1人の男爵令嬢に4人の令息が公開プロポーズ。 しかし、その直後に令嬢は刺殺された。   まるで魅了魔法にかかったかのように令嬢に侍る4人。 しかし、魔法の痕跡は見当たらなかった。   原因がわかったのは、令嬢を刺殺した男爵令息の口から語られたから。 男爵令嬢、男爵令息、4人の令息の誰にも救いのないお話です。

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...