童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第七章

閑話:青年ロイドの想いの行き先(後編)

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 それからのダンジョン攻略はさくさくと進んだ。
 俺は俺に気持ちの悪い視線を向ける回復役の女と早く離れたかったし、コタローは遠慮がちだった態度がほんの少しだけ変わり、積極的に行動するようになった事で攻略のスピードが格段に上がったのだ。
 そして最下層、ダンジョン核のある部屋の前室で事件は起こった。
 そこは言ってしまえばこのダンジョンのラスボスが待ち構える場所で、ラスボスは三つの獣の頭を持つ怪物ケルベロス。その口からは猛毒の吐息をまき散らし、幾ら回復してもきりがない。
 ケルベロスに攻撃自体は当たるものの、こちらもその猛毒の吐息にやられて体力が削られていくし、それに加えて精神干渉系の毒霧を纏う小さな魔物がその辺に浮遊していて、その攻撃も地味に鬱陶しい事この上ない。
 お互いにぎりぎりの消耗戦、そんななか盾役の男が精神干渉の毒霧にやられて混乱してこちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。

「んなっ!? 回復仕事しろっ!」
「今やってる!」

 回復役は自身がやられてしまえばパーティーが全滅してしまう事がある事を分かっているので常に後方にいるのだけれど、今となってはそんな事を言っている場合ではない。
 彼女自身は魔法や毒に対する耐性が高いので毒霧や猛毒の吐息にやられる事は無いのだが、なにせ物理攻撃の耐性はほぼない。
 震える足を叱咤するように立つ彼女に酷な事を言っているのも分かっている、けれどここで踏ん張らなければパーティーは全滅だ。

「ロイド、大丈夫?」

 ふわりとコタローが目の前に現れて盾役の男の肩にポンと触れる。すると男は今の一瞬で精神干渉を解除されたのか、何が起こった? というキョトンとした表情で頭を振った。

「悪いけど、回復もしちゃうから」

 そういうと同時に俺と男の周りが一瞬光り、重怠くなっていた身体が一気に軽くなった。

「な、私の仕事――」
「ごめんね。でも、君じゃ無理だから、下がってて」

 コタローは回復係が加入してからは今まで自身で回復魔法を使う事はほぼなかった。それは回復やサポートにしか能のない彼女達に遠慮したというのもあるのだろう。コタローは自分の才をひけらかす事がないので、彼がここまでできる事を彼女は知らなかったのだ。
  俺達を回復するとコタローはまたふわりと浮き上がり「あの頭は3つ同時に攻撃しないとダメみたい」と告げる。

「足止めはボクがやるから、2人はそれぞれ左右の頭をお願い」

 その瞬間俺達三人の身体をまた魔力が包み込んだ。それはコタローの魔力ではなくサポート役からの防御の補助魔法。
 「気休めですが」という彼女にコタローは「ありがとう」と笑みを向ける。そういえば彼女は回復役の彼女と違ってコタローの魔術師としての実力を認めていたなと思い出した。
 僅かに頬を染める彼女に少しだけ胸がざわつく。
 狭量だと分かっている、それでも貴重なコタローの笑みを向けられた彼女に俺は嫉妬したのだ。
 だがそんな感情は一瞬で、その怒りの矛先はそのままケルベロスへと叩きつけるべく俺達は魔物と対峙し駆け出した。
 タイミングを合わせるようにして三つの頭を攻撃すると、ケルベロスは最後の足掻きとばかりに大暴れを始める。その攻撃を躱しつつ、こちらも攻撃を続けるのだがなかなか致命傷に至らない。
 疲れがピークに達した頃、ケルベロスの尾が削った地面に足を取られ体勢を崩した俺の前にケルベロスの爪が伸びた。

「ロイド!」

 目の前に迫る大きな爪を弾くように飛んでくる攻撃魔法、それはいつも見ている魔術とは少し違っていて、瞬間ぶわりと鳥肌が立った。
 この感覚には覚えがある。

「コタロー、止めろ!」

 この刺々しい魔力はコタローが魔力暴走を起こす前触れの様なものだ。仲間を増やしてからはコタローが暴走を起こすような事はなかったのに、ケルベロスに致命傷を与えられず戦闘を長引かせ過ぎた。
 俺の声が聞こえていないのか、コタローの身体がふわりと浮き上がり禍々しい魔力を纏ってコタローは攻撃を繰り返す。

「おいおいおいおい、なんだこれ!?」

 盾役の男が戸惑ったような声を上げるが、俺はそれどころではない。

「全員下がれ! ああなったコタローは敵が倒れるまで止まらない」

 正しく言えばコタローは敵が倒れても止まらないのだが、それを止めるのが俺の役目だ。
 仲間全員を安全圏まで待避させ、俺はケルベロスとコタローの戦いを見やる。既にケルベロスは手負いの獣、禍々しい魔力を放っているのがどちらなのかも分からない有様で、その濃度の高い魔力に足が震える。
 そんな震える足を叱咤して、まずは目の前の敵を倒す事だけを考える。

「お前、なかなかしぶといね」

 コタローの目が紅く光ると同時にまた彼の纏う魔力がケルベロスに突き刺さる。それは三つの頭の脳天を同時に貫き、ケルベロスは断末魔の咆哮を上げた。
 大きく禍々しい大きな巨体が動きを止めて、そして横倒しに倒れる。
 戦闘は終わった、だが――

「コタロー! 大丈夫か!?」
「は、はは……大丈、夫……ではない、かな」

 自身の身体を両手で抱き込むようにして身を丸めるコタローは苦し気に息を吐く。

「これ、ちょっと、ダメ……かも」

 漏れ出る魔力は冷気を纏い辺りの気温が下がった気がする。抑えきれない禍々しい魔力が槍のように尖り、無闇にダンジョン内を抉っていくのが視認できた。

「戦闘はもう終わりだ、コタロー」
「うん、分かって、る」
「ほら、戻ってこい」

 浮き上がったままのコタローを受け入れようと腕を広げて呼びかけると、コタローは一瞬目をぱちくりさせたのだけど、それも一瞬で、眉間に皺を寄せるくぐもった呻き声を上げた。

「ぐっ、っ……ダメだ、ダメだ……ダメダメダメダメ――逃げてっっっ!!!」

 止まる事なく放たれる禍々しい魔力、ああやはりダメだったか。
 こうなってはもうコタローの魔力が尽きるまで魔力暴走は止まらない。だけど俺には、お前を置いて逃げるって選択肢はないんだよ。
 ぶわりと膨らむ魔力の塊、それはまるで突風のように吹き抜けてダンジョンの壁を崩していく。
 壁の向こう側、キラキラと輝く大きな石が見えた。恐らくアレがこのダンジョンのダンジョン核なのだろう。
 ダンジョン核を見るのは二度目だけれど、やっぱり綺麗だよな、なんて場違いな感想が頭に浮かぶ。はっきり言って現状はそんな呑気な状況ではない。
 先程かけてもらった防御魔法がまだ生きていて助かった。

「はやくっ、逃げてってっっ、言ってるのに!!」

 その場に留まったままコタローを見上げる俺にコタローは苛立ったように声を張り上げる。なんだよ、ちゃんと大きな声も出せるんじゃないか。

「お前をこのまま置いて行ったら、ダンジョンが崩れるっ! 最悪死ぬぞ!」
「っ――っっ、別に、誰も……悲しまない」

 はあ!? 誰も悲しまないなんて、そんな訳あるか! 俺は嫌だからな、絶対に嫌だっ!

「お前はっ、俺と一緒にっ、帰るんだよっっ!!」

 浮かび上がったコタローの腕をどうにか掴んで引きずり下ろし、その身体を腕の中に閉じ込めると刺々しい魔力が俺の肌を刺す。

「はなっ、放してっ! ダメだって、ああ、あああぁぁ! 力、制御できないって、言ってるのにっっ!! バカっ! 放せってばっっ!!」
「やだね。絶対に放さねぇ」

 腕の中で暴れるコタローをなお一層きつく抱きしめて、荒れ狂う魔力の暴走に耐え続ける。段々痛みの感覚が麻痺してきて何にも感じなくなってきた。
 これヤバイかな? もしかして俺、死ぬかも? なんて思いが脳裏を掠めた刹那、荒れ狂う魔力の暴走が止まった。
 同時に魔力の塊のようなものが俺の頬を掠めて飛んで、ダンジョン核へとクリーンヒット。核は光を撒き散らし粉々に砕け散った。

「わぁ……」

 綺麗だなとは思ったが、とりあえずそれ以外の言葉は出なかった。何か言葉を発する間もなく大地が振動し始めたのもあってそれどころではなかったから。
 腕の中で暴れていたはずのコタローも動かなくなり、顔を覗き込んでみれば気を失っている。どうやら先程の攻撃で全ての魔力を使い切ったようだ。
 地面は相変らず振動を続け、壁はガラガラと崩れ始めている。
 ダンジョン核はダンジョンの動力源である。そのダンジョン核が無くなった今、ダンジョンがどうなるのかなんて、現状を鑑みれば分からないはずもなく……
 俺はコタローを抱え上げ「撤退っ! 急げっっ、崩れるぞ!!」と、仲間を引き連れ一目散に逃げ出した。


 ◆  ◆  ◆


 ダンジョンから脱出してからコタローは、今まで魔力暴走を起こした時と同様に数日目を覚まさなかった。戦闘で負った傷は既に癒えている、それでもコタローは目を覚まさない。
 俺自身、幾つも傷を負っていたが、それも回復役の女が全て治してくれた。
 彼女は言った「貴方はコタローから離れた方がいいと思う」と。

「俺はコタローとコンビを解消するつもりはない」
「コタローと居たら、貴方、いずれ彼の闇に呑まれて死ぬよ」

 闇……闇、か。

「分かっているんでしょ? 彼のあの力、あの魔力は闇の魔力。コタローは闇魔法の使い手、なんだよね?」

 本当は少しだけそんな気はしていた。元々コタローを拾ってきたオロチは闇の魔力を感じてコタローを連れて来たと言っていたのだから。
 度々起こる魔力暴走、それは闇魔法を使う者への代償だ。
 でも、と俺は思うのだ。基本的にコタローは闇魔法を使わない、その魔法を使うのは、よく考えてみれば俺が危険に晒された時だったのではないか、と。
 仲間を得て、俺は自分が無謀な戦い方をしているのだという事に初めて気付いた。それをフォローしてくれていたのはコタローで、そんなコタローが魔力暴走を起こすのは、いつでも俺が危機に陥った時だった。
 コタローがこんな事になっているのは俺が全ての元凶で、それに気付かなかった俺の責任でもある。

「回復魔法が使える闇魔法の使い手なんて聞いた事なかったから確信が持てなかったけど、前からコタローの纏う魔力は気持ちが悪いと思っていたの」

 彼女は回復を得意とする聖魔法の使い手だ。闇魔法と聖魔法は相反する魔法であり、そんな生まれ持った魔力の違いが彼女の「気持ち悪い」発言に繋がっていたのだろう。

「だから、ね、コタローとはコンビを解消してロイドはうちに入りなよ」
「……断る」

 なんでそんな話になるのか分からない。俺は最初からコタローと離れる気はないと言っている。

「話がそれだけなら帰ってくれないか? あんた達との契約はダンジョンを攻略するまでって話だったはずだ」
「ロイド!」

 コタローの眠る部屋から彼女を追い出し、ベッド脇の椅子に腰掛け溜息を零した。

「……断っちゃって、良かったの?」
「そもそも寝込んでる奴の枕元であんな話をするような奴、仲間に出来るかよ。無神経にも程がある。いつ自分も裏切られるかって、そんな心配しながらパーティーなんて組みたくねぇよ」
「あはは、それはねぇ……」

 俺が熱を測るように頬に触れればコタローはくすぐったそうに瞳を細めた。
 コタローの額の上には相変らずスライムのヒビキが乗り、ひんやりしたそのボディでコタローの熱を吸収しているのは分かっていたので、そのうち目を覚ますとは思っていた。

「もう平気か?」
「うん、いつもごめんなさい」
「お前が謝る必要ないだろう、アレは俺を助けるためだった、だろ」
「あ――うん、そうだねぇ」

 コタローは俺に何も言わない。
 今までの事も全て、コタローは俺に恩を着せようとは思っていないのだろう。俺が察しなければこれからもずっとコタローは俺に何も言うつもりも無かったのだと思う。
 俺も何から彼に告げればいいのか分からない。謝罪か、感謝か、それとももっと違う感情をぶつけてもいいものなのか。

「今まで黙ってて、ごめんなさい」
「? なにを?」
「闇魔法の事……本当は言った方がいいって分かってたんだ。僕、知ってたんだよ、アレがただの魔力暴走なんかじゃない事。でも、怖くて。ロイドに見捨てられたら僕、この世界で本当に一人ぼっちになっちゃうから……」

 異世界から召喚されたというコタローにはこの世界に身内がいない。俺自身も今となっては天涯孤独の身の上だけれど、そういえば今まで寂しいと感じる暇もなかったな。
 コタローがベッドの上に起き上がり、俺を真っ直ぐに見やる。コタローに真正面から視線を向けられる事はとても珍しい。

「だけど、もう、貴方を縛るのはやめようと思う。今までごめん、そして、ありがとう。ロイドは好きに生きていいんだよ。僕が自立するまで守って欲しいなんて、ボクの我が儘を聞いてくれてありがとう。今まで本当にごめんなさい。ありがとう、ございました」

 言葉を詰まらせながらベッドの上で頭を下げるコタロー。なんだよそれ。

「お前は、それでいいのか?」
「……ロイドのお陰でボクもずいぶん強くなれたと思うんだ。たぶんこの世界で一人で生活も何とかなると思うから」
「そうか……そうだな……」

 確かにコタローは最初に比べて格段に強くなった。
 今となっては一人で生活だってできるだろう、だけどそんな簡単にあっさりと俺の手を離すのかと、苛立ちのような感情が湧く。

「一人で、何をするんだ?」
「まだ決めてない、けど。薬草採取とかそういうので、食べていこうかなって……」
「そんなん今までの生活と大差ないじゃないか」
「うん、そうだね」
「そんな生活に、俺はもう、必要ない、か」
「っっ……そういう意味じゃない! だって、これからもロイドは冒険者を続けるだろう? きっと危険な依頼だって受けるようになる。こんな事が続けば、ボクはいずれロイドを殺してしまう。そんなの、ボク……耐えられないよ」

 泣きそうな瞳が俺を見やる。
 嗚呼、お前はどこまでも、俺の心配ばかりなんだな。

「ボク自身が死ぬのは構わない、だけど……」
「俺は嫌だよ! 俺の知らない所でコタローが死ぬなんて考えたくもない! なんでお前はそんなに簡単に自分の命は投げ捨てようとするんだっ!」
「だって、ボクなんて、居てもいなくても誰も困らない」
「っっ! 俺は嫌だって言ってんだろっ!」
「ロイドは優しいから……でも、離れて生活するようになれば、すぐにボクの事なんて忘れるよ」

 俺はカッとなって立ち上がり、思わずコタローの服の襟首を掴む。

「俺を見縊るな!」
「見縊ってなんかないよ。そんな君だからボクは離れる決意ができた。ボクは身勝手な人間で、自分がこの世界で生き延びるために今までロイドを利用してきたんだよ。だけどそんなボクにロイドが命をかける必要なんてないんだ」

 俺の怒鳴り声にすらコタローは冷静に返事を寄越す。そこにはいつものおどおどとした彼の姿は見られない。

「ロイドはボクにとって初めてできた心を許せる友なんだ、ボクに友達を殺させないで」

 俺は掴んだコタローの服の襟首を放してベッド脇へ座り込み、掌で自身の顔を覆う。

「俺が冒険者を辞めたら、お前は俺と一緒に居てくれるのか?」
「ふふ、ロイドに冒険のない生活なんて似合わないよ。この仕事、天職だろ?」

 それは間違いなくそうだと思う。
 幼い頃から冒険者として食っている親を当たり前に見て育った俺は畑を耕したり、何か商いをしたり、そんな自分の姿は想像もできない。

「コタローは、そんなに俺と離れたいのか?」

 少し拗ねたような気持ちでそう言うと、コタローは「ボクは君が思うがままに楽しそうに冒険している姿が好きだよ」と、いつもとは逆に俺の頭を撫でてきた。
 くそっ、なんだよ。これ凄く気持ちいい。

「でも、コタローは俺の事捨てるんだろう?」
「なっ! 人聞きの悪い、ボクはロイドの為を思って……」
「俺の為だと思うなら、俺の傍に居てくれよ。お前分かってんのか? ここで一人ぼっちなのは俺も同じなんだぞ」

 俺の髪を撫でる手がピタリと止まった。
 ああ、これ完全に失念してたんだろう? 異世界から来たというコタローはこの世界で完全に天涯孤独の身だけれど、故郷であるはずのシュルクに帰ってきて自宅すらなかった俺だって、お前と境遇は一緒なんだからな!

「今までお前に無理をさせてきたのは謝る。ごめん。これからはコタローにばかり負担をかけないように気を付ける、だからこれからも俺と一緒に居てくれよ」
「ロイド……」

 情けない姿を晒していると思う。今まで俺はコタローの前では格好つけるようにしてこんな事くらい何でもない、大丈夫だ、という顔で彼を引っ張って来た。
 心の中では動揺するような場面があっても顔には出さないようにして強がって、コタローを怖がらせないようにいつでも平気なふりをしてきたけれど、俺だって本当はいつも不安だった。
 なにせ俺はパーティーの中でもみそっかすだった男なのだ、心身共にコタローに支えられていたのは俺の方だ。

「ボク、これからも、ロイドの傍に居てもいいの?」
「望んでるのは、俺の方だっ」

 なんだか涙声になってしまって顔があげられない。ほんっと、情けない。

「これからもずっと、友達で、居てくれる?」

 友達……俺はそれ以上の関係でもいいけれど、なんて思ったのだが咄嗟に言葉を飲み込んだ。
 だって現在コタローが俺に抱いているのは友情で、そこをグイグイ踏み越えてしまったら、今度こそ本気でコタローに逃げられてしまうかもしれない。
 それは困る、非常に困る。
 コタローは無理に押したら押しただけ引いてしまうタイプだ、ここは慎重に行動すべきだろう。

「コタローは俺の、唯一無二の相棒だ」

 『将来的には伴侶になって貰いたい』そんな言葉は飲み込んで、俺はコタローを捕まえた。


  ◆  ◆  ◆


 それから間もなくして、俺達はシュルクの街を離れる事にした。
 理由としてはダンジョンを攻略した俺達が一躍街の有名人になってしまったからだ。
 シュルクの街にやって来て知ったのだが、冒険者ランクの格付け制度はまだこの時代始まったばかりで、俺達はあれよあれよという間にSランク冒険者に格上げされてしまった。
 冒険者というのはとかく荒くれ者が多く、そういうイメージを払拭させたい、そしてこの格付け制度を浸透させたいギルド側が俺達を英雄として祭り上げたような形での昇格だった。
 ちなみにSランクに昇格したのは俺とコタローの二人だけで、仲間になってくれていた3人、その中の一人である盾役の男が「自分達はサポートしただけだから」と昇格を断ったと聞いた。
 元々彼らにはもう一人仲間が居て、その仲間と格差が付くのを嫌ったようだと聞いたのは俺達が昇格の話を受けてしまった後の事で、お陰でこの功績は俺達二人だけのものではないのに、俺達だけが英雄扱い。
 たぶん英雄扱いをされて、療養中のパーティーメンバー一人だけが仲間外れのようになってしまうのも嫌だったのだろうなとは思うのだけれど、俺達は昇格を受けてしまった後なので、何を思っても後の祭りだった。

 それからは有名税とでもいうのだろうか、尊敬されもしたけれど何かと面倒ごとも増えてきて、ある時、まことしやかにコタローが闇魔法の使い手である事が噂として流れてしまった。
 噂の出所が何処かなんて事はどうでもよかったのだが、闇魔法を使うというだけで人の見る目はすぐに変わる。
 俺をギルドマスターになんて話もあったけれど、闇魔法の使い手であるコタローを傍に置くのはちょっと、という態度を見せる者達には辟易した。
 ただでさえ大人しいコタローはそれだけで何もしていないのに攻撃の的になってしまい、そんな状況に嫌気がさした俺は街を出る事に躊躇はなかった。
 いざ街を出ようという時になって一緒にダンジョンを攻略してくれた盾役の男が回復役の女を引きずって仲間を連れてやって来た。

「すまん! どうやらコタローが闇魔法の使い手だって噂を流したのはこいつだったらしい。本当に申し訳ない!」

 パーティーのリーダーでもある男は女の頭を抑えるようにして一緒に頭を下げてくる。まあ、そんな所だろうとは思っていたけれど。

「私、嘘は言ってない!」
「嘘とかそういうのはどうでもいいんだよ! お前は言っていい事と悪い事の区別も付けられないのか!」

 怒る男に憮然とした表情の女、そんな二人を見てコタローは苦笑の笑みで「本当の事ですから、気にしないで」と相変らず怒りもしない。

「コタローは本当に闇魔法の使い手なのかもしれないが、一般的に言われている邪悪な闇魔法の使い手なんかじゃない、俺達はそれをちゃんと分かっているのに、この馬鹿が……」
「本当に僕は大丈夫ですから、もう謝罪は結構ですよ」

 コタローがきっちりと男の顔を見てにこりと笑う。なんというか、その吹っ切れたような笑みは惚れた欲目なのか本当に魅力的に見える。

「あの、これっ、せめてものお詫びです! 使ってください!」

 今度はサポート役の女性がコタローに何かを差し出した。
 その手に乗っていたのは腕輪のような形をしているが、恐らく何かの魔道具だろう。

「魔力を抑える効果が付与してあります、使い方によっては闇の魔力も抑えられると思うので」

 驚いたような表情のコタローが彼女を見やる。それはコタローの事を想ったコタローの為にだけ用意された心のこもった贈り物だった。
 その時に俺は悟る。
 あ、これあかんやつ。この人、確実に俺のライバルだ。
 街を離れる事にして良かった、俺が別の選択をしていたらコタローは彼女と第二の人生を歩み出していた可能性も十分にあり得る。

「ありがとうございます、大事に使わせてもらいます」

 彼女に貰った腕輪を笑顔で愛し気に撫でる、コタローのそんな姿に妬く日がこようとは!
 ダメだ、ダメだ、これではあまりにも狭量がすぎる。
 俺は努めて冷静な態度を装い「そろそろ行くぞ」とコタローを促すと、コタローは「うん」と笑顔で付いてくる。可愛い。

 短い間とはいえ仲間だった彼等に手を振って街を出て、さてここからは今まで通りコタローと二人旅と思っていたのだが、何故か追っかけが一人付いて来て、半ば強引に仲間に加わってきた。格闘家ダレスの加入である。
 この強引さ、何故だか覚えがある。
 それはタケル達の旅に無理やり付いて行く事を決めた俺自身の行動とよく似ていた。
 そして、旅の途中で魔物に襲われていた旅人兼冒険者の二人を助けたら同行を申し出られてまた仲間が増えた。
 賑やかなのは良い事だ。コタローも皆と打ち解け仲良くしているし、戦闘時の役割負担が減って笑顔も増えてきた。
 だけどここでひとつ問題が、コタローと二人きりになれる時間がない。
 これから少しずつゆっくりと口説いていこうと思っていたのに、何故だか口説く雰囲気が作れない。それというのも賑やかすぎる仲間のせいで!
 そして「好きだ」と伝えられぬまま今に至る俺はコタローを追いかけひた走る。
 タケルを好きだったのは曲げられない事実だけれど、今現在一番愛しているのはコタローなのだ。
 腰に佩いた剣が自己主張するようにカタカタと揺れる。聖剣グランバルトはいつでもコタローの味方で、俺達はコタローを護る剣なのである。これは誰が何と言おうと絶対だ。
 コタローの居場所はこの剣が教えてくれる、俺はそれを確信していて、聖剣に導かれるまま走り続けた。

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