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皇子と婚約者

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 彼女が、サンドイッチバスケットを片手に、浜辺に向かって海沿いを自分の足で歩くのは、
魔力のない僕に、どこか気兼ねをしている為。

「僕に愛想つけば良いんだよ。」

『ルウ』

 それは、御忍びで外へ出る時の僕の呼び名。

 僕は、旧ウーリウ藩島であるスカイゲートが下界に下降する度に海底遺構へと、狂ったように素潜りを繰り返している。

 その意図の1つだけは、彼女も何とか解っていると思っては、いるはず。

 僕が頻りに潜る浜辺は、彼女も寝物語に彼女の母親から何度も聞いている浜だから。

『マイーケ・ルゥ・ヤァングア』

 ギルドマスターのラジ達には、気安く『マイケル』と呼ばれた僕の母親と、彼女の母親が初めて出会い、生きる為に潜り続けた場所だ。

 僕・ルウこと、ガルゥヲン・ラゥ・カフカスは、カフカス王帝領国衛星島スカイゲートが主、テュルク帝弟将軍の息子でありながら、現カフカス王帝領国の王帝第一次継承皇子に収まり、其の婚約者に彼女、マーシャが選ばれた。

 テュルク王弟将軍の筆頭側室スュカ妃の従弟。
 最優位魔導師でもあるザードと、元マイケルの側使魔導師ヤオとの間に生まれた漆黒の髪と瞳を持つ娘、マーシャ・ラジャ・スイラン。

 最優位魔導師は一代のみの爵位を配されるが、筆頭側室スゥカ妃の実家、コーテル大公一族に組し、スイラン公爵次男であるマーシャの父親ザードは、16年前に旧ウーリウ藩島を襲った次元津波の対抗指揮をとった功績により異例の叙勲、、、宮廷伯を拝した。

 魔力なしの皇子にとって此以上ない後ろ楯だと、カフカス王帝国貴族が誰しも囁く、政略的婚姻といえるだろう。


「これ以上は、、側におけないな。」

 僕は、自分の揺れる銀月色の髪を手で弄って、ため息をつく。

 物心ついた時から、彼女は父親と母親に付いて登城していた為、皇子である僕との迎合は極々自然だった。

僕、
ガルゥヲン5歳、
彼女、
マーシャ4歳の春。

「彼女は母上と、同じ黒髪に黒の瞳だから、、」

 当時マーシャの髪と瞳を見た僕は、嬉しくなってマーシャの瞳を覗き込むと、

『絵姿の、母うえとおなじ、くろとくろをしてるのだね。』

 などと言って、ぎゅうぎゅうと訳がわからないマーシャを、縫いぐるみの如く抱き込んで、その後も暫く手を繋いだままだった。

 政略婚姻などと全く解らない5歳の僕は、極々自然に
マーシャを好きになって、すぐに其の気持ちを恋へと昇化させた。

 初めて出会った日を思い出すと、波の揺らめきが一段と増していく。

 スカイゲート藩島を取り囲む海に沈む、海底遺構の浜。

 一段と複雑な建物が眠る水底の其所に、僕は今日も潜る。


 成人前にして、殆どの能力を開花させている僕の婚約者は、難なく僕を『遠見』と合わせて『潜水』の能力を発動させ、海底遺構に潜っているであろう僕を探しだすのだ。

「あんなに冷たくしているのに、どうして彼女は毎日来るんだ、、」


 僕の母親がかつて往き来した海を、懐かしさだけで毎日何度も潜るのは正気じゃない。

 狂った皇子だと、誰もが思えば良い。


「魔力が、なくても 。ないからこそ、見える景色がある。か、、」

 僕の母親は、異世界から飛ばされた人だった故に、魔力の無い人だった。

(!!!)

 彼女の『遠見』が僕の姿を、捉え、瞬間!

 僕は婚約者である可能の視線に、冷酷な眼光を放つ!

『ラジャ・スイラン嬢。何か?』

 其の動きから、容易に冷気を纏うような僕が言葉を口にした事を、彼女は読んでいるだろう。

「魔力が無いがゆえ、僕は勘の鋭さで気配は逃さない。」


 魔力なしの外戚第一皇子。

 全王帝領国民が、あまねく魔力を持つカフカス王帝領に於いて、上位貴族は豊富な魔力を持つが故に爵位を賜っているという風潮が強い。

『魔力なしが皇帝の玉座に座る』

 喩え。

 奇跡の神子と言われていたとしても、本人である僕でさえ望まない継承権。

 このままいけば、こんな僕を支える為にスカイゲート藩島を出て妃になり、隣に立つ彼女の明るく無い未来は、成人の儀を終え学院を卒業すれば確実にせまる。

 それはカフカス王帝領国での、僕達2人の波乱の始まりになるのは必至だ。

「僕は君が嫌いだ、、から。」

 父上譲りの僕の黄金瞳に、憂いをのせた銀月色の髪が、水中に揺蕩いかかるのを波鏡が映し出す。

「もう、幼馴染だけですむ頃には戻れない。アディショナルタイムは残り、、」

1年。

 婚約者を逃してあげるための時間はあまりないだ。
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